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 掃除の行き届いた立派な墓の前で、夏樹は手を合わせ、そっと瞼を閉じた。自殺してしまった悠の墓だった。
 親族ではない他人の墓の前に立つことは初めての経験である。遺族に案内されたこともあり、彼の死を改めて実感するには十分すぎるものだった。
 悠が自殺で死んでしまったことは大きな嘘で、自分の知らないどこか平和な地で新たな人生を歩んでいるのではないか。
 可能性の低い想像をし、そうであればいいのにと願い、悠が自殺したことから目を背けて現実逃避をしたことがないわけではなかった。それは、悠に中途半端に手を貸して、結局何もできずに無力なまま終わってしまったことへの後悔の気持ちを薄めるためでもあった。
 夏樹はゆっくりと、瞼を持ち上げた。現世から姿を消した悠が今の夏樹をどう思っているのか、判断する術はない。憎んでいるのか。恨んでいるのか。当然ながら、それすらも夏樹には分からない。
「間宮くん」
 夏樹は隣にいる人から声をかけられた。顔を向ける。ここまで連れてきてくれた、悠の家族、兄である(そう)だった。
「俺に連絡をしてくれてありがとう」
「ちゃんと話をしないといけないと思ったので」夏樹は言い、悠の墓に視線を落とした。「笠原とも、向き合わないといけませんから」
「そんな風に悠の死を重く受け止めてくれるのは、家族以外では間宮くんだけかもしれないね」
 微かに笑みを浮かべた後、膝を折って屈んだ颯が、墓石に向かって手を合わせた。
 弟が自殺したことをどう思っているのか、その横顔からは読み取れなかったが、弟をそうさせた人たちを殺したいほどに憎んでいたことは確かな事実としてそこにあった。あのゲームを仕組んだのは自分だと、颯本人が口にしたのだから。
 夏樹を含めた五人が夜の教室で体験したことは、決して疑っていたわけではないが、夢でも何でもないことであった。夏樹以外の四人は、あの場で全員死んでいる。
 ゲームが終わった後、死臭が漂う教室内で一人立ち尽くしていた夏樹の前に颯が現れた。説明も何もされず、夏樹は彼に促されるがまま教室を出た。聞きたいことはあったが、入れ違いで数人の男が教室に入り、四人の死体に抵抗なく触れたため、人の死に慣れている人たちだと踏んだ夏樹は、黙って指示に従うことにした。あの場では、それが賢明だと思った。逃走したり攻撃したりすることはしなかった。
 颯と共に学校を後にした夏樹は、駐車されていた黒い車の後部座席に乗るよう言われ、それにも素直に応じた。運転席には颯本人が乗り込み、二人のみを乗せた車は発進する。
 夜道を走行する車内に会話はなかった。夏樹も颯に話しかけられなかった。どこへ向かっているのかも知らされず、その時はまだ颯が何者かも分からず、しかし、ゲームに関わっている人物であることは間違いないと見て、警戒はしていた。
 車は見知った道路を走っていく。そして、最初からそこが目的地だったかのように、寄り道もせずに最短距離でその道を進んだ車は、夏樹の住む家の近くで停車した。
 家を知られている。やはり、無作為に自分たち五人が拉致されたわけではないようだった。
 このまま呑気に車から降りてしまってもいいのか。これから全てを説明してくれるのか。何をされるのか、何を言われるのか、夏樹は何も分からず、自分が今すべき行動すらも分からずに身動きが取れないでいると、徐に助手席に手を伸ばした颯がそこに置いてあったらしい何かを取り、後部座席にいる夏樹に差し出した。それは制服だった。夏樹が着ているものと同じものである。
 着替えるよう颯から新たな指示を受けた。大和や凛花の吐いた血液で服は汚れていたため着替えられるのは有り難かったが、それでも安心はできない。
