麗しの君に。~大正イノセント・ストーリー~

生まれて初めてつけた真珠の首飾りは、月子の首元を締め付けるかの様だった。

そんな、ひねた思いを抱いてしまうほど、月子が今座している場所には、いたたまれない空気が流れている。

ここに通されてから、吉田と清子が確かに月子を助けてくれていた。

しかし、伝わってくる陰湿な視線からは、誰も守ってはくれなかった。いや、月子を守りきれない、それほどの迫力があった。

晩餐会、つまり人を招いての夕餉の場は、きらめくシャンデリアに照らされた夢見心地に落ちるはずの部屋で開かれている。

こじんまりと生けた花と燭台が寘かれてある長テーブルは、どこか、どんよりとしていた。

並んでいるのは、それらだけではなく、個別の皿に、ナイフとフォークが何種類も置かれてあったが、その支度を目前にしながら、月子は俯き、椅子に腰かけている。

慣れない洋装用の下着とドレスが不快だった。

椅子に座るということすら、落ち着かないのに、身につけているものは、月子には初めての物というよりも、芳子からの借り物で、しかも、寸法が合っていない物を、無理やり誤魔化し縫いとめ体に合わせている、いや、月子の体を押し込んでいる状態なのだ。

とはいえ、さすが芳子のものだけはあった。

上質の絹製なのだろう。肌触りはとても良い。

などと、本来は落ち着けるはずであるのに、襟ぐりが大きく開いている意匠が、月子には受け入れがたく、沢山のひだが取り付けられ、ところどころにレースが縫い止められている豪華さも、落ち着かない原因だった。

その真紅のドレスに合わせてというべきか、月子に合わせてというべきか、胸元がさみしくないように、二連の真珠の首飾り、そして、高々と結い上げた髪も、真珠の髪飾りが付けられており、シャンデリアの光を受けている。

「京介は何をしているのだ?あいつも居るのだろう?」

こんな娘だけをよこしてと、言わんばかりに、はす向かいに座る、白髪の老人が口を開いた。

男爵夫婦に挟まれる様に座り、吉田を顎で使うこの老人こそが、御前様と呼ばれている招かれざる客だと月子にもすぐに分かった。

確かに岩崎は現れていない。

月子の隣が空席ということも、不安を煽るものだった。

「失礼!遅くなりました!」

各々の苛立ちと不安が頂点に達すると思えたその時、岩崎の大声と共にドアが開かれる。

岩崎を招き入れた吉田がぎょっとする。側で、給仕の手伝いに控えている清子も目を見開いた。

「食事を進められてもよかったのに。とにかく、お待たせして申し訳ありませんでした。色々と手間取ったもので……」

男爵夫妻も唖然として固まっていた。

もちろん、月子も……。

「馬鹿者!皆が揃ってから食事をするのが、西洋の決まり事だろうがっ!」

「それを言うなら、大おじ様、食事の席で怒鳴るのは、いかがなものでしょう?完全なるマナー違反ですが?」

「なっ?!だまらっしゃいっ!京介!遅れて来た分際で、何を言うかっ!」

老人──、男爵家の縁者である大おじは、岩崎以上に大声をだした。

成り行きを見ているのか、男爵夫妻は、おろおろしつつも、何故か岩崎の顔を凝視している。

「……まあ、確かに遅れたこちらに非はあります……。しかし、やはり大声はいただけませんね」

「な、なにを!ワシのどこが大声なのだっ!」

御前は、岩崎に食ってかかるが、その声は大きい。

芳子は、わからぬように、そっと耳をふさいでいる。すぐ隣でまともに大声を聞かされては、たまらないということだろう。

そして、先程から大おじ以外の面子は、岩崎を凝視し続けていた。

「そ、その、なんだ。皆、揃った訳だから、吉田……」

男爵が、言い含みながら配膳を始めるように指示を出しつつも……、

「き、京介、い、いったい……」

驚きを隠すことなく、岩崎へ問うた。

「ああ、髭ですか?」

岩崎は迷うことなく口元へ手を当て、事の次第を説明しようとするが、大きな声が邪魔をする。

「吉田!何をぼっとしておるのだ!早く、ワインを注がぬかっ!」

「大おじ様。お静かに。西洋では、と気にされる割には、あちらのことを御存じないようで。向こうでは、そもそも、大声をだしませんよ。そして、その様に命令もしません」

「京介!お前はいつもそうやって!お前こそ、声が大きいではないか!しかも、体まで大きいっ!!」

「お言葉ですが、私は、大おじ様のように叫んではおりませんし、体が大きいのは、さて、私の責任ではありませんしねぇ。気が付けは大きくなってしまっていたので」

あれこれ言い返す岩崎の態度に、大おじは、完全に機嫌を損ねているが男爵は、答えを聞いてないと身を乗り出す勢いで、岩崎を見ている。

「あっ、まあ、そうですね。口髭があると、食事の時に汚してしまうので。月子に恥を晒すのもどうかと思って……」

なあ、そうだろ?と、月子は、隣に座る岩崎に同意を求められるが、月子も、皆と同じく驚きから声がでない。

それもそのはず。どうしたことか、口元からは髭が消え、十は若返ったかのように見える面持ちの岩崎が座っているのだから……。