花を先頭に、十人は狭い階段を上っていく。
 階段はすべて石造りで、日光も届かず冷え切っている。
 唯一の光源は、天井に着いた豆電球の灯りのみ。
 ぎりぎり足元が見える程度の明るさは、大介の落ち込み具合を可視化するようにほの暗い。
 
「あれは、しょうがないって」
 
「うん……」
 
「次! 次のゲーム、頼りにしてるから! よ! 東大生!」
 
「うん……」
 
 上機嫌で歩く花の後ろでは、他の八人が大介を慰めていた。
 
 ファーストゲームクリアの功労者は、間違いなく花である。
 しかし、花の行動に対する八人の評価は偶然であり、次のゲームでの再現性を感じられていなかった。
 故に、八人の希望は依然として大介に託されていた。
 
「あ、扉!」
 
 階段の行き止まりにたどり着いた花は、最奥部の扉を指差す。
 九人が花の言葉を受けて前を向いた時には、花は扉を開け終えていた。
 狭い階段の中に、外気が流れ込んでくる。
 
 扉の先は、月光によって明々と照らされており、バルコニーと呼ぶにはあまりにも広い空間が広がっていた。
 四方のうち、一方は花たちが開いた扉と壁。
 残り三方は、壁も柵も無い崖。
 そして、壁との対辺に位置する崖には、ボロボロのつり橋がかかっていた。
 風が吹く度に吊り橋は揺れ、ギシギシと今にも壊れそうな音を出している。
 
「な、なんだこれは!?」
 
 中年の男は吊り橋の前に駆け寄り、唖然と吊り橋とその下を見つめる。
 
 吊り橋は、全体的に年季を感じさせるものだった。
 吊り橋を吊るロープは古く、ところどころが切れそうなほど細くなっている。
 吊り橋の足場は、ボロボロの木の板だらけで、ところどころ黒ずんでいたり穴が開いたりしている。
 安全面など、何一つ考慮されていなかった。
 
 さらに恐ろしいのが、吊り橋の吊られた位置である。
 地上がまるでミニスタジオのように小さく見えるほど、吊り橋は高い位置にあった。
 崖の下を覗き込んだ中年の男は、手入れされていない木や草の生えた地上の小ささを見て、恐怖で息をのむ。
 
『ようこそ、セカンドゲームへ』
 
 吊り橋の向こう側には古いビルが建っており、古いビルの外壁に備え付けられた巨大ディスプレイの電源が入る。
 ディスプレイに映るのは当然、四季だ。
 
 仮面をつけた四季の表情を読み取ることはできないが、四季の声から四季の気持ちを察することはできた。
 
『まさか、ファーストゲームがあんな方法でクリアされるとはな……。だが、次はこファーストステージのようにいかない! いかせてなるものか!』
 
 即ち、悔しさである。
 
(ああ、うん。そうなるよね)
 
 四季の様子に、花以外の九人の心の声が一致した。
 が、四季がデスゲームの元凶であることを加味しても、九人は四季への同情を止められなかった。
 
 ひとしきりの感情を吐いた後、四季は当初のテンションを取り戻し、声高々に宣言する。
 
『さあ、セカンドゲームを始めよう! ゲーム内容は見ての通り、単なる橋渡りだ』
 
 突風が、吊り橋を揺らす。
 予想通りのルールに、九人の緊張感が高まる。
 
 吊り橋など、山奥の観光地に行けばいくらでもある。
 橋を渡るという行為は、決して難しくはない。
 だがそれは、吊り橋が崩れないという安全面の前提があればの話である。
 目の前の吊り橋は、その前提を否定している。
 
『この吊り橋は、地上からの高さが約三十メートル。丁度、ビルの十階と同じ高さだ。落ちれば、当然ただでは済まない』
 
 四季の言葉を確認するため、さらに数人が崖の下を覗き込む。
 
「ひっ!?」
 
 その高さに、参加者の一人が声を上げる。
 四季が具体的な数字を出して説明した直後ということもあり、高さへの具体的なイメージが具体的な恐怖と言う形で参加者に牙をむいた。
 
「こ、こんなの無理だ!」
 
「落ちたら死んでしまう!」
 
「つーか、なんだよこのボロボロの橋はよお!」
 
『ちなみに、今回のセカンドゲームには、ファーストゲームのように制限時間はない! 君たちの準備が整うまで、いつまででも待とうじゃないか』
 
 十人の後方で、先程通って来た階段に繋がる扉が閉まった。
 そして、電子音と共に、扉の施錠音が響く。
 
「……まさか」
 
 大介が急いで戻り、扉を開こうとするも、扉は鍵がかかって動かなかった。
 それは、ファーストゲームの会場へ戻ることはできないことを意味する。
 
「そういうことか」
 
『ははははは! ゲームスタートだ! 恐怖しろ! 必死にもがけ!』
 
 四季の説明から、大介はこのセカンドゲームの最悪の結末を想像した。
 即ち、吊り橋からの転落死の裏に潜む、もう一つのゲームオーバー。
 即ち、餓死である。
 制限時間がないということは、ゲームの終わりは渡り切るか死ぬかしかない。
 そして、ゲームの制限時間がなかったとしても、目の前の吊り橋が風に煽られて続けて損傷し、崩れ落ちない保証もない。
 万が一、スタート地点に立ったまま吊り橋が落ちてしまった場合、ゲームを終わらせるには自らの意思で崖から飛び降りるか、スタート地点で餓死するかの二択を迫られることになる。
 