 強いられていたゲームは終わったはずなのに、一向に緊張が抜けなかった。ボタンを押して四人を罰した罪悪感すら、夏樹の中に芽生え始めていた。相手は全員犯罪者だと言い聞かせても、麻痺していた感覚が戻ってきている今となっては気休め程度にしかならない。どんな理由であれ、どんな状況であれ、人を罰した事実、それ自体はどう足掻いても覆すことなどできないのだ。
 夏樹は警戒心を解くことなく、その場で素早く同じ制服に着替えた。ほぼぴったりだった。スリーサイズすらも調べ上げられていたのだろうか。
 颯が運転席から降り、夏樹がいる側の後部座席のドアを開けた。危害を加えられてしまうかもしれないと身構えた夏樹に、その素振りなど少しも見せなかった颯が、汚れた制服は車内に置いておくよう次の指示を出す。それから、未だ夏樹の首に嵌められたままだった首輪を鍵で外した。重量があったわけではなかったものの、確実に命を握っていた代物であったためか、それが外されたことで首周りが一気に軽くなるのを夏樹は実感した。
「あのゲームは俺が全部仕組んだことで、君はただ巻き込まれただけの被害者だよ」いきなり語り出した颯が、スマホを含めた夏樹の私物を返し、夏樹を車から降ろした。その後、夏樹は颯に、有無を言わさずに何かを胸に押し付けられる。「これは俺の連絡先。あとは君の好きにしてくれていいから」
 一方的に口を開き、一方的にメモ用紙を握らせた颯が、再び車に乗り込んだ。自分の置かれた状況と、なぜか家まで送ってくれた人物のことを理解しようとぐるぐると頭を回転させる夏樹は、何事もなかったかのように発進する車を意味もなく見つめていた。
 自分が先程まで乗せられていた車が視界から消え、闇に溶け込んでいく。夏樹は一言も、まともな言葉を発せなかった。ゲーム中の勢いはすっかり鳴りを潜め、そこには普段の、寡黙な夏樹が取り残されているだけであった。
 渡されたメモには言われた通り連絡先と、それから、笠原颯という名前が記されていた。悠の名字は笠原である。これが偶然の一致だとは思えなかった。
 夏樹の中で、全てが繋がった。当初からそうなのではないかと予想していたことは、間違いなどではなかった。
 復讐だった。あのゲームは、復讐だった。悠の家族であろう颯の、悠を自殺へ追い込んだ人たちへの、復讐だった。
 夏樹をも巻き込んで、間接的に颯に復讐されて死んだ四人は、行方不明として扱われた。死体に触れたあの男たちが、何かしらの処理をしたに違いない。ゲームの舞台となり、事件の現場となった教室は、次の日には彼らの血痕も死臭も綺麗さっぱりなくなっていた。
 夏樹は落ち着かなかった。口を割らなければ誰にも暴かれることはないだろうが、逆にそれが、かなりのストレスであった。
 悩んだ末に、夏樹は颯に連絡を取ることにした。好きにしていいと言われたが、警察などに颯のことを突き出したり、誰かに密告したりすることはしなかった。
 一度、膝を突き合わせて話をする必要がある。それで夏樹の罪悪感が払拭されるとは限らないが、まずは話をしないことには何も始まらない。前にも後ろにも進めない。
 悠が自殺したことにも、夏樹は未だに、真正面からは向き合えていないのだ。もう既に、三ヶ月以上経ってしまっているのに。
 颯に連絡をした次の日に、彼に会うことになった。ちょうど悠の墓参りに行く予定だったらしく、夏樹も一緒にお参りに行くことで話がまとまった。
 それが、今日である。
「間宮くん、いろいろと巻き込んでごめん」夏樹を見上げた颯が、最初に切り出した。「謝って済むことじゃないけど」
「颯さんは、俺のことも、殺すつもりだったんですか」
「時間切れになったら全員を罰するルールにしていたから、そう思われても仕方ないね」
「本当は違うんですか」
