「僕が……人質」
電気ウナギくんに指名をされて、心臓をぎゅっと掴まれたような心地がした。実はこのゲームのルールを説明されてから、僕は生き残る道を端から考えていない。
だって……だって僕は。
このクラスのいじめのターゲットであり、ずっとこの世界から消えたいと思って生きてきたのだから——。
「それでは皆さん、制限時間五分以内に皆木くんを救う、ゲームの参加者を決定してください。よーい、スタート!」
ピ、ピ、と電気ウナギくんのお腹のタイマーが時を刻み始める。僕が消えたいと思っているかどうかに関わらず、例外なくカウントダウンは始まっていく。みんなが周りを窺って視線をキョロキョロとさせているのが分かった。
「皆木——“ウナギ”を助けたいなんて思うやつ、いる〜? いたら出てこいよっ」
ねっとりとした声で一番に声を上げたのは武史だった。全員がサッと僕から視線を逸らす。誰も、何も言いたくないという反応だった。
「俺はもちろんパス! 誰が皆木なんかのために命賭けるかってんだ」
一樹も武史と同じように、ゲームに参加するつもりはないようだ。そうだろう。そうだと思っていた。
「そんな簡単に不参加を決めてしまってもいいのか? みんな、一度はゲームに参加しないと生き残れないんだぞ」
唯一、僕のいじめにいつも物言いたげな顔をしている真紘が反論の声を上げる。だが所詮真紘も、矢面に立って僕を守ってくれるようなことは、これまでに一度もなかった。
「それでも皆木を守ろうとは思えねえよっ。俺は別の誰かが人質になった時に参加するから」
「……そうか」
武史たちにこれ以上何を言っても無駄だと思ったのか、真紘が黙り込む。
——皆木、お前生きてるの辛いだろ? 消えた方がましって思わねえのか。
——よく学校来れるな。
ぐわん、ぐわんと、いつどんなときにでも僕の頭を支配するのは、武史をはじめ、クラスメイトたちに投げつけられてきた泥水のようなどす黒い言葉だ。僕の心はいつだって、誰かのサンドバッグ。殴られ、蹴られ、時に言葉だけでない嫌がらせの数々をされてきた。消えたいと思わない方が、おかしいというのに。
僕がいじめられる原因は、ただ僕がみんなのストレス発散の捌け口にちょうど良かっただけ。人生ってそんなもんだろ? 一挙手一投足に、常に誰かを納得させられるだけの理由を持ち合わせているわけではないってこと。
「誰もいないなら、だったらもう一回俺が——」
罪悪感に押しつぶされそうになったのか、第一ゲームに参加した真紘が正義感を振りかざす。やめておいた方がいいよ。きみは、僕なんかのために闘う必要はない。一度ゲームをクリアしているのだから、もう一度命の危険に晒される必要はない。そう、彼に向かって口を開きかけた時だ。
「私がやります」
すっと、視界の端で手が伸びた。ぎょっとしてその人の方を見やる。
僕の視線の先では、凛としたまなざしで手を挙げる天沢雪音の姿があった。
このゲームが始まってから、彼女は今まで一度も声を上げていなかった。あまりの恐怖で言葉を発せなくなっているのかと思っていたが、今の冷静な表情を見ると、違うと分かる。彼女はずっと、一人きりで考えていたのだろうか。一ヶ月もの間登校することもなかった教室で、一ヶ月もの間会うこともなかったクラスメイトたちと死のゲームに参加させられて。一人、生き残る道を冷静に考えていたのかもしれない。
「天沢? あんた大丈夫なの?」
先ほど人質として難を逃れた春香がつっこみを入れる。雪音は、「はい」と小さく頷いた。
「失敗しても知らないわよ」
春香はこの場にいる全員のことが——いや、おそらく真紘を除く全員のことが気に入らないのか、刺々しい態度を貫いている。そんな春香には構わずに、雪音は僕をまっすぐに見つめた。
「大丈夫、任せて」
