間違いない。
あの白猫は、猫神様だ。
彼は「なぁーん」と甘い声でひと鳴きすると、身軽な体を翻らせて小路の奥へと駆けていく。
「おや。行ってしまうぞ、桜どの」
「追いかけよう!」
猫神様の白い背中を見失わないように、私はすぐさま駆け出した。町家に挟まれた道を、再び戻っていく。
やがて猫神様は、左側に見えてきた角を曲がった。
続けて私もそこを曲がると、眼前には人ひとりがギリギリ通れるくらいの狭い路地が現れる。
ついさっきまでは、どこを探してもこの路地は見当たらなかった。似たような路地はいくつもあったけれど、どれも猫神様の居場所へは通じていなかった。
突然現れたり、消えたりする不思議な路地。暗くて細長いその空間に、私は体を滑り込ませる。
そうして突き当たりまで真っ直ぐ進むと、やがて左側に見えたのは、何かのお店っぽい入口だった。
ぴったりと閉じられた木製の格子戸の向こうから、淡い光が漏れている。足元には行燈もあって、一見すると他のお店と何も変わらない。
「猫神どのは、この奥にいるのか?」
そんな栗彦くんの問いに、私はこくりと頷く。
もはや見慣れた入口。そこへ手を伸ばそうとした瞬間、扉はカラカラとひとりでにスライドしていった。
そうして露わになった玄関の土間から、一人の青年が顔を出す。
「いらっしゃい、桜さん。今日も迷子のあやかしをここまで案内してくれはったんですね」
京都っぽい訛りのある、穏やかで透き通った声。
こちらに微笑みかける彼の姿は、一目でこの世のものではないとわかる美しさだった。
雪のように真っ白な、背中まで伸びる長い髪。それを赤い組紐で結び、身に纏うのは白を基調とした羽織袴。
肌も抜けるように白く、やや切れ長の瞳は黄金色。
見た目の年齢は二十代の前半から半ばくらい。
すらりとした長身に、鼻筋の通った端正な顔。
この美男子と先ほどの白猫が同一人物であることは、きっと初対面では見抜けないだろう。
「こんにちは、猫神様。その、実はこの子……——」
お腹を空かせてるんです、と続けようとした矢先に、栗彦くんのお腹が「ぐきゅるるる」と空腹を訴える。
途端に栗彦くんは私の手の中で顔を真っ赤にして、茶色い羽で頭を覆い隠してしまった。
「どうやら、とってもお腹が空いてるようですね。ご飯の用意は出来てますんで、どうぞ中に入ってください。三人で食べながらお話ししましょか」
猫神様はやわらかな笑みを浮かべたまま、私たちを中へ招き入れる。
広い土間と上り框の向こうには、お客を迎えるためのスリッパが揃えてある。
老舗旅館さながらの、広々としたロビー。その奥から、何やら美味しそうな香りが漂ってくる。
「お腹が空いてると、気持ちも沈みますからね。ぎょうさん食べて、ゆっくりしてってくださいね」



