「さっさと写せよ、ノロマ!」
「早くしてよね。次は私の番なんだから」
放課後、私はクラスの中心人物とその取り巻きに囲まれながら今日の板書を彼女たちのノートに写していた。クリスマスイブでもある二学期最後の日。本当は午前放課だけど彼女たちに捕まったせいでいつもの六限が終わる時間帯だ。空はもう夜と言っても過言ではないくらいに黒く染まってつつある。
中心人物の方は緩くウェーブのかかった金髪をしており、爪も長くてカラフルだった。取り巻きも同じような風貌をしている。勉強なんてろくにやってない奴らだ。
どうして私がこんなことをしなくてはならないのか。できることならしたくない。本当なら今すぐ荷物を全部鞄に詰めて家に帰りたい。でもそれはできない。彼女たちに逆らったら酷い目に遭わされるから。私はそれを身を持って体験している。全部を思い浮かべるのが難しいくらいに。
いつからそうなったのか。どうしてそうなったのか。きっと最初から。そもそも私と彼女たちとでは何もかもが違っていたのだ。考え方も価値観も倫理観も全て。私は高校受験に失敗した。偏差値の高い公立高校に。私立は家庭の事情で受けられず、二次募集の偏差値が低いこの学校を受けた。きっとそれが始まりだったんだと思う。
晴れてその高校に合格できた私は目を疑った。多くの生徒が授業中の居眠りはもちろん、課題もまるでやってこない。おまけに校則なんてお構いなしの格好をした生徒だらけ。一方私はもう受験で失敗しないように、まだ入学し終えたばかりだというのに必死で大学受験の勉強をした。そんながり勉な私は彼女たちにとって最高のいじめの標的だったのだろう。私とお母さんの二人暮らしで、金銭的に余裕はないという家庭環境も今思えば要因だったかもしれない。だけど私のために一生懸命働いてくれているお母さんには恨んでいない。恨めるはずがない。
いじめを受け続ける毎日。先生は責任を負いたくないのか、見て見ぬふりをされる。労働に疲れているお母さんに相談できるはずもなく、私は誰にもいじめを打ち明けないまま、一人孤独に被害者になっていた。
まずは確実に椅子を隠される。空き教室から持ってきても目を離した隙にそれは隠されるのだ。隠されなくなったと思ったら今度は椅子に落書きをされる。落ちにくい黒色の油性ペンを使って。バカとかブスとか目障りとか。そんな小さな脳みそを精一杯働かせて出てきたような言葉。
他にも色々言われたし、されてきた。本当に色々。それもこれも用事で彼女たちの命令を断ったために起きたことだった。
どうして? どうして学生の本分を全うしない彼女たちの方が優遇されるの? 勉強しないで仲間を作ることが学校社会では正しいの?
そんなのおかしい。勉強しない子が勉強に一生懸命な子を虐げる学校。そんなことが許されるはずない。ノートを写しながら彼女たちを盗み見ると、ご満悦といった様子で自分の爪を眺めている。
今日もそうだ。ノートを貸してほしいとお願いされ、そうしたにも関わらずノートは一向に帰ってこず、挙句の果てに「あぁ、あのノートの存在忘れてたわ」と言われた。
「復習で使うからそのノート返してよ」
私は抗議した。でも……。
「そんなに返してほしいなら、あんたが私たちのノートに板書書いてよ」と結局いつものパターンに持っていかれる。私は仕方なく彼女の命令に従う。また何かされるのは嫌だし、何よりそのノートを使って勉強がしたかったのだ。もうすぐで模試が実施されるから。
彼女たちは全然板書を写してなかったらしく、早くシャーペンを動かしても中々終わらない。そして。
「まだ終わらないのかよ。今日彼氏とクリスマスイブ過ごす予定なんだけど」
「私も。ていうかまだ私のノート真っ白じゃん」
チッと舌打ちをする取り巻きの女はそう言うと勢いよく椅子から立ち上がって私の目の前にやって来た。そのまま左手で私の胸倉を掴む。右手は既にビンタの構えがなされていた。
やられる。叩かれる。今回は何もしていないのに。痛いのは嫌だ。嫌だ、嫌だ。やがてその手は真っ直ぐに私の頬へと向かってきた。反射的に私はその手首を掴む。どうして頑張っている私ばかりこんな目に遭うのだろうか。そんなことを考えながら。
すると突如、視界が白い煙で覆われる。冬の事故のきっかけとなるホワイトアウトのように。なぜか掴んでいたはずの取り巻きの手首の感覚がなくなっていた。
時間が経つと、周りの空気が晴れていく。白い煙がなくなると共に私の視界には奇妙なものが映り込んだ。
「椅子?」
思わずそう声が漏れた。さっきまで目の前に椅子なんてなかったのに。普通椅子は机と一緒に置かれているはずだから。しかも私が掴んでいた手首の持ち主である取り巻きの女もいなくなっていた。
どういうこと?
