「絶対に誰にも言わないでね……言ったら、分かるよね?」

 高校二年生になって、女子高生として普通に学校生活を送っていた私の喉元には、平和だった日常にそぐわない、黒くて固くて冷たい拳銃が突き付けられていた――



「おぉ、和泉(いずみ)。良いところに来た。転校生だ。世話してやってくれ」

 文化祭が近づく11月。準備のために早く登校していた私は立ち寄った職員室で、緩い性格で面倒くさがりなところがある担任に転校生の世話を押し付けられた。担任の隣に立つスラっとしたスタイルと明らかに日本人離れしたほりの深い、鼻筋の通った顔立ちの転校生の男の子は、おそらく両親のどちらかは外国の方なのかと推測された。

「コルレオ・琉珂(るか)です。よろしく」

 私より随分高い場所から声がした。それでも威圧感がなかったのは、その穏やかな声とにこやかな笑顔のおかげだと思う。私もつられるように笑顔で名乗った。

「和泉 伊緒(いお)です。よろしくね」

 世話をしてやれと言われたところで、出来ることと言えば同じクラスのこの転校生を無事教室まで連れて行くくらい。でもせっかく朝早く来たところだし、学校案内も兼ねて少し校内を散歩することにした。文化祭の準備もあったけれど、まぁ放課後に挽回できるでしょう。

「えーと、コルレオくん?だっけ。名前、マフィアみたいでかっこいいね」
「え?」

 職員室を出て私の第一声を聞いて、先ほどまで笑顔を浮かべていた彼の顔から一瞬で血の気が引いていた。父親が好きなマフィアの映画のトップであるボスの名前と同じだったからつい言ってしまったけれど、もしかしてそれでからかわれたこととかあったのかもしれないのかと思って慌てて謝った。

「あ、ごめん。嫌だった?……ってちょっと、どうしたの⁉」

 謝りながらコルレオくんの様子を窺おうとしたらコルレオくんに腕を掴まれて人気のない場所まで引っ張られてしまった。そして後ろから抱き抱えられたと思ったら、私の喉元には何かが突き付けられていた。

「どうして分かった?」

 彼の表情は見えない。でも代わりに冷たい声が聞こえて、何か良からぬ雰囲気であることは分かった。カチ、と小さな音が聞こえて自分の喉元に何か黒い筒のようなものが押し付けられていることに気付いたけれど、その正体は分からなかった。

「え、何、どうしたの?」
「……どうして俺がマフィアだって分かったんだ?」
「えぇ⁉」
「ばっ!バカやろう、声が大きい!」
「ごめん。だって急にびっくりするようなこと言うから。ていうかさ、腕痛いよ。一旦離れてもらえない?」
「拳銃突き付けられてよく落ち着いていられるね。状況分かってる?」
「え?」

 喉元に突き付けられたものの正体を知って私の体に戦慄が走る……と思ったら、不思議と冷静な自分がそこにいた。だって、さっきから彼の声が震えているような気がしていた。しかも私を掴む手もじんわりと汗で湿っていて、拳銃を持っている手も震えているのか、さっきから私の喉元に小刻みにぶつかっている。もしかして――

「この拳銃、偽物?」
「な!なんで分かった⁉」

 焦ったように上擦る声がした。認めるのが早すぎるし素直すぎるでしょ。もしかして、この自称マフィアの転校生、相当ポンコツなのでは?

「やっぱり。というかマフィアがなんで学校にいるの?しかも日本の」
「話を逸らすな!な、なぜ俺の正体が分かった⁉拳銃のことまで!君の正体はなんだ!一体どこのファミリーだ⁉」

 すっかり動揺して私以上に声が大きくなっているコルレオくんはマフィアというには全く恐さを感じさせなかった。強いて言うなら変わり者過ぎて恐いかもしれない。

「正体って言われても……ただの女子高生だよ。一応この学校の生徒会長」
「生徒会長?つまり……ここのファミリーのボスってことか?」
「いやファミリーって何。学校だって言ってるでしょ。あとボスじゃないから。ていうかそろそろ離れてくれない?」
「離すわけにはいかない。絶対に誰にも言わないでよ?言ったら……分かるよね?」
「脅迫?でもそれ偽物なんでしょう?モデルガン?とりあえず学校に必要のないおもちゃは没収です」

 防犯の為に合気道を習っていた私はするりと彼の腕を抜けると、手首をひねり拳銃を取り上げた。痛がるからすぐに手を放してあげたら、苦痛に歪む顔から途端に尊敬の眼差しをこちらに向けてくる。表情がころころと変わって忙しい子だと思った。

「なんて身のこなしだ!やはり君はここのボスなのか⁉」
「んー?よくわかんないけど、もう面倒くさいからそれでいいや」
「お世話になります!ボス!」
「ボスって呼ぶのはやめて」
「もしかして俺と同じで正体隠してるんですね!わかりました!」
「敬語もやめて」
「はい!ボス!」

 どうしよう、話が通じない。私は頭を抱えて大きくため息をついた。なんだこの転校生は。

「ボス?どうしました?具合悪いのですか?」

 出会ってからずっと様子のおかしい男の子だけれど、本当に私の具合が悪くなった思っているかのように不安そうな様子でいるのを見てしまったら、少なくとも悪い子には思えなかった。そして近づいてきた純粋な目と整った端正な顔に少しだけ胸がときめいてしまったのは、きっとさっきまでのおかしな言動とのギャップのせいだと思った。