その瞳があまりに美しく、こんな時なのにどうして彼女は綺麗なんだろうかと純粋に気になった。いや、こんな時だからこそ、余計綺麗に見えるのかもしれない。もともと眉目秀麗な彼女だ。命が散るかもしれないという瞬間に、彼女の咲かせている花は、陽の光に向かって大きく伸びをしているようだった。
「はい、第二ゲームの参加者は天沢雪音さんでいいですね? それでは、第二ゲームの説明をします。第二ゲームは、『クイズ! 三十秒以内に答えてね』です」
「今度は運ゲーじゃないんだな。全部運ゲーかと思ってたんだけど」
武史が文句を垂れるように言う。確かに、彼の言うとおりゲームには一貫性があるのかと思っていたが、そうでもないらしい。
「誰も、すべて同じようなゲームとは言ってないよ? 詳細を説明するね。今からワタシが、クイズを二問出します。どちらも三十秒以内に答えて正解したらクリア。どちらか一つでも答えられなかったらアウト。ちなみに、回答権は一回だけ。さあ、ルールは分かった?」
「分かりました」
三十秒以内に、二問のクイズをどちらとも正解する——第一ゲームとは違った意味で、かなりプレッシャーのかかるお題だ。雪音の方を見ると、彼女の額から汗が一筋伝っているのが分かった。
もし間違えれば、僕とともに彼女が死ぬ。
それはなんとしてでも避けたい。
自分だけなら消えたいと思うが、彼女を巻き添いにするのは本望じゃない。
「天沢さん、やっぱり」
雪音に死んでほしくない僕は、彼女にゲームを辞退するように言おうとした。けれど、彼女は僕の方を見て首を横に振る。彼女だって、いつかはゲームに参加してクリアしなければ生き残れないのだ。だからやらせてほしい。そんな決意に見えて、僕はもう何も口を挟めない。
どうか、彼女がこのゲームをクリアできますように。
このクラスでたった一人、僕はきみに、叶わない恋をしているから。
電気ウナギくんに指名をされて、心臓をぎゅっと掴まれたような心地がした。実はこのゲームのルールを説明されてから、僕は生き残る道を端から考えていない。
だって……だって僕は。
このクラスのいじめのターゲットであり、ずっとこの世界から消えたいと思って生きてきたのだから——。
「それでは皆さん、制限時間五分以内に皆木くんを救う、ゲームの参加者を決定してください。よーい、スタート!」
ピ、ピ、と電気ウナギくんのお腹のタイマーが時を刻み始める。僕が消えたいと思っているかどうかに関わらず、例外なくカウントダウンは始まっていく。みんなが周りを窺って視線をキョロキョロとさせているのが分かった。
「皆木——“ウナギ”を助けたいなんて思うやつ、いる〜? いたら出てこいよっ」
ねっとりとした声で一番に声を上げたのは武史だった。全員がサッと僕から視線を逸らす。誰も、何も言いたくないという反応だった。
「俺はもちろんパス! 誰が皆木なんかのために命賭けるかってんだ」
一樹も武史と同じように、ゲームに参加するつもりはないようだ。そうだろう。そうだと思っていた。
「そんな簡単に不参加を決めてしまってもいいのか? みんな、一度はゲームに参加しないと生き残れないんだぞ」
唯一、僕のいじめにいつも物言いたげな顔をしている真紘が反論の声を上げる。だが所詮真紘も、矢面に立って僕を守ってくれるようなことは、これまでに一度もなかった。
「それでも皆木を守ろうとは思えねえよっ。俺は別の誰かが人質になった時に参加するから」
「……そうか」
武史たちにこれ以上何を言っても無駄だと思ったのか、真紘が黙り込む。
——皆木、お前生きてるの辛いだろ? 消えた方がましって思わねえのか。
——よく学校来れるな。