「違う。ああ、いや、違わないかも」どことなく寂しげな瞳で颯が墓を見つめた。「悠が多分一番信頼していたくらいには近くにいただろうに、悠を助けられなかった間宮くんのことを、当時の俺は心のどこかで憎んでたのかもしれない。県外で一人暮らしをしていたのもあって、本当に何にもしてやれなかったのは俺の方なのに、自分のことを棚に上げて間宮くんに責任を押し付けて、酷い話だよね」
 自嘲する颯に、夏樹は上手い言葉を返せなかった。
 夏樹が悠の近くにいたのは事実で、悠があの四人に何をされていたのか知っていたのも事実で、それなのに救えなかったのも全て事実である。助けられる可能性があった分、助けられなかった時の絶望は大きい。憎まれても仕方がない。
「悠が自殺したって親から連絡が来た時は、到底信じられなかった。でも速攻で帰省した。家に帰って、冷たくなった悠の亡骸を見て、悲しみよりも怒りよりも、なんで? どうして? って疑問が湧いた。両親から手渡された悠の遺書を読んで、そこで初めて、俺は悠が自殺するまで追い詰められていたことを知った。両親は悠と一緒に暮らしていたから、悠の異変に気づいて話を聞こうとしたみたいだけど、迷惑をかけたくなかったのか、それとも、遺書にあった通りお金をこっそり持ち出していたことに負い目があったのか、何も話したがらなかったみたいで。結局誰も、悠の自殺を食い止められなかった」
 夏樹は颯の話を黙って聞いていた。悔しさがまた込み上げてきた。
 話に登場した全員が、悔いている。どうにかできたはずだと。ああしていれば、こうしていれば、悠は自殺を選ばずに済んだのではないかと。
「遺書には主にあの四人と、唯一手を差し出してくれたっていう間宮くんのこと、それから、別紙で間宮くんだけに向けたことが書かれてた。悠の自殺の原因はあの四人で間違いない。このことを彼奴らはどう受け止めているのか知りたくて、学校に頭下げてお願いして悠のクラスにこっそり監視カメラを設置させてもらった。自分の目で現状をしっかり見たかった。あとは間宮くんも知っての通りだよ。彼奴らは、悠が自殺したことを何とも思ってなかった。自分の普段の行いが人を追い詰め、人を殺したことを自覚もせずに、へらへら嗤ってふざけて、懲りもせずに悠の次を選別して、悠と同じような目に遭わせて、許せなかった。腸が煮え繰り返って仕方がなかった。罪であることを自覚させて罰を下さないと気が済まない。悠がそれを望んでいなくても、俺はそうせずにはいられなかった」
 だから、復讐することを決意した。言外から、そうだと十分に読み取れるくらいの憤りを感じた。
 話すことで当時の感情が鮮明に蘇ってきてしまうのか、颯は心を落ち着かせるように深呼吸をしてから、また吐露した。
「俺一人で何もかも実行するのは流石に無理があったから、迷わず人を雇った。犯罪者同士で殺し合うゲームを考えて、四人を拉致して強制参加させる。でも彼奴らは自分の罪を自覚していないから、四人だけでは失敗するんじゃないかと思って、復讐をちゃんと成し遂げるために、俺はもう一度計画を練り直すことにした。そこで、監視カメラの映像を思い出したんだ。四人の行いを唯一止めようとしていた勇敢な人がいて、誰も彼も傍観している中、彼だけが動いている。どうにかしようとしている。それが、悠が生前支えにしていた間宮くんだって知って、もしかしたら間宮くんなら、四人のそれぞれの罪を自覚させられるんじゃないか。そう勝手に願って、俺は間宮くんもゲームに参加させることにした。間宮くんを利用したのは否めないし、間宮くんに対して、なんで悠の支えになっておいて、悠を助けられなかったんだっていう気持ちも、やっぱり、ないわけじゃなかった。本当に、申し訳ないと思ってる。でも、どうしても、殺意を抑えられなかった」
 利用した夏樹に懺悔するように、その場を立った颯が頭を下げた。
