「皇帝陛下にはご機嫌麗しく」
冬のある日、西方から使節団がやって来た。私は勝峰と並んで主殿の玉座に座り、彼らと対面する。使節団はそれぞれ珍しい貢物を手にしていた。
(ん?)
その中に、ふと目を引くものがあった。金糸の縁取りを施した、ビビッドな緑と赤の絨毯だ。
「クリスマスカラーだ」
ぼそりと口からまろび出た言葉を、勝峰は耳聡く捕らえる。
「くりすま?」
「あぁ、えっと」
さすがにこの世界にクリスマスはないだろう。
「どこかの国の聖人の誕生を祝う祭りに、こんな色を使ってたな、と。書か何かで……」
「おぉ」
使節団のリーダーが嬉しそうに顔を上げた。
「皇后陛下は我が国の聖夜祭をご存じでいらっしゃいますか」
(あるんかーい)
男は絨毯を前へ押し出す。
「おっしゃる通り、この絨毯は聖夜祭を祝う際に使うものでございます。ちょうど時期も頃合い。こちらは聡明なる皇后陛下に差し上げます」
「あ、ありがとう」
部屋に戻ると、元の世界のクリスマスが急に懐かしくなった。まぁ、いつもコミバスの原稿の締め切りに追われてて、飲むようにチキンとケーキ食べて執筆作業に戻ってたけど。
(ケーキ食べたいなぁ)
元の世界のクリスマスの定番、苺やサンタの乗った生ケーキを恋しく思う。
(でも、生クリームってここへ来てから見てないよね)
奶黄酥や鳳梨酥など美味しい焼き菓子は数あれど、生クリームたっぷりのケーキはとんとご無沙汰である。
(せめて小説の中で、推しとクリスマスパーティーでもしようかな)
私はオークウッド中尉と自分との夢小説を書き始めた。
(二人きりの聖夜、灯りの向こうで微笑むオークウッド中尉。シャンパン片手に生ケーキ食べて。オークウッド中尉の固い指先が、私の口端についた生クリームをすくって、そして……)
私は一つ息をつく。
(あー、書いてたらよけいにケーキ食べたくなってきた!)
なんとなくケーキの挿絵も描き入れてしまう。赤い苺を乗せて。それからチョコプレートと。
(いや、どんだけ食べたいのよ、私)
「翠蘭。なんだそれは」
「びゃっ!?」
いつの間にか部屋に入って来ていた勝峰が、私の背後から手元を覗きこんでいた。勝峰はそっと原稿を引き抜き、中身に目を通した後にじっとりとした視線をこちらへ向けた。
「柏泰然は井総督じゃないし、朱音も私じゃないよ!」
「まだ何も言ってない」
言いたそうにしてたし。まぁ、朱音は私なんだけど。
「しかし、なんだこれは」
勝峰は、私の描いた稚拙なケーキのイラストを指差し笑う。
「話の中でもやたらとこの酥に関する描写が細かかったな。執念すら伝わってきたぞ」
そこまで?
「だって食べたいんだもの」
「これを、こんな時期にか?」
「この時期だからよ」
「……本気か」
勝峰は呆れたように肩をすくめ、原稿を私の手元へ戻す。
「ならば、明日を楽しみにしていろ」
(え?)
そう言い残し、勝峰は部屋を出て行ってしまった。
(あるの? 生ケーキ)
翌日。そろそろ消灯だと言う頃になって、勝峰が部屋に現れた。そしておもむろに私へ毛皮を着せる。
「こんな遅くに、外出でもするの?」
「いや。お前の欲しいものにはこれが必要だからな」
そう言いながら、勝峰も毛皮を身に着ける。
私たちが牀に並んで腰かけると、仙月が皿を掲げ持ち入室してきた。
(えっ)
皿の上にはクリームのようなものが山盛りにされ、クコの実や小枝で飾り立てられていた。
(ケーキ!?)
