ここは成績が全ての高見花学園高校。通称、花高だ。全生徒数が四千人越えるマンモス校である。クラスは全て成績順に割り振られ、最も賢いA組には上位三パーセントの者しか入ることが許されない。
カリキュラムも成績に合わせて作られ、主要科目のみならず、副教科にも力を入れている英才教育機関として全国に名前が知れ渡っている。
そんな花高の四月初旬のある日。柔らかな風と日差しが校舎に差し込む中、始業式には必ずと言っていいほどある校長の長い話を聞き終えた三年A組一行は、自分たちがこれから一年間過ごすことになる教室へと向かっていた。
廊下には何やら言い争いの声が響いている。
「相変わらず校長の話は長ぇなぁ」
「ちょっとくらいは有難いと思いながら聞きなさいよ、鷹宮光輝」
「塩沼由香里サンは相変わらずの優等生ぶりだな。あんな話のどこに有り難さを感じればいいんだよ」
「まぁまぁ、二人とも落ち着いてよ。ね、快星からも何か言ってあげて」
「えっ、うん。えっと……」
快星が曖昧な相槌を打つ間にも二人の言い争いは続く。すると、その騒がしさに我慢できなかったのか、一人が鋭い声を発した。
「あなたたちさっきから煩いですわよ! この江崎真緒が通る道をあけなさい!」
真緒のその声にまたもや光輝は反発する。
「家が金持ちだからって調子乗りやがって。誰がお前の言うことなんか聞くかよ」
光輝が吐き捨てるように言うと、真緒はその場に立ち止まり、目を細めた。その瞳に光は一切宿っていない。
「……鷹宮さん、あなた、立場というものを少しは理解したらどうかしら? たかが庶民風情が私の通る道を塞ぐのは、学校の秩序に反する行為ですわよ」
「秩序って、どんだけ自分中心なんだよ。お前みたいなやつがA組にいるなんて、マジで信じられないな」
廊下に一触即発の空気が漂い出したとき、タイミングよくチャイムが鳴った。光輝と真緒はお互いに顔を逸らし、教室への道を小走りで駆けていく。
他の三人も後を追うように走り出した。
教室についた五人はそれぞれ真新しい机と椅子に腰掛けた。室内にはモニターや生徒専用のパソコン、VR設備などの最先端な学習設備が整えられている。
「それにしても五人って少ねぇな」
光輝はポケットから取り出したスマホをいじりながら、言葉を漏らす。
今年三年A組に入れた者はたった五人。あれほどくだらない会話をしていたが、当たり前ながらにいずれも好成績保持者だ。
「それだけ花高のレベルが高いのよ」
由香里は最後列にいる光輝に後ろを振り向き、そう返した。
「ていうより、他のやつらのレベルが低いだけじゃねぇか? ここが弱いよな」
光輝はスマホを持っている手とは違う手で、頭をトントンと叩く。
「ボーダーラインギリギリでA組に入った人が何を言っているのかしら」
そんな光輝を見ようともせず、真緒は綺麗に手入れされた自分の爪を眺めながら挑発的な言葉を放つ。
「喧嘩ならかってやるよ」
「私喧嘩なんて野蛮なことはしませんの。ただ事実を述べているだけですわ」
口数の減らない真緒に腹を立てた光輝が勢いよく立ち上がった。
「はいはい、そこまで。光輝も真緒ちゃんもせっかくまた同じクラスになったんだから仲良くしようよ」
「そ、そうだよ。たった五人だけのクラスメイトなんだから……」
先刻から続く睨み合いを終わらせるため、彩葉と快星が二人の間に割って入ったのと同時に、教室のドアが開かれた。
全員の視線が入口に集まり、騒がしかった教室が静寂で包まれる。そこに立っていたのは、三十路くらいの背丈の高い男だった。
男は教室に足を踏み入れると生徒たちには目もくれず、チョークを右手に持って黒板にでかでかと乱雑に名前を書いた。
「影波……剛……?」
由香里がその名前を読み上げる。すると男は満足そうに頷いた。
「そう、俺の名前は影波剛だ。新しく赴任してきて今日から三年A組を担当することになった。よろしく頼む」
影波が軽い自己紹介を終えると、光輝以外の四人がまばらな拍手を送る。
「君たちはこの学校でいうところのいい子たちだと他の先生方から聞いた。そんな君たちに俺からひとつ、言っておかねばならないことがある」
影波はにっこりと微笑みながら人差し指をピンと立てた。
「俺は成績なんてものはどうでもいいと思っている。もちろん、素行もだ」
わけのわからないことを言い出した影波を、ある者は疑いの目で、またある者は好奇の目で見る。
「それはどういうことですか? ここでは成績が全てです。そんなこと許されるはずがありません」
「いいじゃねぇか、面白そうで」
「鷹宮、話をややこしくしないで」
由香里は静かに立ち上がり、納得出来ないといったような表情で意見するが、光輝は影波の考えが気に入ったようだ。
「戸惑うのも無理はない。だがこれは決定事項だ。ひとまずは話を聞いてくれないか?」
未だに納得がいかない様子の由香里だが、口を噤み素直に腰を下ろした。
「君たちにはある目標を達成してもらいたい。それは自分たちの潜在能力を引き出すこと。そのために俺は課題を用意した。テストの代わりとでも言っておこう」
影波は自分が考案した課題のシステムをペラペラと説明をしていく。五人は完全に置いていきぼり状態だ。
そんな中、快星はおどおどと言葉を放った。
「か、課題……? それっていったいどんな……」
「よくぞ聞いてくれた」
影波は教卓に手をドンと置き、人当たりのいい満面の笑みを浮かべながら勢いよく答えた。