わけがわからず首を横に捻っていると、「ちょっとあんた、あの子に何したのよ⁉」とクラスの中心人物の女が大きく足音を立てながら近づいてきた。指を伸ばして私の耳に触れると、ギュッと上に引っ張り上げられる。
「痛い……」
このまま耳がちぎれてしまうのではないかというくらい痛い。その痛みから逃れたくて、私は彼女の手を振り払おうとした。
「触ん……」
彼女の言葉が途切れる。同時にまた白い煙が辺りを包む。白い煙に驚いたから声が出なくなったのだろうか。
しばらくすると視界が晴れた。さっきと全く一緒だ。そして大きな異常事態に気づく。
あの中心人物の女がいなくなっていたのだ。思えば耳が引っ張り上げられる感覚も痛みもなくなっていた。
私の目の前にあるのはただの椅子が二つ。もちろんさっきまでなかった椅子。その瞬間思った。いやむしろ確信したのだ。だって二回も同じことが起こったのだから。
私が彼女たちを椅子にした。この手で。
私は恐ろしい力を手に入れてしまった。だけど不思議と笑みが零れる。目の前に鏡があるかのように今の私には自分がどんな表情をしているのかすぐにわかった。
強い優越感。それが今の私の頭を大きく支配している感情。やっぱり神様はいるんだ。一生懸命勉強している人間が虐げられるなんてあってはならない。そんな私の声が天に届いたのだと思う。そうじゃなきゃこの力のことを説明なんてできない。
私が今までしてきたことは間違っていなかった。椅子になった彼女たちを直視して改めてそう思う。何も努力しないで私を散々利用する彼女たちがもう人間ではなくなったことが何よりの証拠。
椅子。それは人間の体重を全て受け止めなければならない奴隷。その重さにもがき苦しむ可哀想な存在。同時に勉強に必須のアイテム。立って勉強するのと座って勉強するのとでは集中力も負担も何もかもが違う。
私はかつて中心人物だった女の方の椅子に座る。すると今まで頭の中に留まっていた優越感が溢れ出し、体中を包み込む。嬉しすぎる。私をいじめていた女が私に座られていることに。
ふと思った。椅子に意識はあるのだろうか。記憶や知識や心は? でもこの女にろくな記憶はなさそうだし、知識なんて勉強サボってるから皆無と言っても過言ではなさそうだし、人をいじめる非情な人間だからそもそも心なんてないはずだ。でも意識はあってほしいなぁ。座られる屈辱を、長時間重さに耐えなければならない苦しみを。
私は声に出して笑った。喉が痛くなるくらいに。一瞬自分が極悪人のように思った。でもそれは違う。私は正しい。今まで学生の本分を全うしてきたのだから。勉強という学生にとって重要な職務を。勉強は知識を入れるだけじゃない。その知識を使って様々な考え方を自分の中で構築していく。この椅子たちにはそんな知識がなかった。ないからこそ選べる行動も限られてくる。その少ない知識で取った行動がいじめ。頭が悪いとどうしたら人が傷つくとかそんなことを考えられない。自分さえ良ければ手段を選ばないんだ。確かに知識があっても人を傷つける人間はいる。だけどそれは今まで一生懸命積み上げてきた知識を総動員しても解決できないほどの大きな問題なのだと思う。何の努力もしないで問題を解決する時に知識が少ないために誰かを傷つけるのとではわけが違う。
この時私は思った。そんな人たちが世の中に大勢いること。それによって心に深い傷を負う者がいること。普段のニュースを見ればそれは明らかだった。
この力があればそんな人を救える。幸せが増える。誰かを傷つける悪人に苦しみを与えられる。だけど私は一人。生涯の中でそんな全ての悪人を椅子に変えるなんて不可能だ。
するとガラガラという音が耳を掠める。もう痛みがない耳に。音の方に視線を向けると、担任の女性教師が立っていた。呆れたような迷惑そうな表情で。
「今日はもうとっくに下校時間過ぎてるわよ。終業式だったんだから」
「えっと、二人の……」