「ちくしょお!」
 
「大介さん?」
 
「…………」
 
 声を荒げる大介に、花以外の八人の視線が集まる。
 八人の視線を受けて、大介は考える。
 先程気づいた事実を、伝えるべきか否か。
 
 伝えれば、吊り橋が落ちる恐怖から、混乱は必須。
 最悪の場合、複数人が吊り橋に乗り、その重量によって吊り橋が落ちるだろう。
 伝えなければ、大介が作戦を提案するまでひと時の静けさが約束される。
 しかし、もしも大介が作戦を提案する前に吊り橋が落ちる可能性に気づき、大介がその可能性を隠していたという妄想が創り上げられたら、大介は今の立場を失う。
 大介と言う命綱を、失うのだ。
 
「少し、時間をくれ。考える」
 
 大介は、それでも伝えないことを選んだ。
 もしも大介が隠していたと疑われても、大介には話術によって誤解を解く覚悟があった。
 大介は、限りある情報をかき集め、思考を巡らせる。
 集中のあまり狭まっていく視界に、偶然にも花が入る。
 
「え?」
 
 大介の苦悩をよそに、花は吊り橋を見て、満面の笑みを浮かべていた。
 
(こ、これってもしかして……吊り橋効果!? 私に吊り橋を渡らせて、私に恋のドキドキを与えようとしてるの!? なんて回りくどいことするの! これが、奥手男子ってやつ!? やだ可愛い!)
 
 花にとって、告白をされることは日常茶飯事。
 直接的なアプローチは慣れっこで、花の心を動かすに至らない。
 が、言葉ではなく吊り橋効果で花の心を動かそうとする、いわば間接的なアプローチは、花にとって初めての体験。
 四季の容姿も相まって、見事に花の心を動かした。
 なお、四季が花にアプローチを試みた事実はなく、当然に花の誤解である。
 
「もう! ここまでされちゃあ、私も乗るしかないじゃない!」
 
「え?」
 
「花、行っきまーす!」
 
 悩む大介の横を走り、花は躊躇いなく吊り橋に一歩を踏み出した。
 吊り橋の古さなどお構いなしに、花は吊り橋を走ってわたる。
 
「ええええええええええ!?」
 
 繰り返される花の暴走に、花以外の九人が口を開けて驚く。
 
『ええええええええええ!?』
 
 否、もう一人。
 四季もまた、ディスプレイの中で口を開けて驚いていた。
 
 足場の板に次々とヒビが入る。
 走る勢いで、吊り橋はブランコのように大きく揺れる。
 
 大介は急いで吊り橋の近くまで走り、少しでも揺れによる損傷を抑えようと吊り糸に手を伸ばす。
 
「ん?」
 
 が、大介が気になったのは、吊り糸でなく吊り橋のヒビだった。
 吊り橋が大きく揺れる度、ヒビの位置が僅かにずれていたのだ。
 
「これは、どういうことだ?」
 
 大介は、ヒビを凝視すると、ヒビの位置に月光とは違う光が照らされていることに気づいた。
 大介は光を追うように、視線を上へと上げる。
 
「あ、これ、プロジェクションマッピングだ」
 
「プロジェクションマッピング?」
 
「簡単に言うと、吊り橋の床に映像を映し出して、ヒビだらけ腐敗だらけの橋に見せかけてたってこと」
 
 花が吊り橋を渡り切り、吊り橋の揺れが止まる。
 大介は、止まった吊り橋のヒビを手で触れ、ヒビによる凹凸がないことを確認する。
 
「これ、見た目より頑丈にできてる。多分、一人ずつなら渡っても壊れないくらいには。というか、彼女が走って渡れてるから、多少なら走っても大丈夫な強度にしてるのかな?」
 
「それだと、デスゲームにならなくないですか?」
 
「見たところ、ところどころ床の部分に変なでっぱりやへこみがある。多分、それを踏むと落ちる仕掛けなんだと思う」
 
「さ、さすが東大!」
 
「まずは、ぼくが歩いて本当に安心か確かめるよ。ぼくが歩かなかったところを避けてくれれば、多分全員渡れると思う」
 
 大介は、おそるおそると一歩を踏み出す。
 大介自身、もしも自分の出した結論が間違っていた場合、落下して死んでしまうという恐怖をぬぐい切れてはいない。
 一方で、自分が怯えると後続を怯えさせてしまう責任感、そして吊り橋を乱暴に走った花が渡り切ることに成功した事実、二つの要素が体の震えを止めさせた。
 
 八人が見守る中、大介は何度か立ち止まりながらも、吊り橋を渡り切った。
 
「大丈夫だ! 一人ずつ渡ってくれ! ゆっくり焦らずに渡れば、必ず全員渡り切れる!」
 
 吊り橋の先から手を大きく振って叫ぶ大介を見て、八人は安心を取り戻す。
 誰が最初に渡るか争うこともなく、一人ずつ慎重に渡っていく。
 
 一方の花はと言うと。
 
「ねー! 早くこの扉開けてよー! じらしすぎー!」
 
 次のゲーム会場に繋がる扉を叩いていた。