麗しの君に。~大正イノセント・ストーリー~

亀屋を出た岩崎は、月子が着いて来ているか確認の為なのだろう。度々振り返りながら、我が家へと向かっている。

もちろん、手には、小銭の入ったザルを持って……。

「……しかし、これを……さて、どうすれば」

子供の小遣いにも満たない額を、火事で焼け出された見舞金として渡すには、逆に失礼になるのではなかろうかと、岩崎なりに色々考えているようで、すっかり困り果てている。

「……君、やはり、これは、ないだろう?」

岩崎は、いきなり立ち止まると、振り返り、一銭銅貨がジャラジャラと入ったザルを月子へ差し出した。

が、前を行く岩崎に、いきなり立ち止まられ振り返られた月子は、突然のことに、足ももつれてしまい、岩崎にぶつかってしまった。

その拍子に、月子の体はぐらりと揺れ、そのまま、地面に転がりこんでしまう。

踏ん張ろうと思ったが、やはり、まだ、挫いたら足に力が入らず、気がつけば、月子は、地面に尻もちをついていた。

「あっ!!す、すまないっ!!大丈夫かっ!!」

地べたに転んでいる月子の姿に動揺した岩崎が、月子を引き起こそうと慌てて手を差しのべる。しかし、その瞬間、手に持っていたザルを手放してしまった。

ザルは、岩崎の手を離れ、小銭を辺りにばらまきながら、宙を舞うと、これまたうまい具合に、ストンと月子の頭の上に被さり落ちる。

ザルを被った月子と、やらかしてしまった岩崎の間に、当然、なんとも言いがたい間ができた。

「あ、あ、あっ!!こ、小銭がっ、落ちてしまった!」

混乱しきった岩崎は、しゃがみこみ、小銭を拾い始めた。

そんな、おかしな二人の姿を、大通りに向かう、出勤や通学途中の人々がチラチラと見ていく。

「い、いや、こ、これは!」

誰に聞かれてもないのに、岩崎は、大きな声で言い訳し始めた。

そこへ。

「これはって、これはって!?」

聞き覚えのある声高な声が響いてくる。かなりご立腹具合の声の主は、転んでいる月子へ駆け寄った。

「京介さん!!!なんですのっ!月子さんを、見世物にして小銭稼ぎだなんてっ!!!京一さんっ!!あなたからも、なんとか言って!!!」

芳子のキンキン声が、辺り一面にき渡った。

「あ、義姉上《あねうえ》?!」

「義姉上じゃないですよ!!」

可哀想に、可哀想にと言いながら、芳子は、月子を抱き締めている。

「……うん、京介。お前、何をしているんだ?どうして、月子さんが、ザルを被っている?そして、何故、寝巻き姿なんだ?」

男爵は、訝しげに岩崎へ問うた。

「あ、兄上こそ、こんな朝早くから!!!」

いきなり現れた男爵夫婦に、岩崎は、更に動揺した。

「ああ!月子さん、あなた、ザルを持って踊らされてたのね?そして、駄賃稼ぎさせられて!!!京介さん!まるで、猿まわしじゃないのっ!!!ひどすぎるわよっ!!」

岩崎に弁解の余地は与えられず、と、いうよりも、相変わらずの芳子の勘違いに、岩崎と月子は、どう答えれば良いのかと、唖然とした。

「まあ、芳子は、芳子として。私達は、月子さんの着替えを持って来たのだよ」

男爵が、抱えていた風呂敷包みを差し出した。

着物を新調する間、ひとまず、芳子のお下がりで、寸法直しをすると執事の吉田が言っていた事を月子も思い出す。

「あ、あ、そ、それは、すみません」

岩崎は、口ごもりながら、男爵へ礼を述べると、ご近所からの見舞金が来た、急な話で動揺してしまったと、子細を説明した。

すると……。

芳子が、顔を強ばらす。

「……そ、それは。だ、だめだわ。男爵家の人間ですもの。こんな時こそ、しっかりしなくては、皆の手本にならなければならないのよ!」

芳子は、自分へ言い聞かせながら、すくっと立ち上がる。

「岩崎京介、万歳!!お国の為に、立派にお働きください!ご武運をお祈り致します!!」

と、声を張り上げ、万歳三唱を始めた。

万歳、万歳、と、叫び続ける芳子の姿に、京介は、男爵を見る。

「……京介……、赤紙が来たのか?」

「はっ?!」

真顔で迫ってくる男爵、万歳三唱をひたすら続ける芳子に、岩崎も、月子を、意味がわからず、開いた口が塞がらないでいる。

この騒ぎに、通行人も、足を止め始めた。

「皆様、私達の弟が、シベリア派兵に招集されました。どうか、皆様も、弟の活躍を祈ってくださいませ!」

芳子の一声で、集まって来ていた人々は、おおっと、驚きの声をあげ、芳子の音頭で、万歳三唱が始まった。

「そうゆうことだったのか。よし、月子さん、私も、協力するよ!」

男爵は、胸ポケットから財布を取り出すと、紙幣を取り出し、月子が被っているザルを手に取って、紙幣を入れた。

その様子を見た他の者達も、お国の為に頑張れとか、ご苦労様ですとか、なんやかや、岩崎へ一言かけ、次々、ザルの中へ紙幣を入れ始める。

そして、とどめの如く、芳子の音頭で、集まって来ている全員が、京介へ、万歳三唱を行ったのだった。