言いかけた言葉を止める。二人はもういない。正確にはいるんだけど、もう人間じゃないものになっているから。私は慌てて発言を訂正する。
「勉強が捗っちゃって。すいません」
「仕方ないわね。まぁ、勉強は学生の本分だし、あなたは優秀だから特別に許してあげる。でももう外真っ暗よ。流石に帰りなさいね」
「はい」
短く返事をすると、先生は教室から去って行った。お咎めなしでよかったぁ。あっ。
突然いい考えが頭に浮かんだ。時間はかかるかもしれない。だけど間違いなく効率的に悪い奴を椅子にできる方法を思いついた。そしてその方法は同時に私の夢になったのだ。
夢なんて今まで考えたことがなかった。とにかくお金を稼げる職業。それしか頭になかった。お金を稼いで、今まで私のために汗水垂らして働いてくれたお母さんに恩返しができればなと。
やっと決めた。私の夢。私は先生になる。先生になって根本から悪い奴を叩く。椅子にさせる。社会になんて出させない。一歩たりとも。この力がある限り。
だけどそれじゃ遅いと思った。先生になってからだなんて。その間にも知識のない人間は世に溢れるというのに。人を平気で傷つける馬鹿が。
これからはちゃんと一人一人の生徒たちと向き合おうと思った。その中で頭の悪さゆえに人を傷つける奴を椅子にする。窓の向こうに広がる闇に向かってそう心に誓った。
「早くしてよね。次は私の番なんだから」
放課後、私はクラスの中心人物とその取り巻きに囲まれながら今日の板書を彼女たちのノートに写していた。クリスマスイブでもある二学期最後の日。本当は午前放課だけど彼女たちに捕まったせいでいつもの六限が終わる時間帯だ。空はもう夜と言っても過言ではないくらいに黒く染まってつつある。
中心人物の方は緩くウェーブのかかった金髪をしており、爪も長くてカラフルだった。取り巻きも同じような風貌をしている。勉強なんてろくにやってない奴らだ。
どうして私がこんなことをしなくてはならないのか。できることならしたくない。本当なら今すぐ荷物を全部鞄に詰めて家に帰りたい。でもそれはできない。彼女たちに逆らったら酷い目に遭わされるから。私はそれを身を持って体験している。全部を思い浮かべるのが難しいくらいに。
いつからそうなったのか。どうしてそうなったのか。きっと最初から。そもそも私と彼女たちとでは何もかもが違っていたのだ。考え方も価値観も倫理観も全て。私は高校受験に失敗した。偏差値の高い公立高校に。私立は家庭の事情で受けられず、二次募集の偏差値が低いこの学校を受けた。きっとそれが始まりだったんだと思う。
晴れてその高校に合格できた私は目を疑った。多くの生徒が授業中の居眠りはもちろん、課題もまるでやってこない。おまけに校則なんてお構いなしの格好をした生徒だらけ。一方私はもう受験で失敗しないように、まだ入学し終えたばかりだというのに必死で大学受験の勉強をした。そんながり勉な私は彼女たちにとって最高のいじめの標的だったのだろう。私とお母さんの二人暮らしで、金銭的に余裕はないという家庭環境も今思えば要因だったかもしれない。だけど私のために一生懸命働いてくれているお母さんには恨んでいない。恨めるはずがない。
いじめを受け続ける毎日。先生は責任を負いたくないのか、見て見ぬふりをされる。労働に疲れているお母さんに相談できるはずもなく、私は誰にもいじめを打ち明けないまま、一人孤独に被害者になっていた。
まずは確実に椅子を隠される。空き教室から持ってきても目を離した隙にそれは隠されるのだ。隠されなくなったと思ったら今度は椅子に落書きをされる。落ちにくい黒色の油性ペンを使って。バカとかブスとか目障りとか。そんな小さな脳みそを精一杯働かせて出てきたような言葉。
他にも色々言われたし、されてきた。本当に色々。それもこれも用事で彼女たちの命令を断ったために起きたことだった。
どうして? どうして学生の本分を全うしない彼女たちの方が優遇されるの? 勉強しないで仲間を作ることが学校社会では正しいの?
