消えたい僕のラストゲーム

 目の前でまた、二つの命が散っていった。
 致死量の電流が流れて、折り重なるようにして倒れ込んだ二人。傍目で見ると恋人同士のようにも見えるが、二人の間には恋人にはない別の絆があるような気がした。
「さて、残りは皆木くんと天沢さんだけになってしまったね〜。第六ゲーム、人質はもちろん天沢さんだけど、心の準備は大丈夫?」
 静寂が包み込む教室の中で、電気ウナギくんがそう尋ねてきた。
 私はゆっくりと深く頷く。聖くんは——何か、物言いたげなまなざしを電気ウナギくんに向けていた。
「……ここで僕が参加しなければ、二人とも死ぬことになるよね?」
「ん、今更どうしたの? そりゃ、もしきみが参加しなければこのターンでは天沢さんだけが失格になって、その後、結局ゲームに参加できなかったきみもお陀仏だね」
「……だよね。じゃあ、僕は絶対に参加するしかない。成功するか失敗するか分からないけれど、五十%の確率で、天沢さんは生き残ることができるから」
「そうだよ。勝ったらきみも、生き残れる」
「良かった。僕はともかく、天沢さんには生きてほしいから、ゲームに参加するよ」
 どうしてか、切なげな表情を浮かべている聖くんを見て、私の胸は疼いた。
「聖くん——」
 彼の名前をそっと呼ぶ。
 頭の中で初めて彼に出会った時のことが、走馬灯のように駆け巡る。
 彼と出会ったのは一年前、私が通っている病院の廊下だった。

——これ、落ちましたよ。

 廊下を歩いていると、不意に声をかけられた。振り返った先にいたのが、皆木聖——彼だった。
 彼は私の方に右手を差し出していた。その手には向日葵の刺繍が施されたバレッタが握られていて。私は思わず「あっ」と声を上げた。

——ありがとうございます。落としたの、気づかなくて。

——いえ、とんでもないです。大事なもの……なの?

 私の見かけからして、同じぐらいの年齢だと悟ったのか、早速砕けた口調で話してくる彼が可愛らしかった。

——はい。お母さんの、形見なんです。だからずっとお守りみたいに持ってて。失くしたらショックで寝込んじゃうところでした。

 へへ、と笑って答えると、彼は「そっか」と呟く。

——それじゃあ、気づいて良かった。お母さんの大事なものを、大切に持っておくって、素敵なことだね。

 にっこりと微笑んで、バレッタを私の手に握らせてくれた彼の手の温もりを、私は未だに覚えている。
 退院して、高校二年生になり、彼が同じクラスにいると知った時にはとても驚いた。彼の方も私のことを覚えてくれていたようで、お互いに目を丸くして、自己紹介をした。

——天沢雪音さん、綺麗な名前だね。僕は皆木聖。よろしく。

 さわやかに微笑んだ彼は誰よりも紳士的で、病院での出来事もあいまって、私はずっと聖くんのことが気になっていた。
 放課後に二人だけで話をして、聖くんが心の優しい男の子であることは十分に理解することができた。彼に持病のことを打ち明けると、「天沢さんに絶対に大丈夫」と励ましてくれたことがとても心強くて。私はますます、彼に惹かれていった。
 けれど、聖くんは。
 少しばかり頼りない風貌のせいか、クラスでいじめられる羽目になってしまって。
 彼へのいじめに気づいたとき、私は精一杯彼を守ろうとした。けれど、私の行く手を阻んだのは、貴田さんを始めとする、一軍女子と呼ばれる女の子たちだ。

