冷淡な玄武様はオッドアイの神子の愛に溺れる

湯舟には翡翠の姿があった。翡翠は眼鏡を外し胸元まである髪を纏め、湯帷子《ゆかたびら》を着用していた。

入浴時もピシッとしてるなんて翡翠様らしいなと関心しつつ、色気にポーッと見惚れていると翡翠は香夜の方を振り向く。

『……なにか?』
「いえ!うう美しい体ですねって見惚れてました!すすみませんっっ!!」
『…ありがとうございます』
声を掛けられ慌てて体を隠す香夜。
慌てる香夜とは違い相変わらず冷静な翡翠。

「私が入っているのご存知でしたか?」
『ええ、脱衣場に服がありましたね。それが何か問題でも?』

(問題大アリですってば〜!翡翠様は男性で私は女で混浴になってますって!!………そうか、神様だから人間と感覚が違うんだ。とはいえ…あぅぅ〜…)

どうにか脱衣場まで走り去りたいが全裸を晒すことになる。好きな人の前でそんな恥ずかしいことできないと一人百面相をしている香夜に翡翠は「一体何をしているんだ」と言わんばかりの表情で見ている。

(そうだ、私には瞬間移動があった。神通力を使えば!!)
「気合いだ!気合いだ!気合いだ!」
神通力の使い方はわからない。なにせ初めて使った時は無意識だったから。
とりあえず気合いを入れるために大声で叫ぶ。
翡翠が妙なモノを見る目をしていた気がするが見なかったことにする。

何度か叫ぶとコツンと腕に何かあたり、見てみると木製の風呂桶と桶の中には翡翠と同じ湯帷子が入っていた。
翡翠に目を向けると翡翠は目を瞑っている。
神パワーなのか、いつの間にか用意していた湯帷子。
香夜の様子を察したのだろうか。
早速着させてもらう。

「お気遣いありがとうございます」
『いいえ』
「………」
なかなか話が続かず困ってしまったが、翡翠と話せる機会があるなら逃したくないと思っていた。
昨日、買い物をした時に話し掛けるも翡翠は素っ気ない。水無月には優しいので水無月がフォローすれば少しだけ話してくれた。
水無月には感謝しつつも頼ってばかりではなく自分に心を開いてほしいと思った。

「私、迷惑ばっかり掛けて役立たずですみません」
『自覚はあるのですね、感心しました』
「ゔっ…!!」
自分で言っておきながら耳が痛い。
それにしても翡翠と話すと緊張してしまう。
翡翠はタメ口でいいと言ったがビシッ!シャキ!な雰囲気にタメ口はキツイので結局、敬語を使うことにした。


「普段はどんな風に過ごされているのですか?神様にも休日はあるんですか」
『仕事をしています。…言っておきますが貴女には手伝えるような仕事ではありませんよ』
「う……」
一瞬手伝いたいと考えていたのだがさすがにこれは仕方ないと諦める。


『香夜の処遇は神がお決めになること。私に媚びたところで変わりませんよ。貴女は自分自身のこれからを心配しなさい』
「たしかに今後のことは心配ですけど、翡翠様のこと知りたいんです」
『無意味ですね。私の弱点でも探るおつもりで?』
「違います!好きな人のこと知りたいって思うのは当然です。翡翠様は恋愛は不要とおっしゃってますが、何か過去にあったのですか?」

香夜がちょっと引っかかっていた事。
水無月によると翡翠は好奇心旺盛らしいのだが興味ないならまだしも"不要”と断言するほどなのだから何かあるはずと。
神と人間は感覚が違うとか本当にただ興味ない場合もある。
『何もありません。香夜が私を好いているのは自由ですが叶わぬ想いを抱くなど虚しくないんですか…』

「虚しいですか…たしかにそういう気持ちになりますが私は翡翠様を好きですし好きな人を想うだけで幸せになれます」

突然香夜に酷い仕打ちされ子供ながら泣いて縋って耐えてきた。いつか元の家族になれるようにと願うも叶わなかった。居場所のない香夜は翡翠に縋ってしまったが翡翠に恋心を抱くようになってからは、冷たい態度をとられても不思議と嫌な気分にならないのは恋のパワーだと思っている。


『幸せ…?』
「はい!今は口先だけですけど幸せを分かち合える仲になれるように頑張りますから私を見ていてください!」
『………』

「の、のぼせそうなのでお先に失礼します!翡翠様はごゆっくり〜!」
否定も肯定もされなかったのをポジティブに受け取ることにし緊張から体がクラクラしてきたので残念ながら話しを切り上げた。


『ふぅ…』
香夜が急ぎ足で風呂場から出ていくと小さなため息がこぼれる翡翠。
両手でお湯を掬う。

『人間には永遠なんてないのです。たとえ私が永遠の命を与えたとしても感情は永遠ではない…だから私の前から消えていく……香夜の私への想いも一時的なもの。私は神の眷属というただの道具でいい……』

両手で掬ったお湯は少しずつこぼれていき、翡翠の手には何も残らない。