「おっ、きたきた」

 十二月二十四日、木曜の二十五時。寝る支度をすっかり終えて、ベッドで布団を被りながら、スマホをタップしつつイヤホンをつける。水色のアイコンをタップすると、ラジオのアプリが立ち上がった。

 AMのタブからいつもの局を選ぶと、ばっちりのタイミングで時報が鳴った。

 ――ポッ ポッ ポッ ポーン。

 金管と木管のインストゥルメンタルが響く。そして、聞き慣れたタイトルコールが始まった。

『今日も一日お疲れ様でした。阿取(あとり)圭司(けいじ)の、アットマーク放送室!』

 事故に遭い、サッカーもできない退屈な日々の中で、僕、浅桜(あさくら)優成(ゆうせい)が見つけた趣味がこのラジオ番組の視聴だった。去年から聴き始めて、高校二年の今年はすっかりヘビーリスナーになっている。

『いやあ、クリスマスイブですよ! 僕が学生のとき、どんなクリスマスだったかなあ……多分ね、大学四年のときはバイトしてましたね! チキンの工場で、日本中を笑顔にするためにコンベアに乗ったチキンをチェックしてました!』

 すかさず構成作家の与一(よいち)さんの笑い声が聞こえる。アットさんも絶好調だ。

『さて、今日はクリスマス特集ということで、リスナーの方からもクリスマスをテーマにお便りを頂いております。まずは、ガチョウの湖さんからですね』
「わっ、まただ!」

 僕とそう年が変わらないはずの高校生リスナー、ガチョウの湖さん。いつも面白いお便りで笑わせてもらっている。

『いつもありがとうございます。
【アットさん、こんばんは。クリスマスと言えば、昔クラスの男子に『大した用じゃないんだけど、クリスマスに予定ある?』って話しかけられたんです。私その人のこと意識したこともなかったからびっくりしちゃって。でも、断るのもな、と思って『空いてるけど……どこか行くの?』って訊き返してみたら『午後から彼女とデートだから、午前中にプレゼント一緒に選んでくんね?』って言われて。えっ、私買い物要員なんかい、って感じでした!】』

「買い物要員なんかい!」

 オチがあまりにも斜め上すぎて、思わずツッコミを復唱してしまった。相変わらず、エピソードとそのまとめ方が上手だ。一体どんな人なんだろう。

『続いてのお便り、こちらも常連ですね、新鮮グミさんから頂きました。あ、ちょっと脱線しちゃうんですけど、グミと言えば……』

 二十六時、深夜二時まで続くトーク。これを聴くのが、週に一度の楽しみだ。ラジオ好きなんていないだろうから、クラスの誰にも言ってないけど。




「今日はお昼で帰れると思うと気楽だなあ。優成はクラスのカラオケ行くの?」
「ううん、行かないつもりだよ」

 クラスメイトの直原(なおはら)駿(しゅん)と話しながら、廊下を歩く。終業式が終わったら、クラスでホームルームをやってすぐに解散、冬休みに突入だ。

「クリスマスもあっという間に終わっちゃったしなあ。自分宛にプレゼントでも買おうかなあ」
「プレゼント……ふふっ」

 昨日の「ガチョウの湖」さんのエピソードを思い出して、笑いが込み上げてきた。

「なになに、優成、どうしたの?」
「ううん、昨日、ちょっと面白いことがあってさ」

 クラスメイトの女子とすれ違いながら、今年最後の学校の日を過ごす。


 ■◇■


 廊下で浅桜君とすれ違った。彼は、中学のときに、落ち込んでいた私を救ってくれた人。

「どしたの、紫帆(しほ)?」
「ううん、ちょっと良いことがあってね」

 さっき、笑ってたな。何か良いことがあったのかな。
 いつか、私のラジオでの投稿で笑ってほしいな、なんて。

 この冬休みもいっぱい、ネタ用ノートに書き貯めていこう。

 <完>