——天沢さんは、皆木なんか相手にしないよね? すっごく綺麗だし、皆木といたら格が下がるよ。

 それは、ある意味私への嫌がらせの言葉だったのかもしれない。
 皆木といたら格が下がる。
 そんなふうに言われて、私は黙っていられなかった。

——そんなこと、気にしないよ。それより私は聖くんと——。

 話がしたい。
 そう言いたかったのだが、その瞬間、身体中を締め付けるような痛みに襲われて、倒れた。
 その日から頻繁に病院に通わざるを得なくなり、つい一ヶ月前にはとうとう入院を余儀なくされた。
 私は聖くんを守ることができないまま、彼に会うこともままならなくなって。
 気づいたら今ここにいる。
「はい、本人が同意したので、早速第六ゲーム——ラストゲームを開始します。第六ゲームはこれ、じゃじゃん! 『30ゲーム』です〜!」
 30ゲーム。
 初めて耳にするゲームの名前だ。だが、聖くんは知っているのか、神妙な顔で電気ウナギくんの顔を見つめている。
「『30ゲーム』は、お互いが交互に、1から順番に三つまでの数字を言い、最後に30を言った方が負けになるゲームです! たとえば先攻の人が1、2、3と言ったら、次の人は4から3つまでの数字を答えます。4だけでもいいし、4、5でもいい。4、5、6でも大丈夫。とにかく一回のターンで言えるのは三つの数字のみ。もちろん、数字を飛ばすのはなし。最後にやむを得ず30を言った方が負けになります」
 一見複雑そうなルールかと思いきや、シンプルな内容だった。どうやら運で勝敗が決まるゲームではなさそうだけど……初めてこのゲームの存在を知った私は、どうやったら勝てるのか、見当がつかない。
「……聖くん、大丈夫?」
 私は心配しながら彼に問う。聖くんは私の顔を見て、「ああ」と頷いた。
 何かを諦めているような、決意しているような、どこか達観した眼差しだった。
「ルールを分かってもらえたところで、じゃあ始めまーす!」
「ちょっと待って。先攻・後攻はどうやって決める?」
「うーん、そうだね。まあここはラストゲームのサービス(・・・・)として、きみが決めていいよ、皆木くん」
 電気ウナギくんがそう言った時、なぜか聖くんは驚きに目を大きく開いていた。
「それなら……先攻で」
「おーけー。じゃあ皆木くんから、どうぞ!」
 電気ウナギくんがあっさりと先攻を譲った。聖くんの表情がキリッと引き締まる。そして、ゆっくりと口を開いた。
「1」
 彼が「1」だけを宣言する。最初から1で止めたのは少々驚いた。私なら何となく、二つか三つまで数字を言ってしまいそうだったから。
「2、3、4」
「5」
「6、7」
「8、9」
 リズムよく、二人が数字を刻んでいく。聖くんが物怖じしないせいか、電気ウナギくんの表情が次第に楽しそうにニタリと歪んでいくのが分かった。
「10」
「11、12、13」
「14、15、16」
「17」
「18、19」
「20、21」
 あまり迷うことなくあっさりと20を超えてしまう。本当に大丈夫なの……? 私は不安を覚えたけれど、その不安はすぐに解消された。
「22、23、24」
「25」
「あ——」
 聖くんが「25」と言った瞬間、私は彼の勝利を確信してしまった。
 次のターンで、電気ウナギくんは26〜28までの数字を言うことになる。だが、どこで数字を止めたとしても、聖くんはその次のターンで「29」までの数字を言えばいい。
 つまり、聖くんが最後に「29」と宣言すれば、その次に電気ウナギくんは「30」を言わざるを得なくなるのだ。
 もしかして聖くんは最初からそれを分かってた……?
「26」
「27、28、29」
 勝利を確信した聖くんがそこで息を止めた。
「30——」
 電気ウナギくんの高い声が教室に響き渡る。と同時に「おめでとう〜!」という場違いな明るい声が、彼の口から漏れ出た。