そんなのおかしい。勉強しない子が勉強に一生懸命な子を虐げる学校。そんなことが許されるはずない。ノートを写しながら彼女たちを盗み見ると、ご満悦といった様子で自分の爪を眺めている。
今日もそうだ。ノートを貸してほしいとお願いされ、そうしたにも関わらずノートは一向に帰ってこず、挙句の果てに「あぁ、あのノートの存在忘れてたわ」と言われた。
「復習で使うからそのノート返してよ」
私は抗議した。でも……。
「そんなに返してほしいなら、あんたが私たちのノートに板書書いてよ」と結局いつものパターンに持っていかれる。私は仕方なく彼女の命令に従う。また何かされるのは嫌だし、何よりそのノートを使って勉強がしたかったのだ。もうすぐで模試が実施されるから。
彼女たちは全然板書を写してなかったらしく、早くシャーペンを動かしても中々終わらない。そして。
「まだ終わらないのかよ。今日彼氏とクリスマスイブ過ごす予定なんだけど」
「私も。ていうかまだ私のノート真っ白じゃん」
チッと舌打ちをする取り巻きの女はそう言うと勢いよく椅子から立ち上がって私の目の前にやって来た。そのまま左手で私の胸倉を掴む。右手は既にビンタの構えがなされていた。
やられる。叩かれる。今回は何もしていないのに。痛いのは嫌だ。嫌だ、嫌だ。やがてその手は真っ直ぐに私の頬へと向かってきた。反射的に私はその手首を掴む。どうして頑張っている私ばかりこんな目に遭うのだろうか。そんなことを考えながら。
すると突如、視界が白い煙で覆われる。冬の事故のきっかけとなるホワイトアウトのように。なぜか掴んでいたはずの取り巻きの手首の感覚がなくなっていた。
時間が経つと、周りの空気が晴れていく。白い煙がなくなると共に私の視界には奇妙なものが映り込んだ。
「椅子?」
思わずそう声が漏れた。さっきまで目の前に椅子なんてなかったのに。普通椅子は机と一緒に置かれているはずだから。しかも私が掴んでいた手首の持ち主である取り巻きの女もいなくなっていた。
どういうこと?
わけがわからず首を横に捻っていると、「ちょっとあんた、あの子に何したのよ⁉」とクラスの中心人物の女が大きく足音を立てながら近づいてきた。指を伸ばして私の耳に触れると、ギュッと上に引っ張り上げられる。
「痛い……」
このまま耳がちぎれてしまうのではないかというくらい痛い。その痛みから逃れたくて、私は彼女の手を振り払おうとした。
「触ん……」
彼女の言葉が途切れる。同時にまた白い煙が辺りを包む。白い煙に驚いたから声が出なくなったのだろうか。
しばらくすると視界が晴れた。さっきと全く一緒だ。そして大きな異常事態に気づく。
あの中心人物の女がいなくなっていたのだ。思えば耳が引っ張り上げられる感覚も痛みもなくなっていた。
私の目の前にあるのはただの椅子が二つ。もちろんさっきまでなかった椅子。その瞬間思った。いやむしろ確信したのだ。だって二回も同じことが起こったのだから。
私が彼女たちを椅子にした。この手で。
私は恐ろしい力を手に入れてしまった。だけど不思議と笑みが零れる。目の前に鏡があるかのように今の私には自分がどんな表情をしているのかすぐにわかった。
強い優越感。それが今の私の頭を大きく支配している感情。やっぱり神様はいるんだ。一生懸命勉強している人間が虐げられるなんてあってはならない。そんな私の声が天に届いたのだと思う。そうじゃなきゃこの力のことを説明なんてできない。
私が今までしてきたことは間違っていなかった。椅子になった彼女たちを直視して改めてそう思う。何も努力しないで私を散々利用する彼女たちがもう人間ではなくなったことが何よりの証拠。
