翌日から行動が開始された。花高の闇を暴くために五人はO組の生徒に話を聞きに来ている。O組の実態を噂として学校内に流せば先生が何らかのアクションをとるはずだと考えたのだ。
しかし、五人はある壁にぶつかっていた。真緒がどうしたものかとでもいったように、頭に手を当てる。
「やはり、A組の生徒と話したくないと考える方が多いようですわね」
「仕方ないよ……扱いの差が大きすぎるから。きっとA組自体を恨んでるんだと思う」
快星は小さな声で反応した。
五人が廊下でこそこそと話し込んでいると、あるO組の生徒が五人に「あの……」と声をかけた。その生徒に一斉に視線が集まる。
「あなたは確か……」
由香里が呟くと、その人は少し緊張したように俯いた。昨日、ランキング表の前に立ち尽くしていた生徒のうちのひとりだ。大人しめな雰囲気を纏いつつも、何かを決意したような表情を浮かべている。
しかし、その瞳には不安が色づいていた。
「昨日、あなたたちに見られてること気づいてた。つけられてることも。話しかけようとしたんだけど、怖くて出来なかった」
「怖いって何がだよ」
ぶっきらぼうな口調で詰め寄る光輝の頭を、彩葉が軽くこつく。
「そういうところだよ。ごめんね、気にしないで」
彩葉は安心させるように言葉をかける。するとその生徒は首をぶんぶんと横に振った。
「違う……A組の人に関わらない方がいいってみんなが言ってたから、だから私もそれに従ってた。でも……」
「でも?」
由香里はその先の言葉を促すように優しく繰り返した。
「このままじゃダメだってわかってるから。私の持ってる情報全部あげる。だから自分たちじゃ何も出来ない、怖がりな私たちを助けて」
五人はその言葉に息を呑んだ。目の前の生徒の想いの強さを直感的に感じ取ったのだ。
「私たちに任せなさい。必ず助けてあげるわ」
胸を張り、微笑む真緒はいつにも増して頼りがいがある。その生徒はお礼を言うと、全ての情報を五人に渡した。中には秘密裏に撮影された授業風景の動画もある。
教室に戻り、その動画を再生すると五人は驚愕の表情を浮かべた。
「これ……本当に、授業?」
快星が驚きのあまり声を漏らす。
動画内では教師と思わしき男が授業をするどころか、生徒を無視するような言動ばかり取っている。板書も適当で何を書いているのか読むことさえできない。
しなければならない授業内容を勝手に飛ばしている場面もそこには映っていた。
「こんなの酷すぎる」
あまりに酷い内容に彩葉が目を背ける。
「でも、これで証拠は手に入ったわ。少しずつ、着実にいくわよ」
由香里の言葉に四人は顔を見合わせ、頷き合う。それから、五人は過度な内容は伏せながらも、O組の噂を学校全体にばらまいていった。
時には人を使い、また別の時にはSNSを使う。そのような努力の甲斐があり、一ヶ月後には学校全体でその噂が囁かれるようになった。
「順調ね。このまま何事もなく解決に繋がってくれればいいんだけど」
そんな由香里の想いとは裏腹に、次第に噂はその姿を消し始めた。教師陣が事の隠蔽に走り出したのだ。
「ど、どうする? 僕たちの流した噂が消えかかってるよ」
快星が慌てたような声に今回ばかりは誰も反応出来ない。五人に残された手は、あの動画を公開することくらいだった。しかし、それはO組の生徒たちに過度なプレッシャーを与えることになってしまう。
「万事休すですわ」
真緒がそう口から漏らしたとき、教室の外から複数の足音が聞こえてきた。背丈の高い黒いスーツを身にまとった男が数人教室に入って来る。その中に影波もいた。
「何を諦めようとしてるんだ。まだ手は残ってるだろ?」
「どういう意味だよ。てか先生の後ろにいる人たちは誰だ?」
影波が何を意図しているのかわからず、光輝は聞き返す。
「君たちは確かに優秀だが、まだまだ子供という意味だ。自分たちの力だけでは無理だと思ったなら大人に頼ればいい。ここにいるのは教育省の役員たちだ。今日は君たちが集めた証拠を確認しに来た」
「ここにいるのはって……もしかして先生も……?」
彩葉の問いに影波は静かに頷いた。五人はその事実に息を呑む。
「そうだ。俺は教育省からこの学校に派遣された一役員だ」
「では先生は最初から調査をしていたんですか?」
「塩沼の言う通りだ。だが教師たちが思ったより上手く事を隠蔽していてな。派手に動くとばれかねなかった。そこで君たちに協力してもらったというわけだ」
身振り手振りを混じえて話す影波を前に、快星は不安気に瞳を揺らした。
「ぼ、僕たちのこと利用してたの……?」
「否定はしない。だが利用とは少し違う。少なくとも君たちは自分の意思で証拠を集め、O組を救おうとした。これは紛れもない事実だ。違うか?」
「いいえ、私たちが不公平を正そうとしたことに違いはありませんわ」
影波は真緒の返答を待っていたと言わんばかりに微笑む。