 弟を自殺で亡くした颯のことを思うと、頭ごなしに責めることはできない。復讐すること、それ自体は肯定はできないが、理解はできてしまう。だからこそ、ゲームに利用されるような形で巻き込まれたのだと知っても、夏樹は颯を責められないのだった。
 悪いのは一体誰なのか。本当にあの四人だけが悪いのか。復讐を企んで実行に移した颯は悪くないのか。何をしても何一つ止められなかった夏樹は悪くないのか。家族にも助けを求めずに自らの判断で自殺を選んだ悠は悪くないのか。
 どこかで誰かが道を間違って、それに何人も巻き込まれて、誰も軌道修正できずに路頭に迷い、全員が暗闇に堕ちた。その闇の中で、訳が分からないままぐしゃぐしゃになって絡んでしまった糸は、そう簡単には解けない。
 夏樹はずっと、めちゃくちゃでもう解けないであろうその糸を、ずっと、胸に抱えて生きていくしかない。後悔は消えない。誰がどのようにして、どう贖罪をしても、悠が生き返ることは、もうない。
「どうするのが正解だったのか、俺は今も分かりません。それが分かっていれば、笠原が自殺することも、笠原を追い詰めた四人に颯さんが復讐することもなかったはずです。少なくとも、こんな結末になることはなかった」
 夏樹は奥歯を噛み、無力な自分の手を握った。
 止めようとしたのに、止められなかった。助けようとしたのに、助けられなかった。自分は何がしたかったのか、何をしていたのか。夏樹はひたすら、自責の念に駆られていた。
「正解は、俺にも分からない。殺すつもりで復讐して、彼奴らと同じ犯罪者になって、そのうち彼奴らの遺体が見つかって、芋蔓式に全部判明して、最後は逮捕されるだけの俺に分かるわけがない。でも多分、それは善人であっても誰も分からないことだと思う」頭を上げた颯が、それでも伏し目がちのまま続けた。「だから、こういうことが、いつまで経ってもなくならないんだろうね」
 重たい沈黙が広がった。夏樹を利用してあの四人を罰したとしても、颯の気持ちは晴れていないように見えた。復讐を成し遂げても、悲しみには勝てないのだろう。
 夏樹も同じだった。颯が考えたゲームのルールでボタンを押し、罰を下しても、胸がすくことはなかった。虚しいだけだった。
 命を奪うことで、彼らの行動を強制的に止めようなどと企んだことはない。そんなことをすれば、自分も彼らと同じ犯罪者となる。何をしても上手くいかない苛立ちを抱えていても、夏樹の理性が犯罪へ揺らいだことはなかった。
 しかしそれは、悠と血の繋がりがある颯とは違って、夏樹と悠は友人と呼べるのかどうかも定かではない、曖昧な関係でもあるクラスメートにすぎなかったからかもしれない。犯罪者を殺すためなら犯罪者になってしまっても構わないと、人生すらも賭けてしまえるほどに本気になれなかったからかもしれない。
 思考がぐるぐると回り続ける。いくら考えても、考えても考えても、どの問の答え一つも見出せなかった。
「ダメだね。良くないね。悠の前でこんな話をして暗くなるのは」
 重苦しい空気を吹き飛ばすように颯が息を吐き、そして、何かを思い出したように肩にかけていた鞄の中を弄り始めた。
「忘れないうちに、間宮くんにこれを渡しておくよ」言いながら目的のものを取り出した颯に、はい、と折り畳まれた紙を差し出された。「悠から間宮くん宛のメッセージ」
 夏樹は考えるよりも先に紙を受け取っていた。死ぬ前に悠が書いた遺書には、別紙で夏樹に向けたことが書かれていたと颯は話していた。それが、これなのだろう。
「間宮くん、生前、ずっと苦しんでいた悠に手を差し伸べてくれて、ありがとう」
 真剣な表情で、颯に頭を下げられた。今度は感謝の意だった。
 何をしても、結局は自殺を選ばせてしまった自分が、遺族に感謝されるのは違うのではないかと夏樹は思ってしまった。それでも、自分は何もできなかったと謙遜しつつも、その言葉を素直に受け取ることが、最低限の礼儀だと思った。
