幼い頃から、アイドルに憧れていた。

 画面越しに見える彼女たちはいつも笑顔で、可愛くて、キラキラしていて。
 まるで夢の世界の住人みたいで、私もいつかこんな風になれたらなって思ってた。


 だから、この世界にまさかこんな地獄があるなんて、その頃の私は想像すらしていなかった。




「それではこれから、皆さんにはメンバーの座をかけた殺し合いをしてもらいます」

 そんな物騒なことを笑顔で口にしたのは、この超高層ビルのオーナーだった。

 進藤(しんどう)(わたる)
 黒いスーツに身を包んだ初老と思しき風貌の彼は、今から十年ほど前に伝説的アイドルグループを発足させた元プロデューサーである。

 アイドル事業に革新をもたらし、社会現象を巻き起こした後、一度は表舞台を下りた彼だったが、この春から新たにアイドルグループのメンバーを募集し始めたのだ。

 一度引退したとはいえ、凄腕プロデューサー直々の募集とあって、志望者の数はとんでもないことになった。

 もちろん、私も応募した。

 小学生の頃から数々のオーディションに申し込み、何年も落選を繰り返してきた私には到底届かないものだと思っていたけれど、結果はまさかの予選通過。
 最終選考を行うため、指定されたビルに来てほしいとのことだった。

 初めての経験、それも有名プロデューサーのお墨付きとあって浮かれていた矢先の今日だった。

 通知を受け取ってここへ集まったのは、私を入れてちょうど百人。
 そのうちメンバーとして舞台に立てるのはたったの七人。

 その七人の座をかけて、今から私たちに殺し合いをしろと彼は言う。

「ルールは簡単です。これから皆さんには一人ずつ自己紹介をしていただき、その後アンケートを取ります。質問の内容はたったの一つだけ。ここにいる百人の中で、グループのメンバーとして相応しくないと思う方を一人ずつ選んでいただきます。七人以上から指名された方には、その時点で死んでいただきます」