「――君たちにはこれからこの学園のルールを破ってもらう」
カリキュラムも成績に合わせて作られ、主要科目のみならず、副教科にも力を入れている英才教育機関として全国に名前が知れ渡っている。
そんな花高の四月初旬のある日。柔らかな風と日差しが校舎に差し込む中、始業式には必ずと言っていいほどある校長の長い話を聞き終えた三年A組一行は、自分たちがこれから一年間過ごすことになる教室へと向かっていた。
廊下には何やら言い争いの声が響いている。
「相変わらず校長の話は長ぇなぁ」
「ちょっとくらいは有難いと思いながら聞きなさいよ、鷹宮光輝」
「塩沼由香里サンは相変わらずの優等生ぶりだな。あんな話のどこに有り難さを感じればいいんだよ」
「まぁまぁ、二人とも落ち着いてよ。ね、快星からも何か言ってあげて」
「えっ、うん。えっと……」
快星が曖昧な相槌を打つ間にも二人の言い争いは続く。すると、その騒がしさに我慢できなかったのか、一人が鋭い声を発した。
「あなたたちさっきから煩いですわよ! この江崎真緒が通る道をあけなさい!」
真緒のその声にまたもや光輝は反発する。
「家が金持ちだからって調子乗りやがって。誰がお前の言うことなんか聞くかよ」
光輝が吐き捨てるように言うと、真緒はその場に立ち止まり、目を細めた。その瞳に光は一切宿っていない。
「……鷹宮さん、あなた、立場というものを少しは理解したらどうかしら? たかが庶民風情が私の通る道を塞ぐのは、学校の秩序に反する行為ですわよ」
「秩序って、どんだけ自分中心なんだよ。お前みたいなやつがA組にいるなんて、マジで信じられないな」
廊下に一触即発の空気が漂い出したとき、タイミングよくチャイムが鳴った。光輝と真緒はお互いに顔を逸らし、教室への道を小走りで駆けていく。
他の三人も後を追うように走り出した。
教室についた五人はそれぞれ真新しい机と椅子に腰掛けた。室内にはモニターや生徒専用のパソコン、VR設備などの最先端な学習設備が整えられている。
「それにしても五人って少ねぇな」
光輝はポケットから取り出したスマホをいじりながら、言葉を漏らす。
今年三年A組に入れた者はたった五人。あれほどくだらない会話をしていたが、当たり前ながらにいずれも好成績保持者だ。
「それだけ花高のレベルが高いのよ」
由香里は最後列にいる光輝に後ろを振り向き、そう返した。
「ていうより、他のやつらのレベルが低いだけじゃねぇか? ここが弱いよな」
光輝はスマホを持っている手とは違う手で、頭をトントンと叩く。
「ボーダーラインギリギリでA組に入った人が何を言っているのかしら」
そんな光輝を見ようともせず、真緒は綺麗に手入れされた自分の爪を眺めながら挑発的な言葉を放つ。
「喧嘩ならかってやるよ」
「私喧嘩なんて野蛮なことはしませんの。ただ事実を述べているだけですわ」
口数の減らない真緒に腹を立てた光輝が勢いよく立ち上がった。
「はいはい、そこまで。光輝も真緒ちゃんもせっかくまた同じクラスになったんだから仲良くしようよ」
「そ、そうだよ。たった五人だけのクラスメイトなんだから……」
先刻から続く睨み合いを終わらせるため、彩葉と快星が二人の間に割って入ったのと同時に、教室のドアが開かれた。
全員の視線が入口に集まり、騒がしかった教室が静寂で包まれる。そこに立っていたのは、三十路くらいの背丈の高い男だった。
男は教室に足を踏み入れると生徒たちには目もくれず、チョークを右手に持って黒板にでかでかと乱雑に名前を書いた。
「影波……剛……?」
由香里がその名前を読み上げる。すると男は満足そうに頷いた。
「そう、俺の名前は影波剛だ。新しく赴任してきて今日から三年A組を担当することになった。よろしく頼む」
影波が軽い自己紹介を終えると、光輝以外の四人がまばらな拍手を送る。
「君たちはこの学校でいうところのいい子たちだと他の先生方から聞いた。そんな君たちに俺からひとつ、言っておかねばならないことがある」
影波はにっこりと微笑みながら人差し指をピンと立てた。
「俺は成績なんてものはどうでもいいと思っている。もちろん、素行もだ」
わけのわからないことを言い出した影波を、ある者は疑いの目で、またある者は好奇の目で見る。
「それはどういうことですか? ここでは成績が全てです。そんなこと許されるはずがありません」
「いいじゃねぇか、面白そうで」
「鷹宮、話をややこしくしないで」
由香里は静かに立ち上がり、納得出来ないといったような表情で意見するが、光輝は影波の考えが気に入ったようだ。
「戸惑うのも無理はない。だがこれは決定事項だ。ひとまずは話を聞いてくれないか?」
未だに納得がいかない様子の由香里だが、口を噤み素直に腰を下ろした。
「君たちにはある目標を達成してもらいたい。それは自分たちの潜在能力を引き出すこと。そのために俺は課題を用意した。テストの代わりとでも言っておこう」
影波は自分が考案した課題のシステムをペラペラと説明をしていく。五人は完全に置いていきぼり状態だ。
そんな中、快星はおどおどと言葉を放った。
「か、課題……? それっていったいどんな……」
「よくぞ聞いてくれた」
影波は教卓に手をドンと置き、人当たりのいい満面の笑みを浮かべながら勢いよく答えた。
「――君たちにはこれからこの学園のルールを破ってもらう」