「それじゃあ、犯罪者はここからいなくなった方がいいよね。俺は先に車に乗ってるから。あとは悠と二人で話していいよ」
 笑えないジョークを自虐するように言った颯が、夏樹に気を遣い、踵を返して歩き出した。悠の墓石から遠のいていくその背中を見つめる。呼び止めはしなかった。犯罪者だと自分で言って見せた颯は、これからどう生きていくつもりなのか、それを聞くのは、乗せてくれた車の中でも遅くはない。
 夏樹は四つ折りにされている用紙に視線を落とした。自分宛の、悠からのメッセージ。何を綴られているのか、一抹の不安を覚えたが、悠の死と向き合うと決めたのだ。これを読まない選択肢はない。
 ゆっくりと深呼吸をして、夏樹は折り畳まれた紙を広げた。柄はなく、罫線が印字されているだけの、どこにでもあるシンプルなデザインの便箋だった。
 悠の筆跡は、紙の中心の辺りにあった。長文ではなく短文で、たくさんの余白が残っている。夏樹は瞬きをして、生前に悠が書いた文字を目で追った。

間宮くん、今まで本当にありがとう。
そして、ごめん。僕が弱いせいで、関係ない間宮くんに縋って、たくさん迷惑をかけてごめん。
もう僕は、生きられない。生きるのが怖い。明日が来るのが怖い。
だから、間宮くん、またいつか、会う日まで。明日が怖くて逃げた僕の分まで、どうか、生きて。

 そこで文章は終わっていた。感謝、謝罪、本音、決別。悠の感情が、多くを語っていない短い文章からでもダイレクトに伝わり、まるで蓋が外れたかの如く夏樹は頬を濡らしていた。手書きであることもまた、この時はまだ確かに生きていたことを強く実感させ、ますます涙が込み上げてくるのだった。
 悠が自殺したと聞かされた時も、夏樹は泣かなかった。それは何日経っても同じだった。ゲームに巻き込まれて、悠のことを何度も思い出しながら罰を下した時も、夏樹は泣かなかった。
 受け入れたくなかった。受け入れられなかった。泣いてしまったら、悠の死を認めてしまうことになるのではないか。そう思い、無意識のうちに心を閉ざしてしまっていたのかもしれない。何も感じないように。悲しくならないように。
 それが今、決壊している。抑えていたものが堰を切ったように溢れ出し、拭っても拭っても止まらない。悔しくて、そして、悲しくて、たまらない。
 便箋に涙を落とし、手で紙に皺を作ってしまいながら、夏樹は嗚咽を漏らした。柄にもない泣き面だった。
 これほどまでに感情を表に出したのはいつぶりだろうか。気づけばそれくらい、夏樹の中で悠の存在は大きくなっていたのだった。
 助けてあげたい。助けたい。救ってあげたい。救いたい。何とかしてあげたい。何とかしたい。悠を気にかけ、そうしてあげたい、そうしたいと思ったことは一度ではない。
 なりふり構わず、例えそれが犯罪であったとしても、何でもしておけばよかったのかもしれない。そうしていれば、悠が死ぬことはなかったのかもしれない。でも、それらは全て、結果論に過ぎなかった。
「ごめん、ごめん、笠原」夏樹は震える声を漏らし、呟いた。「助け、られなくて」
 謝罪しても後の祭りであることは知っている。もう決して会うことのできない悠に届かないことも知っている。悠の墓石の前であっても返事など一生来ないことも知っている。しかし夏樹は、その言葉を口にせずにはいられなかった。
 死ぬまで後悔して、何度も何度も後悔して、悔しさにまた泣いて、悲しさにまた泣いて、それでも夏樹は、生きるしかない。
 悠を救えなかった後悔と責任を胸に抱えながらも生きることが、何も成し遂げられずに悠を自殺させてしまった夏樹に下された、大きな罰だった。
 一生背負って、悠を忘れることなく、悠の分まで、夏樹はひたすら、生きていくしかない。
 生きて、生きて、生きるのだ。生き抜くのだ。明日を恐れ、自ら命を絶った悠の望みを、叶えるために。