 ジャキ、と金属の擦れる音が部屋に響く。

 ビルの最上階で、私たち百人がすっぽりと入った大部屋の四隅から、ライフルのようなものを手にした武装集団がこちらに銃口を向けていた。

 どうやら、選ばれし人間はここで射殺されるらしい。

「……ドッキリか何かだよね? これ」

 どこからか、そんな声が聞こえた。

 見ると、私の斜め後ろの方に立っていた女の子が、隣の子にこそこそと笑いかけている。

 ドッキリか何かだよね——私も、半分くらいはそう思ってる。

 だって、こんなの非日常的すぎるでしょ?
 銃なんて、この日本社会で見られる機会もなかなかないし。

「私語は厳禁だと最初に言いましたよね?」

 進藤は相変わらずの笑顔でそう言うと、右手を軽く上げて合図をした。

 直後、ドンッと腹の底に響く発砲音があった。
 一発だけの乾いた音。

 ひゃっ、と数人が反応した他には、ほとんど変化はなかった。
 と思ったのは一瞬だけ。

 それからすぐ、一人の少女が突然その場へ倒れ込んだ。
 先ほど、私語を注意されていた彼女だ。

「えっ……彩乃(あやの)……?」

 周りの数人が、彼女の顔を覗き込む。
 と同時に、甲高い悲鳴がその場に響いた。

 彩乃と呼ばれたその少女は、すでに死んでいた。
 額に空いた穴から血を流し、濁った瞳を天井へ向けている。

 まるで現実味のない光景だった。

 人が死んだ。
 いま目の前で殺された。

 どうやらドッキリではないらしい——と、私を含めて、その場の全員が同じことを思った瞬間だった。

「静かに。次に無駄口を叩いた人には彼女と同じ目に遭ってもらいます」

 進藤が冷静に言うその声は、パニックになった少女たちの悲鳴に掻き消される。
 やがて二発目の発砲音が響いて、その場はようやく静かになった。

「そろそろ自己紹介に移りましょう。名前を呼ばれた方は一人ずつ前へお願いします」

 静寂に包まれながらも、周りの動揺が伝わってくる異様な空気の中、それぞれの自己紹介が始まった。

 名前、特技、簡単な経歴。
 オーディションでよく聞くセリフが、それぞれの震えた声で再生される。

 今すぐここから逃げ出したい——と思うものの、周りには武装した人間が何人もいるし、スマホなどが入った荷物は別室に預けている。

 やがて私の番がやってきて、同じように自己紹介を終えた。

「さて。それでは皆さんお待ちかねのアンケートの時間です。このグループに必要のない人間を一人だけ選んでください」

 何が『お待ちかね』なのかはよくわからないけれど、とにかくアンケートは実施された。

 そのやり方は、まさかの口頭だった。

 アンケート用紙やタブレットを使用するわけではなく、一人ずつ順番に口で名前を挙げていくというもの。

 誰が誰を指名したのか、その場の全員がわかってしまうやり方だった。

 このグループに必要のない人間、正しくは『死んでもいい人間』の名前が一人ずつ挙げられていく。

 最初に回答を迫られた少女はなかなか口を開こうとしなかったけれど、早く答えなければ殺すと脅され、恐る恐る一人の名前を挙げた。

 その瞬間のお互いの表情は見るに堪えなかった。

 交錯する驚きと苦悩、憎悪、罪悪感、絶望。
 声にならない感情が、互いの視線だけで伝わってくる。

 その後も一人ずつ順番に、殺されてもいい人間を挙げていく。

 そして私は、途中で気づく。

 ここで七人以上から指名された人間は殺される——ということは、指名先を分散させれば全員が助かるのではないかと。

 部屋の壁には巨大なスクリーンがあり、そこに指名された人物の写真と名前、指名数がリアルタイムで表示されている。
 この指名数が七人以上にならないよう、うまく調整すればこの場を切り抜けられるかもしれない。

 私以外の面々も考えは同じだったようで、皆それぞれ指名数の少ない人物の名前を挙げていく。

 やがて最後の一人が答え終わるまで、七人以上から指名された人物は一人もいなかった。

(良かった……)

 おそらくはその場の全員が胸を撫で下ろしていた。
 しかしホッとしたのも束の間、

「言い忘れていましたが、殺される人物が決まらなかった場合は、ランダムで一人死んでもらいます」

 進藤がそう、言い終えた瞬間。
 部屋の角から、一発の銃声が上がった。

 私のすぐ右側にいた人物の体が、反動で後ろへ傾く。
 顔面のド真ん中を撃ち抜かれた彼女は、私の頬に血飛沫を塗りつけて、そのまま後ろへ仰向けに倒れた。

 再び上がる悲鳴。
 二人目の犠牲者が、そこに出来上がった。

「静かに。アンケートはまだまだ続きます。生き残りが最後の七人になるまで、これを繰り返します」

 進藤の言葉に、その場は再び絶望に包まれる。

 最後の七人になるまで。
 つまり、ここにいる百人のアイドル志望者のうち九十三人が殺されるまで、この馬鹿馬鹿しいアンケートは続くのだ。

「……うっ……」

 どこからか、誰かの啜り泣く声が聞こえた。

 私も泣きたい。
 でも、泣いたらその場で殺されるかもしれないから、唇を噛み締めてこの空気に耐える。

 そして、アンケートは二周目が始まった。

 最初に名前が挙げられたのは、石川(いしかわ)菜々(なな)という十六歳の少女だった。

 彼女はこの場にいるアイドル志望者中でも特に有望視されている人物だった。
 見た目はもちろん、パフォーマンスにもどこか人を惹きつける魅力があり、別のオーディションでも最終選考まで残った実績もある。

 それだけに、このアンケートでは悪目立ちしてしまった。

 出る杭は打たれる、というものだろうか。
 他の箸にも棒にもかからない面子よりも、どうしても目についてしまう。
 だからこそ、最初に彼女の名前は挙げられてしまった。

 そして二人目の回答者も、同じ人物を指名した。
 三人目も、四人目も。

 このまま七人が彼女を指名すれば、彼女はこのターンで死ぬことになる。

 本当は、誰もが指名したくないはずだった。
 けれどここで誰かを殺さなければ、いずれ自分が死ぬ羽目になるのだ。

「い、いや……やめて……」

 石川菜々は自分の名前が次々に挙げられる中、絶望に目を見開いたまま頭を抱えていた。

 やがて七人目も彼女を指名した瞬間、ドン、と乾いた音とともに彼女はその場に倒れ伏した。

「さあ、どんどん回答を続けてください」

 火薬と血のにおいが充満する部屋の中で、私たちは名前を挙げていった。

 次の七人も、やはり同じ人物を指名する。
 残された顔ぶれの中でも特に印象に残りやすい、何かしらの魅力を持ったアイドル志望者だ。

「やだ。どうして……。どうしてこんな馬鹿みたいな真似をするの? あたしたちに一体何の恨みがあるっていうの?」

 七人から指名されて死の淵に立たされた彼女は、今際の際に泣きながら問う。

 なぜ、進藤はこんなことをするのか。
 自分たちが一体何をしたというのか。

「良い機会ですから、話しておきましょう。……すでにご存知の方も多いとは思いますが、私には結衣(ゆい)という名の一人娘がいました。彼女は子どもの頃からアイドルに憧れており、自分磨きに努力を重ねて芸能界にデビューしました」

