麗しの君に。~大正イノセント・ストーリー~

おろおろしながら、岩崎は、持っている、ザルを、皆へ差し出して見せた。

「京さん、一体、なんだい?!」

寅吉が、すっとんきょうな声をあげている。

ザルには、小銭が入っていた。

「……近所のおかみさん達が、持ってきたのだ」

なんでも、昨夜の火事が、月子の実家ということで、皆のカンパ、つまり、見舞金を急遽集めたらしい。

ぱっと見た目、たいした額ではないとわかるが、これは、あくまでも、気持ちの問題であり、どう処理すれば良いのか。無理矢理手渡されて困ってしまったのだと、岩崎は、一人おろおろしている。

けっと、二代目が、腹立ち紛れに、息巻きながらそっぽを向いた。

たちまち、お龍が、二代目の頭をパーンと叩き、笑顔を振りまきつつ、

「そうだよぉ、京さん。皆の善意を無駄にしちゃーだめだよ!」

と、岩崎へ言う。

「だ、だな、そうだな、おかみ!」

「やだねぇ、月子ちゃんの実家の事だろ?あたしじゃなくて、月子ちゃんだろ?」

お龍に言われ、岩崎は、瞬間考え込んだが、そうだ、うん、と、大きく頷くと、月子を見た。

「……月子、ど、どうすれば……」

「え?!」

突然、ザルに入った小銭を見せられても、月子は、どう答えれば良いのか皆目、見当がつかなかった。

岩崎同様、おろおろするばかりで、次の言葉を発する事が出来ない。

「まあ、月子ちゃんの、実家の災難だからねぇ、ここは、京さんが、しっかりしなきゃ。その見舞金も、届けた方がいいんじゃないのかい?」

そこんとは、ゆっくり、二人で話せば……と、お龍は言いながら、月子へ、にこりと笑った。

気に入らないのが、二代目で、

「ちよっ!なんで、二人でなんだよっ!」

怒鳴り声をあげつつも、岩崎とは、顔を合わせようともしない。

「あれまあまあ、ちょいと、あんた、二代目をだまらせな」

「おっ?!なんだか、わかんねぇけど、ちいと温めのをもってくるわ」

酒でも飲ませておけば良いだろうと、寅吉は、奥の調理場へ入って行った。

「まあ、ここで、話してもなんだしねぇ」

空々しい、つくり笑いで、お龍は、岩崎へ言いつつ、月子に向かって、目配せする。

「……確かに、この小銭をなんとかしなければ、なのだ。内輪のこと……、ここで、話すのも、言われてみれば、何かおかしい。うん、月子、帰るぞ」

言うと、岩崎は、踵を返して、亀屋のガラス戸を開けた。

ガラガラと戸が開く音と共に、月子の名前が呼ばれる。

さあ、と、お龍に言われて、月子は、さっと立ち上がると、岩崎の後を追った。

ふふふと、お龍が笑う側から、二代目が、ぶつくさ、気に入らないと文句を言っている。

そんな、二代目の前に、徳利をとんと、寅吉が置いた。

「おお、二代目、お代はいいからよっ」

「寅さん!うるせえよ!京さんとこに、吹っ掛けて、つけておけっ!」

二代目は、不機嫌全開だった。

そして、戸口の外からは、足はどうだ、歩けるか、ぶつけた頭は、痛くないかと、岩崎の労い声が聞こえてくる。

「……なんだかんだ、いい感じじゃないかい?」

「おかみさん!そうじゃなくって!!京さん、昔の女を!!」

「だからこそ、月子ちゃん、なんだろ?そもそも、出会って一日そこそこで、あれだけ喋ってりゃ、昔の女の名前で呼んでしまったって、仕方ないじゃないかい?というより、そんだけ、京さんは、月子ちゃんに惚れてるってことじゃないのかねぇ。昔、惚れてた女と、重ねちまうぐらい、良い感じ、と、あたしらは、そう思ってやんないと……」

「……重ねてるから……だめなんだろ……」

二代目は、徳利から、お猪口へ酒を注ぎながら、悔しそうに呟いた。

「やれやれ、あんた、それ、世話の焼きすぎだと、あたしゃー思うけどさぁ」

お龍は言うと、二代目からお猪口を奪って、ぐびりと酒を流し込む。

「あーー!お、俺の!!」

「細かいこと言わない、言わない。二人は、うまく行くってことで、前祝いだよ!」

「よく言うぜ」

チッと舌打ちしながら、二代目は、拗ねた。

そんな、やり取りの横で、寅吉が、あっと声をあげた。

「おい!お咲どうすんだぁ?!」

確かに。

お咲は、一人で、オムレツをモグモグ頬張っていた。