ぐわん、ぐわんと、いつどんなときにでも僕の頭を支配するのは、武史をはじめ、クラスメイトたちに投げつけられてきた泥水のようなどす黒い言葉だ。僕の心はいつだって、誰かのサンドバッグ。殴られ、蹴られ、時に言葉だけでない嫌がらせの数々をされてきた。消えたいと思わない方が、おかしいというのに。
僕がいじめられる原因は、ただ僕がみんなのストレス発散の捌け口にちょうど良かっただけ。人生ってそんなもんだろ? 一挙手一投足に、常に誰かを納得させられるだけの理由を持ち合わせているわけではないってこと。
「誰もいないなら、だったらもう一回俺が——」
罪悪感に押しつぶされそうになったのか、第一ゲームに参加した真紘が正義感を振りかざす。やめておいた方がいいよ。きみは、僕なんかのために闘う必要はない。一度ゲームをクリアしているのだから、もう一度命の危険に晒される必要はない。そう、彼に向かって口を開きかけた時だ。
「私がやります」
すっと、視界の端で手が伸びた。ぎょっとしてその人の方を見やる。
僕の視線の先では、凛としたまなざしで手を挙げる天沢雪音の姿があった。
このゲームが始まってから、彼女は今まで一度も声を上げていなかった。あまりの恐怖で言葉を発せなくなっているのかと思っていたが、今の冷静な表情を見ると、違うと分かる。彼女はずっと、一人きりで考えていたのだろうか。一ヶ月もの間登校することもなかった教室で、一ヶ月もの間会うこともなかったクラスメイトたちと死のゲームに参加させられて。一人、生き残る道を冷静に考えていたのかもしれない。
「天沢? あんた大丈夫なの?」
先ほど人質として難を逃れた春香がつっこみを入れる。雪音は、「はい」と小さく頷いた。
「失敗しても知らないわよ」
春香はこの場にいる全員のことが——いや、おそらく真紘を除く全員のことが気に入らないのか、刺々しい態度を貫いている。そんな春香には構わずに、雪音は僕をまっすぐに見つめた。
「大丈夫、任せて」
その瞳があまりに美しく、こんな時なのにどうして彼女は綺麗なんだろうかと純粋に気になった。いや、こんな時だからこそ、余計綺麗に見えるのかもしれない。もともと眉目秀麗な彼女だ。命が散るかもしれないという瞬間に、彼女の咲かせている花は、陽の光に向かって大きく伸びをしているようだった。
「はい、第二ゲームの参加者は天沢雪音さんでいいですね? それでは、第二ゲームの説明をします。第二ゲームは、『クイズ! 三十秒以内に答えてね』です」
「今度は運ゲーじゃないんだな。全部運ゲーかと思ってたんだけど」
武史が文句を垂れるように言う。確かに、彼の言うとおりゲームには一貫性があるのかと思っていたが、そうでもないらしい。
「誰も、すべて同じようなゲームとは言ってないよ? 詳細を説明するね。今からワタシが、クイズを二問出します。どちらも三十秒以内に答えて正解したらクリア。どちらか一つでも答えられなかったらアウト。ちなみに、回答権は一回だけ。さあ、ルールは分かった?」
「分かりました」
三十秒以内に、二問のクイズをどちらとも正解する——第一ゲームとは違った意味で、かなりプレッシャーのかかるお題だ。雪音の方を見ると、彼女の額から汗が一筋伝っているのが分かった。
もし間違えれば、僕とともに彼女が死ぬ。
それはなんとしてでも避けたい。
自分だけなら消えたいと思うが、彼女を巻き添いにするのは本望じゃない。
「天沢さん、やっぱり」
雪音に死んでほしくない僕は、彼女にゲームを辞退するように言おうとした。けれど、彼女は僕の方を見て首を横に振る。彼女だって、いつかはゲームに参加してクリアしなければ生き残れないのだ。だからやらせてほしい。そんな決意に見えて、僕はもう何も口を挟めない。
どうか、彼女がこのゲームをクリアできますように。
このクラスでたった一人、僕はきみに、叶わない恋をしているから。