「条件ってなんですか。そりゃ幽霊がでてきたり、不思議なことが起こったりする話であることでしょう。」
ああ、また始まった、と思った。今度は怪談の条件と来た。これは長くなる…。
先輩は前々から何かにつけて考え込む節があった。新聞部魂、と言えば聞こえはいいが…。
「ざんねん!正解は、“語る理由があること”だ」
ドヤ顔でそう言い放った先輩に、果たして僕の今の表情は見えているのだろうか。
怪訝な顔をしつつ、僕は悟った。
テーマを決める時は必死だったからそこまで考えていなかったけれど、これはもしかすると大変面倒なものを選んでしまったのかもしれない。
先輩みたいな人にとって、この手の話は格好の餌食じゃないか。先輩の納得する決着なんてつくはずがない。下手したら夜までコースだ。
「先輩、信じてないからって否定するのはよくないですよ。」
僕は先輩の言ったことは聞かなかったことにし、荷物をまとめた。
そして、先輩に礼を告げ、部室のドアに手をかける。
「まてまて、早合点するな。信じてない、とは言ってないだろ!
だから待って!おねがい!久々に部活に来た先輩を置いて帰らないで!!」
完全にさっきと立場が逆である。
ちなみに、夏休み期間に被る8月分の月報は9月分に合併号として発行され、例年、体育祭や文化祭について盛大に取り上げている。したがって、8月の月報は必然的に休刊となるため、新聞部では基本的に夏休み期間はこれといった活動は行われない。なので、今この新聞部室内にいるのは僕と先輩だけということになる。
少しの押し問答の末、仕方がないので僕は先輩の雑談に付き合うことにした。
受験勉強で忙しいであろう先輩をこれだけのために呼び出した負い目もある。
「じゃあまず、幽霊は実在するとしよう。ただし、幽霊が存在するとして、俺たちにとって、『視えない・知らない・聞こえない』だった場合、果たしてそれは実在するといえると思うか?」
気を取り直して話を続ける先輩を横目にため息をつきつつ、僕は考えた。
『視えない・知らない・聞こえない』、つまり、僕らにとって何の影響もないということ。そう言われると確かに、仮にそんなものがいたとして、認識できないのであれば僕らにとってそれはもはや“いない”と同義である。
「確かに、普段から視える人でもない限り、向こう側から何かしらのアクションがあるか、誰かが見た!とかの噂でしか僕らは確認し得ませんね…。」
「じゃあ反対に、幽霊はいないと仮定した場合はどうだ?
例えばこれ、『七不思議特集2「夢に現れる女」』。夢に出てくる女の話をしたら、たまたま友人もみていた。絵を描いてみせるとそんな感じだったような気がする。
でも女が出てくる夢なんて五万とあるだろ?それに人の記憶ってのは簡単にすり替わる。なんとなく、絵を見せられたらそれだったような気がするなんてのはない話じゃない。
そんな話が広まっていくうちにどんどんその夢を見るやつが出てきた。そりゃあ意識したら夢だって見やすくもなるだろう。」
…例えば、帰り道、帰宅時間が遅れて暗い道を通る。いつもとは違う景色に何となく不安になる。そして、電柱の影に何かを見る。それだけならただの見間違いだったかもしれない。でも、その話をしてしまったが最後、聞いた人は何となく意識してしまう、幽霊爆誕というわけだ。
なるほど、確かに。そう言われてみれば筋が通っているような気もする。
…僕がのせられているだけかもしれないが。
「それがさっき言ってた“語る”っていうやつですか?」
「そういうことだ。つまり、俺たちが普段“幽霊”として扱っている幽霊にとって、怪談として語り継がれる=いる、ということになる。
視たという人間がいれば、そこに霊が実在しようがしまいが少なくとも視えない俺たちにとって、それはもう“いる”ことになる。
そこで手っ取り早いのが恐怖だ。人の記憶に絶対に残るからな。
…ところでお前、ムラサキカガミって知ってるか?」
「藪から棒になんですか…あれですよね。二十歳までに忘れないと不幸になるっていう…ってあ!せっかく忘れてたのに!」
慌てる僕をみて、先輩は大笑いしている。
この人、さては僕で遊んでるな…?