「これが欲しかったのだろう、翠蘭。さぁ、存分に食うがいい」
得意げに笑う勝峰に頷き、私は散蓮華で掬い口に運ぶ。
「つめたっ!」
それはケーキではなく、アイスクリームだった。
「な、何これ?」
「うん? 酥山だが」
(酥山? ていうか、この世界にこんなのあったんだ)
勝峰も一口食べると「冷えるな」と呟き微かに笑う。
「夏に食うものだが、お前がどうしてもと言うので用意させた。まぁ、夏と違い氷ならそこかしこにあるので、作るのは簡単だったろう」
「あ、ありがとう……」
一口目には驚かされたが、二口目からはじっくりと味わう。
(美味しい……)
乳成分のコクと蜂蜜の味わいが、口の中でゆっくり溶けていく。クコの実の独特の風味もいいアクセントになっていた。それに加えて、勝峰が私の希望を叶えようとこれを用意してくれたのが嬉しかった。
しかし寒い。こたつでアイスは好きだったけど、この部屋はそこまで暖房が効いていない。間もなく歯がカチカチと鳴り始めた。
「だから聞いたのだ。この時期に食うのか、と」
(アイスだなんて思わなかったんだよ!)
不意に伸びて来た勝峰の手が、私の肩をぐっと引き寄せる。私は勝峰の毛皮の中に招き入れられていた。ぬくもりが布越しに伝わってくる。
「こうして俺と身を寄せていれば、少しは温かかろう」
(ぉお、流れるようなイケメンムーブ!)
少女漫画か乙女ゲームのような展開に、驚くと同時に感心する。
「ほら、まだまだあるぞ」
勝峰の差し出す散蓮華には、酥山が一口分乗せられていた。私は口を開きそれを受け取る。
すると勝峰は悪戯っぽく目を細め、口元に妖艶な微笑みを浮かべた。
「『甘さが口の中でとろけるほどに、二人の身も心もまた一つになってゆく』のであったな」
(ぎゃあああ、暗唱するなぁあ!)
彼の手から逃れんとじたばたする私を、勝峰は揶揄うような、しかし優しい瞳で見下ろしていた。
――終――
冬のある日、西方から使節団がやって来た。私は勝峰と並んで主殿の玉座に座り、彼らと対面する。使節団はそれぞれ珍しい貢物を手にしていた。
(ん?)
その中に、ふと目を引くものがあった。金糸の縁取りを施した、ビビッドな緑と赤の絨毯だ。
「クリスマスカラーだ」
ぼそりと口からまろび出た言葉を、勝峰は耳聡く捕らえる。
「くりすま?」
「あぁ、えっと」
さすがにこの世界にクリスマスはないだろう。
「どこかの国の聖人の誕生を祝う祭りに、こんな色を使ってたな、と。書か何かで……」
「おぉ」
使節団のリーダーが嬉しそうに顔を上げた。
「皇后陛下は我が国の聖夜祭をご存じでいらっしゃいますか」
(あるんかーい)
男は絨毯を前へ押し出す。
「おっしゃる通り、この絨毯は聖夜祭を祝う際に使うものでございます。ちょうど時期も頃合い。こちらは聡明なる皇后陛下に差し上げます」
「あ、ありがとう」
部屋に戻ると、元の世界のクリスマスが急に懐かしくなった。まぁ、いつもコミバスの原稿の締め切りに追われてて、飲むようにチキンとケーキ食べて執筆作業に戻ってたけど。
(ケーキ食べたいなぁ)
元の世界のクリスマスの定番、苺やサンタの乗った生ケーキを恋しく思う。
(でも、生クリームってここへ来てから見てないよね)
奶黄酥や鳳梨酥など美味しい焼き菓子は数あれど、生クリームたっぷりのケーキはとんとご無沙汰である。
(せめて小説の中で、推しとクリスマスパーティーでもしようかな)
私はオークウッド中尉と自分との夢小説を書き始めた。
(二人きりの聖夜、灯りの向こうで微笑むオークウッド中尉。シャンパン片手に生ケーキ食べて。オークウッド中尉の固い指先が、私の口端についた生クリームをすくって、そして……)
私は一つ息をつく。
(あー、書いてたらよけいにケーキ食べたくなってきた!)
