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「して、そなたの名を尋ねてもよいか?」
もうじき四条大橋を渡り終えるという頃、雀の彼は思い出したように言った。
「私はね、天沢桜っていうの。あなたのお名前は?」
「ほう、桜か。美しい名だ。自分は栗彦と申す」
「くりひこくん? 『くり』って、栗の実のこと?」
「そうだ」
「素敵な名前だね」
彼のサラサラの髪や羽の色を見ていると、確かに栗っぽい。
名前に栗が入っているなんて、なんだか可愛いな、と思う。
そうして私がニコニコしていると、周りを行き交う人たちは時折こちらを不思議そうに見る。
普通の人の目にはあやかしの姿は映らないので、周りから見れば私は一人でおしゃべりしているように誤解されるのだ。
ちょっとだけ気まずくなるけれど、最近はあまり気にしていない。それに周りは知らない人ばかりなので、まあいいか、とも思う。
やがて橋の袂を右へ曲がり、細長い小径へ入る。
車が通れないほど狭いその通りは、先斗町だ。石畳の続く道の両脇には、和の情緒溢れる京町家が並んでいる。
「おお。もしやここが先斗町か。猫神どのがいるのは確かこの辺りだったな。こんなに近くにあったとは気づかなんだ」
栗彦くんの言う通り、猫神様はこの先斗町に住んでいる。ここまで来れば、彼の居場所はもはや目と鼻の先——なのだけれど、そこへたどり着くまでには、少々厄介な問題が発生することがある。
「……今日は、すんなり見つけられるといいなぁ」
私がぼそりと呟くと、栗彦くんは小首を傾げてこちらを見上げる。
「む? 何か心配事でもあるのか?」
「あ、ううん! 何でもないの。こっちの話」
一抹の不安を抱えながら、私は道を真っ直ぐ進んでいく。
飲食店の並ぶ建物と建物の隙間には、時折奥行きのある細い路地が伸びる。通りの右側に見えるそれらを注意深く眺めながら歩いていくと、やがて私の足は先斗町を通り抜けてしまった。
「ああ……やっぱり今回もダメだった……」
そう言って落胆した私を見て、栗彦くんは今度こそ不可解そうな顔をした。
「どうした、桜どの。先ほどから様子がヘンだが」
「その……実はね」
私は観念して、この先斗町で起こる不思議な現象について説明した。
「……なるほど。猫神どのが待つ場所へは、いつでも行けるわけではないのだな」
この先斗町のどこかに居を構える猫神様。しかしその場所へ続く道は、常に開かれているわけではない。
運が悪ければいくら探したところで、その入口を見つけることは叶わないのだ。
さてどうしようか、と途方に暮れていると、不意に「あっ!」と栗彦くんが声を上げた。
「あそこに見えるのは、猫神どのではないか?」
「えっ」
言われて、すかさず彼の視線をたどると、道の先には一匹の猫がいた。
ツヤのある毛並みは白く、ところどころに赤い模様が入っている。そして鼻と耳はピンク色。円らな瞳は黄金色。
(あれは)
道の真ん中にちょこんと腰を下ろして、こちらを見つめ返す白猫。
その愛らしい姿を目にして、私はつい嬉しくなって言った。
「……猫神様!」