「悪い悪い!でも、今の今まで忘れてただろ?
あれを実際に二十歳まで覚えてる人は少ない。何故なら思い出すきっかけがないからだ。エピソードとしての情報も少ないしな。
その点、日常に付随した恐怖は忘れられにくい。
部屋の中、タンスと壁の隙間に気付く。ふと隙間女の話を思い出して恐怖する。な?
だから、少なくとも『学校の怪談』ってのは恐怖をあおるものが多いだろ?」
確かに、僕が書いた記事の一つ目の話はそういうやつだった。
『七不思議特集1「グラウンドの住人」』、あれはその点に特化している。
グラウンドという僕らにとって手ごろで身近な場所。
その後どうなったのか分からないサッカー部の1年生、 “意識したら視えちゃうでしょ?”と言いつつ快く僕のインタビューに応じてくれた野球部の先輩。聞き手の僕が若干怖がっていたのもあるかもだが、みんな楽しそうに語ってくれた。
幽霊がいる・いないは置いておいて、怪談は怖くなければきっと語られない。
…話題性。
つまり、怪談になる条件は語る理由があること、というのはそういうことだ。
そして、語られれば語られるほど、皆に認知されることとなり、その実在性は担保される。
先ほど、先輩が僕の記事の中で“変”といった理由を、僕は何となく理解した。
『花壇の目印』は語られる理由が薄い。先輩はそう言いたいのだろう。
「“幸せな話”ってのは怪談では御法度だ。ホラー映画とかでもハッピーエンドはめったにみない。
そもそも、学校の怪談で完結している話っていうのは珍しい。
例えば、死してなお遊び相手を探し続けるトイレの花子さん。1人犠牲になったとて満足することはなく、次を求め続ける。決して完結はしない。
『花壇の目印』はその点において特に異質だ。何か理由があるはず。
そして、俺が見たところ、その答えはこの記事の中にある」
ああ、また始まった、と思った。今度は怪談の条件と来た。これは長くなる…。
先輩は前々から何かにつけて考え込む節があった。新聞部魂、と言えば聞こえはいいが…。
「ざんねん!正解は、“語る理由があること”だ」
ドヤ顔でそう言い放った先輩に、果たして僕の今の表情は見えているのだろうか。
怪訝な顔をしつつ、僕は悟った。
テーマを決める時は必死だったからそこまで考えていなかったけれど、これはもしかすると大変面倒なものを選んでしまったのかもしれない。
先輩みたいな人にとって、この手の話は格好の餌食じゃないか。先輩の納得する決着なんてつくはずがない。下手したら夜までコースだ。
「先輩、信じてないからって否定するのはよくないですよ。」
僕は先輩の言ったことは聞かなかったことにし、荷物をまとめた。
そして、先輩に礼を告げ、部室のドアに手をかける。
「まてまて、早合点するな。信じてない、とは言ってないだろ!
だから待って!おねがい!久々に部活に来た先輩を置いて帰らないで!!」
完全にさっきと立場が逆である。
ちなみに、夏休み期間に被る8月分の月報は9月分に合併号として発行され、例年、体育祭や文化祭について盛大に取り上げている。したがって、8月の月報は必然的に休刊となるため、新聞部では基本的に夏休み期間はこれといった活動は行われない。なので、今この新聞部室内にいるのは僕と先輩だけということになる。
少しの押し問答の末、仕方がないので僕は先輩の雑談に付き合うことにした。
受験勉強で忙しいであろう先輩をこれだけのために呼び出した負い目もある。
「じゃあまず、幽霊は実在するとしよう。ただし、幽霊が存在するとして、俺たちにとって、『視えない・知らない・聞こえない』だった場合、果たしてそれは実在するといえると思うか?」
気を取り直して話を続ける先輩を横目にため息をつきつつ、僕は考えた。
『視えない・知らない・聞こえない』、つまり、僕らにとって何の影響もないということ。そう言われると確かに、仮にそんなものがいたとして、認識できないのであれば僕らにとってそれはもはや“いない”と同義である。
「確かに、普段から視える人でもない限り、向こう側から何かしらのアクションがあるか、誰かが見た!とかの噂でしか僕らは確認し得ませんね…。」
「じゃあ反対に、幽霊はいないと仮定した場合はどうだ?