 その話は、おそらくここにいる誰もが知っている事実だった。

 進藤の娘はアイドルグループの一員としてデビューし、メディアへの露出も多く、華々しい芸能生活を送っていた。

 しかし、
 
「……しかし、世間の目は冷たいものでしたね。父親である私が音楽界のプロデューサーであったばかりに、あの子は親のコネでデビューできたのだと批判されました。実際には私はオーディションに携わっていませんでしたし、そもそもデビューした事務所も私とは関係のないところです。あの子の努力がしっかりと評価されるように、あえてそうしたのです。でも、ネット上での誹謗中傷はいつまで経ってもなくならなかった。最終的に、それらの声に心を追い詰められた彼女は自殺を選びました」

 当時はニュースでも大きく取り上げられ、話題になっていた。
 進藤が一度プロデューサーから身を引いたのも、そのことがあったからだった。

「あの子が私の子どもであるというだけで……憶測だけで、彼女に心無い言葉を投げつけ、追い詰めた人間がいる。私は許せなかった。しかも、そんなゴミのような輩の中にも、同じアイドルを目指す人間がいるというのだから笑ってしまいましたよ」

 彼がそこまで言ったとき、その場の空気が凍りついたのを、私は肌で感じ取った。

「ここまで聞けば、あなた方ももう理解したでしょう。ここに集められた百人は、自らもアイドル志望者でありながら、私の娘に匿名で誹謗中傷を投げつけた者たちです」

 胸の早鐘が、頭まで響いていた。

 彼の娘に誹謗中傷を——私も、確かに書いてしまったかもしれない。

 正直、どんなことを書いたかは覚えていない。
 けれど確かに、彼女のことを敵視する気持ちはあった。

 何の努力もせずに、親の七光で舞台に立つことが許されたアイドル。
 そんなイメージを、常に彼女に抱いていた。

「そういうわけですから、あなた方には今ここで死んでもらい、あの世で娘に詫びてほしいのです。とはいえ、このうちの七人は生き残ることができるのですから、優しいものでしょう?」

 その場の全員が絶句する中、再び銃声が鳴り響き、七人から指名された少女がまた一人、床に血溜まりを作った。

「さあ。どんどんいきましょう。最後に生き残るのは、一体どんなゴミ人間なんでしょうね?」

 その後もアンケートの回答は何度も繰り返され、やがて殺される人物は残り一人だけとなった。

 私はまだ、生き残っていた。

 おそらくはそれだけ目立たない人間だったのだろう。

 誰からも相手にされず、ひねくれて他人の誹謗中傷をするようなゴミ人間。
 それが私だった。

「さあ、これで最後です。あなたは誰を指名しますか?」

 回答を迫られたのは私だった。
 おそらくはここで私の指名した人物が殺される。

 私は残された人物たちの顔を一人一人確認した。
 どれも平凡で、肌や髪の手入れも怠った三流ばかりだった。

 たとえこの中の誰を選んだとしても、何の変わり映えもしない気がした。

 だから私は、いま自分から一番遠い位置に立っている人物を指名した。

 相手との距離が遠ければ遠いほど、その人物の絶望など他人事だと割り切れる気がした。

 そして結局、私の指名したその人物は殺されて、私を含めた七人だけが生き残った。

「おめでとう。今ここにメンバーの座を勝ち取ったあなたたちは、誰からの注目を集めることもできない最底辺のアイドルグループです。これからも人生という名の舞台で、きっと無観客のまま歌って踊り続けることとなるでしょう。いつか舞台を降りるその日まで、せいぜい惰性で生きていってくださいね」
 
 そんな言葉を最後に、進藤は懐から取り出した銃を自らの頭につきつけ、発砲した。




 この事件の詳細を知る人間は、未だ少ない。

 模倣犯が出ないようにとそうしているのか、はたまた芸能界が金の力で情報をおさえているのか、詳しいことはわからない。

 ただ、元有名プロデューサーが自らの娘のために復讐を企てたことは、その後のアイドル事業に少なからざる影響を与えた。

 謂れのない噂、誹謗中傷に対しての罰則は、それまでと比べてより一層強固なものとなった。



 そして私は、アイドルを目指すのをやめた。

 耳の奥にはまだ、進藤が最後に放った言葉が呪いのようにこびりついている。





(終)