椅子。それは人間の体重を全て受け止めなければならない奴隷。その重さにもがき苦しむ可哀想な存在。同時に勉強に必須のアイテム。立って勉強するのと座って勉強するのとでは集中力も負担も何もかもが違う。
私はかつて中心人物だった女の方の椅子に座る。すると今まで頭の中に留まっていた優越感が溢れ出し、体中を包み込む。嬉しすぎる。私をいじめていた女が私に座られていることに。
ふと思った。椅子に意識はあるのだろうか。記憶や知識や心は? でもこの女にろくな記憶はなさそうだし、知識なんて勉強サボってるから皆無と言っても過言ではなさそうだし、人をいじめる非情な人間だからそもそも心なんてないはずだ。でも意識はあってほしいなぁ。座られる屈辱を、長時間重さに耐えなければならない苦しみを。
私は声に出して笑った。喉が痛くなるくらいに。一瞬自分が極悪人のように思った。でもそれは違う。私は正しい。今まで学生の本分を全うしてきたのだから。勉強という学生にとって重要な職務を。勉強は知識を入れるだけじゃない。その知識を使って様々な考え方を自分の中で構築していく。この椅子たちにはそんな知識がなかった。ないからこそ選べる行動も限られてくる。その少ない知識で取った行動がいじめ。頭が悪いとどうしたら人が傷つくとかそんなことを考えられない。自分さえ良ければ手段を選ばないんだ。確かに知識があっても人を傷つける人間はいる。だけどそれは今まで一生懸命積み上げてきた知識を総動員しても解決できないほどの大きな問題なのだと思う。何の努力もしないで問題を解決する時に知識が少ないために誰かを傷つけるのとではわけが違う。
この時私は思った。そんな人たちが世の中に大勢いること。それによって心に深い傷を負う者がいること。普段のニュースを見ればそれは明らかだった。
この力があればそんな人を救える。幸せが増える。誰かを傷つける悪人に苦しみを与えられる。だけど私は一人。生涯の中でそんな全ての悪人を椅子に変えるなんて不可能だ。
するとガラガラという音が耳を掠める。もう痛みがない耳に。音の方に視線を向けると、担任の女性教師が立っていた。呆れたような迷惑そうな表情で。
「今日はもうとっくに下校時間過ぎてるわよ。終業式だったんだから」
「えっと、二人の……」
言いかけた言葉を止める。二人はもういない。正確にはいるんだけど、もう人間じゃないものになっているから。私は慌てて発言を訂正する。
「勉強が捗っちゃって。すいません」
「仕方ないわね。まぁ、勉強は学生の本分だし、あなたは優秀だから特別に許してあげる。でももう外真っ暗よ。流石に帰りなさいね」
「はい」
短く返事をすると、先生は教室から去って行った。お咎めなしでよかったぁ。あっ。
突然いい考えが頭に浮かんだ。時間はかかるかもしれない。だけど間違いなく効率的に悪い奴を椅子にできる方法を思いついた。そしてその方法は同時に私の夢になったのだ。
夢なんて今まで考えたことがなかった。とにかくお金を稼げる職業。それしか頭になかった。お金を稼いで、今まで私のために汗水垂らして働いてくれたお母さんに恩返しができればなと。
やっと決めた。私の夢。私は先生になる。先生になって根本から悪い奴を叩く。椅子にさせる。社会になんて出させない。一歩たりとも。この力がある限り。
だけどそれじゃ遅いと思った。先生になってからだなんて。その間にも知識のない人間は世に溢れるというのに。人を平気で傷つける馬鹿が。
これからはちゃんと一人一人の生徒たちと向き合おうと思った。その中で頭の悪さゆえに人を傷つける奴を椅子にする。窓の向こうに広がる闇に向かってそう心に誓った。