例えばこれ、『七不思議特集2「夢に現れる女」』。夢に出てくる女の話をしたら、たまたま友人もみていた。絵を描いてみせるとそんな感じだったような気がする。
でも女が出てくる夢なんて五万とあるだろ?それに人の記憶ってのは簡単にすり替わる。なんとなく、絵を見せられたらそれだったような気がするなんてのはない話じゃない。
そんな話が広まっていくうちにどんどんその夢を見るやつが出てきた。そりゃあ意識したら夢だって見やすくもなるだろう。」
…例えば、帰り道、帰宅時間が遅れて暗い道を通る。いつもとは違う景色に何となく不安になる。そして、電柱の影に何かを見る。それだけならただの見間違いだったかもしれない。でも、その話をしてしまったが最後、聞いた人は何となく意識してしまう、幽霊爆誕というわけだ。
なるほど、確かに。そう言われてみれば筋が通っているような気もする。
…僕がのせられているだけかもしれないが。
「それがさっき言ってた“語る”っていうやつですか?」
「そういうことだ。つまり、俺たちが普段“幽霊”として扱っている幽霊にとって、怪談として語り継がれる=いる、ということになる。
視たという人間がいれば、そこに霊が実在しようがしまいが少なくとも視えない俺たちにとって、それはもう“いる”ことになる。
そこで手っ取り早いのが恐怖だ。人の記憶に絶対に残るからな。
…ところでお前、ムラサキカガミって知ってるか?」
「藪から棒になんですか…あれですよね。二十歳までに忘れないと不幸になるっていう…ってあ!せっかく忘れてたのに!」
慌てる僕をみて、先輩は大笑いしている。
この人、さては僕で遊んでるな…?
「悪い悪い!でも、今の今まで忘れてただろ?
あれを実際に二十歳まで覚えてる人は少ない。何故なら思い出すきっかけがないからだ。エピソードとしての情報も少ないしな。
その点、日常に付随した恐怖は忘れられにくい。
部屋の中、タンスと壁の隙間に気付く。ふと隙間女の話を思い出して恐怖する。な?
だから、少なくとも『学校の怪談』ってのは恐怖をあおるものが多いだろ?」
確かに、僕が書いた記事の一つ目の話はそういうやつだった。
『七不思議特集1「グラウンドの住人」』、あれはその点に特化している。
グラウンドという僕らにとって手ごろで身近な場所。
その後どうなったのか分からないサッカー部の1年生、 “意識したら視えちゃうでしょ?”と言いつつ快く僕のインタビューに応じてくれた野球部の先輩。聞き手の僕が若干怖がっていたのもあるかもだが、みんな楽しそうに語ってくれた。
幽霊がいる・いないは置いておいて、怪談は怖くなければきっと語られない。
…話題性。
つまり、怪談になる条件は語る理由があること、というのはそういうことだ。
そして、語られれば語られるほど、皆に認知されることとなり、その実在性は担保される。
先ほど、先輩が僕の記事の中で“変”といった理由を、僕は何となく理解した。
『花壇の目印』は語られる理由が薄い。先輩はそう言いたいのだろう。
「“幸せな話”ってのは怪談では御法度だ。ホラー映画とかでもハッピーエンドはめったにみない。
そもそも、学校の怪談で完結している話っていうのは珍しい。
例えば、死してなお遊び相手を探し続けるトイレの花子さん。1人犠牲になったとて満足することはなく、次を求め続ける。決して完結はしない。
『花壇の目印』はその点において特に異質だ。何か理由があるはず。
そして、俺が見たところ、その答えはこの記事の中にある」