「君たちが集めた証拠のおかげで俺たちは自由に動けるようになる。今日からこの学園に対する正式な調査を執り行うことも決定した。O組のことは安心してくれ。成績至上主義の制度は廃止され、教師陣にも相応の処罰が言い渡されるだろう」
その言葉を聞いた途端、五人の顔に笑みが戻る。それはO組を助けられることへの安心感からか、はたまたこれまでの行動が身を結んだ嬉しさからなのか。
「それでは俺は仕事に戻らせてもらう。――が、最後に一言だけ教師として言わせてほしい」
いつになく真剣な面持ちの影波を中心に教室内の空気が引き締まる。
「社会には理不尽が蔓延っている。大人になればなるほどそれを痛感し、一人ではどうにもならないことも増えるだろう。そういうときは……」
「――周りの人に頼る、ですよね」
由香里は彼の言葉を遮り、言葉を発した。影波は驚いたように目を見開いてから、小さく頷いた。
「もうわかっているようだな。さて、俺は今度こそ行かせてもらうぞ」
五人に背を向け、この場から去ろうとする影波を色づいが大きな声で呼び止める。
「先生! ありがとうございました!」
それに続いて次々とお礼の言葉が影波に投げかけられる。彼はそれに応えるように右手をあげると、今までに見たことないような顔で笑った。
こうして、影波と黒スーツの男たちは去っていった。ふと快星は光輝が肩を震わしながら笑ったいることに気づいた。
「どうしかした……?」
光輝は息を整えると、顔に満面の笑みを浮かべた。
「俺たちの先生やばいなと思ってさ」
一瞬の静寂が場を支配した次の瞬間、全員が一斉に吹き出した。
「ほんと、それね」
彩葉はお腹を抱えながらくすくすと笑い、真緒も口元に手を当てながら上品に笑っている。
「私たち振り回されてばっかりでしたわ」
しばらくの間、笑い声は絶えず教室に響いていた。その後、笑い疲れてまた教室内が静かになると快星がぽつりと呟いた。
「……全部終わったんだ」
「だな」
快星の言葉に光輝は軽く伸びをしながら返事をした。それに対して由香里は首を横に振る。
「これからよ。私たちにはこの学園を見守っていく責任があるわ」
「そうですわね。中途半端に終わりたくはありませんもの」
これから花高は変わっていくことだろう。それは彼らにとって終わりでもなんでもなく、新たな『課題』の始まりに過ぎなかった。
五人は改めて顔を見合わせる。
「それじゃ、行きましょ」
彼らは進み続ける。歩みを止めることなく、未来を見据えて。
しかし、五人はある壁にぶつかっていた。真緒がどうしたものかとでもいったように、頭に手を当てる。
「やはり、A組の生徒と話したくないと考える方が多いようですわね」
「仕方ないよ……扱いの差が大きすぎるから。きっとA組自体を恨んでるんだと思う」
快星は小さな声で反応した。
五人が廊下でこそこそと話し込んでいると、あるO組の生徒が五人に「あの……」と声をかけた。その生徒に一斉に視線が集まる。
「あなたは確か……」
由香里が呟くと、その人は少し緊張したように俯いた。昨日、ランキング表の前に立ち尽くしていた生徒のうちのひとりだ。大人しめな雰囲気を纏いつつも、何かを決意したような表情を浮かべている。
しかし、その瞳には不安が色づいていた。
「昨日、あなたたちに見られてること気づいてた。つけられてることも。話しかけようとしたんだけど、怖くて出来なかった」
「怖いって何がだよ」
ぶっきらぼうな口調で詰め寄る光輝の頭を、彩葉が軽くこつく。
「そういうところだよ。ごめんね、気にしないで」
彩葉は安心させるように言葉をかける。するとその生徒は首をぶんぶんと横に振った。
「違う……A組の人に関わらない方がいいってみんなが言ってたから、だから私もそれに従ってた。でも……」
「でも?」
由香里はその先の言葉を促すように優しく繰り返した。
「このままじゃダメだってわかってるから。私の持ってる情報全部あげる。だから自分たちじゃ何も出来ない、怖がりな私たちを助けて」
五人はその言葉に息を呑んだ。目の前の生徒の想いの強さを直感的に感じ取ったのだ。
「私たちに任せなさい。必ず助けてあげるわ」
胸を張り、微笑む真緒はいつにも増して頼りがいがある。その生徒はお礼を言うと、全ての情報を五人に渡した。中には秘密裏に撮影された授業風景の動画もある。
教室に戻り、その動画を再生すると五人は驚愕の表情を浮かべた。
「これ……本当に、授業?」
快星が驚きのあまり声を漏らす。
動画内では教師と思わしき男が授業をするどころか、生徒を無視するような言動ばかり取っている。板書も適当で何を書いているのか読むことさえできない。
しなければならない授業内容を勝手に飛ばしている場面もそこには映っていた。
「こんなの酷すぎる」
あまりに酷い内容に彩葉が目を背ける。