なんとなくケーキの挿絵も描き入れてしまう。赤い苺を乗せて。それからチョコプレートと。
(いや、どんだけ食べたいのよ、私)
「翠蘭。なんだそれは」
「びゃっ!?」
いつの間にか部屋に入って来ていた勝峰が、私の背後から手元を覗きこんでいた。勝峰はそっと原稿を引き抜き、中身に目を通した後にじっとりとした視線をこちらへ向けた。
「柏泰然は井総督じゃないし、朱音も私じゃないよ!」
「まだ何も言ってない」
言いたそうにしてたし。まぁ、朱音は私なんだけど。
「しかし、なんだこれは」
勝峰は、私の描いた稚拙なケーキのイラストを指差し笑う。
「話の中でもやたらとこの酥に関する描写が細かかったな。執念すら伝わってきたぞ」
そこまで?
「だって食べたいんだもの」
「これを、こんな時期にか?」
「この時期だからよ」
「……本気か」
勝峰は呆れたように肩をすくめ、原稿を私の手元へ戻す。
「ならば、明日を楽しみにしていろ」
(え?)
そう言い残し、勝峰は部屋を出て行ってしまった。
(あるの? 生ケーキ)
翌日。そろそろ消灯だと言う頃になって、勝峰が部屋に現れた。そしておもむろに私へ毛皮を着せる。
「こんな遅くに、外出でもするの?」
「いや。お前の欲しいものにはこれが必要だからな」
そう言いながら、勝峰も毛皮を身に着ける。
私たちが牀に並んで腰かけると、仙月が皿を掲げ持ち入室してきた。
(えっ)
皿の上にはクリームのようなものが山盛りにされ、クコの実や小枝で飾り立てられていた。
(ケーキ!?)
「これが欲しかったのだろう、翠蘭。さぁ、存分に食うがいい」
得意げに笑う勝峰に頷き、私は散蓮華で掬い口に運ぶ。
「つめたっ!」
それはケーキではなく、アイスクリームだった。
「な、何これ?」
「うん? 酥山だが」
(酥山? ていうか、この世界にこんなのあったんだ)
勝峰も一口食べると「冷えるな」と呟き微かに笑う。
「夏に食うものだが、お前がどうしてもと言うので用意させた。まぁ、夏と違い氷ならそこかしこにあるので、作るのは簡単だったろう」
「あ、ありがとう……」
一口目には驚かされたが、二口目からはじっくりと味わう。
(美味しい……)
乳成分のコクと蜂蜜の味わいが、口の中でゆっくり溶けていく。クコの実の独特の風味もいいアクセントになっていた。それに加えて、勝峰が私の希望を叶えようとこれを用意してくれたのが嬉しかった。
しかし寒い。こたつでアイスは好きだったけど、この部屋はそこまで暖房が効いていない。間もなく歯がカチカチと鳴り始めた。
「だから聞いたのだ。この時期に食うのか、と」
(アイスだなんて思わなかったんだよ!)
不意に伸びて来た勝峰の手が、私の肩をぐっと引き寄せる。私は勝峰の毛皮の中に招き入れられていた。ぬくもりが布越しに伝わってくる。
「こうして俺と身を寄せていれば、少しは温かかろう」
(ぉお、流れるようなイケメンムーブ!)
少女漫画か乙女ゲームのような展開に、驚くと同時に感心する。
「ほら、まだまだあるぞ」
勝峰の差し出す散蓮華には、酥山が一口分乗せられていた。私は口を開きそれを受け取る。
すると勝峰は悪戯っぽく目を細め、口元に妖艶な微笑みを浮かべた。
「『甘さが口の中でとろけるほどに、二人の身も心もまた一つになってゆく』のであったな」
(ぎゃあああ、暗唱するなぁあ!)
彼の手から逃れんとじたばたする私を、勝峰は揶揄うような、しかし優しい瞳で見下ろしていた。
――終――