「でも、これで証拠は手に入ったわ。少しずつ、着実にいくわよ」
由香里の言葉に四人は顔を見合わせ、頷き合う。それから、五人は過度な内容は伏せながらも、O組の噂を学校全体にばらまいていった。
時には人を使い、また別の時にはSNSを使う。そのような努力の甲斐があり、一ヶ月後には学校全体でその噂が囁かれるようになった。
「順調ね。このまま何事もなく解決に繋がってくれればいいんだけど」
そんな由香里の想いとは裏腹に、次第に噂はその姿を消し始めた。教師陣が事の隠蔽に走り出したのだ。
「ど、どうする? 僕たちの流した噂が消えかかってるよ」
快星が慌てたような声に今回ばかりは誰も反応出来ない。五人に残された手は、あの動画を公開することくらいだった。しかし、それはO組の生徒たちに過度なプレッシャーを与えることになってしまう。
「万事休すですわ」
真緒がそう口から漏らしたとき、教室の外から複数の足音が聞こえてきた。背丈の高い黒いスーツを身にまとった男が数人教室に入って来る。その中に影波もいた。
「何を諦めようとしてるんだ。まだ手は残ってるだろ?」
「どういう意味だよ。てか先生の後ろにいる人たちは誰だ?」
影波が何を意図しているのかわからず、光輝は聞き返す。
「君たちは確かに優秀だが、まだまだ子供という意味だ。自分たちの力だけでは無理だと思ったなら大人に頼ればいい。ここにいるのは教育省の役員たちだ。今日は君たちが集めた証拠を確認しに来た」
「ここにいるのはって……もしかして先生も……?」
彩葉の問いに影波は静かに頷いた。五人はその事実に息を呑む。
「そうだ。俺は教育省からこの学校に派遣された一役員だ」
「では先生は最初から調査をしていたんですか?」
「塩沼の言う通りだ。だが教師たちが思ったより上手く事を隠蔽していてな。派手に動くとばれかねなかった。そこで君たちに協力してもらったというわけだ」
身振り手振りを混じえて話す影波を前に、快星は不安気に瞳を揺らした。
「ぼ、僕たちのこと利用してたの……?」
「否定はしない。だが利用とは少し違う。少なくとも君たちは自分の意思で証拠を集め、O組を救おうとした。これは紛れもない事実だ。違うか?」
「いいえ、私たちが不公平を正そうとしたことに違いはありませんわ」
影波は真緒の返答を待っていたと言わんばかりに微笑む。
「君たちが集めた証拠のおかげで俺たちは自由に動けるようになる。今日からこの学園に対する正式な調査を執り行うことも決定した。O組のことは安心してくれ。成績至上主義の制度は廃止され、教師陣にも相応の処罰が言い渡されるだろう」
その言葉を聞いた途端、五人の顔に笑みが戻る。それはO組を助けられることへの安心感からか、はたまたこれまでの行動が身を結んだ嬉しさからなのか。
「それでは俺は仕事に戻らせてもらう。――が、最後に一言だけ教師として言わせてほしい」
いつになく真剣な面持ちの影波を中心に教室内の空気が引き締まる。
「社会には理不尽が蔓延っている。大人になればなるほどそれを痛感し、一人ではどうにもならないことも増えるだろう。そういうときは……」
「――周りの人に頼る、ですよね」
由香里は彼の言葉を遮り、言葉を発した。影波は驚いたように目を見開いてから、小さく頷いた。
「もうわかっているようだな。さて、俺は今度こそ行かせてもらうぞ」
五人に背を向け、この場から去ろうとする影波を色づいが大きな声で呼び止める。
「先生! ありがとうございました!」
それに続いて次々とお礼の言葉が影波に投げかけられる。彼はそれに応えるように右手をあげると、今までに見たことないような顔で笑った。
こうして、影波と黒スーツの男たちは去っていった。ふと快星は光輝が肩を震わしながら笑ったいることに気づいた。
「どうしかした……?」
光輝は息を整えると、顔に満面の笑みを浮かべた。
「俺たちの先生やばいなと思ってさ」
一瞬の静寂が場を支配した次の瞬間、全員が一斉に吹き出した。
「ほんと、それね」
彩葉はお腹を抱えながらくすくすと笑い、真緒も口元に手を当てながら上品に笑っている。
「私たち振り回されてばっかりでしたわ」
しばらくの間、笑い声は絶えず教室に響いていた。その後、笑い疲れてまた教室内が静かになると快星がぽつりと呟いた。
「……全部終わったんだ」
「だな」
快星の言葉に光輝は軽く伸びをしながら返事をした。それに対して由香里は首を横に振る。
「これからよ。私たちにはこの学園を見守っていく責任があるわ」
「そうですわね。中途半端に終わりたくはありませんもの」
これから花高は変わっていくことだろう。それは彼らにとって終わりでもなんでもなく、新たな『課題』の始まりに過ぎなかった。
五人は改めて顔を見合わせる。
「それじゃ、行きましょ」
彼らは進み続ける。歩みを止めることなく、未来を見据えて。