「皆木聖くん、ゲームクリアです! ちょっと簡単だったかな〜。まあ、知ってる人は知ってる必勝法を使ってるみたいだったから、このゲームに当たったきみは運が良かったね」
 やっぱりそうなんだ。
 この「30ゲーム」には必勝法があった。
「最後のターンで自分が『29』を言えば、相手は必ず『30』と言わざるを得なくなる。逆算していけば、毎ターンどの数字で止めるか(・・・・・・・・・)だけを考えていれば、必ず僕は最後に『29』を言うことができた。その数字は、1、5、9、13、17、19、21、25だ。ただし、最初のターンで先攻(・・)になって、『1』で止めなければ成功する確率は下がる。もっとも、後攻でも途中で修正して5、9……で止められれば大丈夫だった。でもそれも、相手が同じように必勝法を知っていれば使えない手だ。電気ウナギくんは必勝法を知ってるはず——だから、先攻を譲ってくれた時はびっくりした」
 聖くんの言い分を聞いて私は納得した。
 だから彼は、先攻・後攻を決めた際に目を見開いていたんだ。
「ラストゲームくらい、きみに花を持たせてあげようと思ってね。でもよく知ってましたね〜必勝法」
「それは……ちょっと前に、クラスのやつらとやらされたことがあったから。負けたのが悔しくて、どうやったら勝てるのか、研究したんだ」
 聖くんの顔に翳が差す。
 そうか……そういうことだったの……。
 聖くんの言う「クラスのやつら」というのは多分、大村くんたち、つまり聖くんに嫌がらせを繰り返していた人たちに違いない。これは想像だけれど聖くんは彼らにこのゲームを仕掛けられて、負けたら罰としてまた嫌がらせをされていたのではないか——そんなふうに想像すると、やるせなさに胸が軋んだ。
 でも結果的に、その時の経験が今に活きた。
 逆に言えば、大村くんたちがもし「30ゲーム」をしていたら、彼らはあっさりゲームをクリアしていたかもしれないということ。
 今このタイミングで「30ゲーム」が選ばれたのは、何か意味がある気がしてならなかった。
「なるほどなるほど。経験が活きて良かったね。それじゃあ、最後のゲームをクリアした皆木くんと天沢さんは二人とも生き残り決定です! 本当におめでとう。最初に説明したルール通り、二人の願いを何でも叶えてあげます〜!」
 これまでのデスゲームはなんだったのかと思うほど、電気ウナギくんは嬉々とした表情で「僕たちの願いを叶える」と宣言した。
 僕は天沢さんの顔を見つめて、じっと考えた。
 ゲームを終わらせることに必死で、最後の願いのことなんて頭からすっぽりと抜けていたのだ。そもそも僕は最初からずっと、この世界から消えてしまいたいと願いながらゲームを続けていた。だが最後のゲームだけは絶対に勝ちたいという気持ちが強かった。それは、他ならぬ彼女のためだ。
 僕はともかく、彼女をここで無慈悲に死なせるわけにはいかない。
 ならば僕はゲームに勝つしかない。
 その一心だったのだ。
 最後の願い——僕自身のことを考えるならば「消えたい」と言うだろう。
 でも、第二ゲームで僕を救ってくれて、第六ゲームで僕が救った女の子のことを、どうしても思わずにはいられない。
 僕は……僕は。
「聖くん、ごめんなさい。今まで私、聖くんに言ってなかったことがある」
 突然、彼女が口を開いた。願い事を言うのかと思っていたので、僕に向けられた謝罪の言葉に心臓がドキリと跳ねる。
「このゲームが始まったのは、私のせいなの」
「——え?」
 彼女の意味深な言葉に、僕の思考は硬直していた。
「私、ここ一ヶ月の間ずっと病院にいて……。主治医の先生に言われてたの。『もう学校には戻れないかもしれない』って。私の命、あと三ヶ月くらいでなくなっちゃうんだって」
「嘘だろ……」
 彼女が生まれつき心臓に病気を抱えていることは知っていた。二年生になったばかりの頃、同じクラスになった彼女から聞いたのだ。もともと僕らは病院で出会った。僕はその時、胃腸炎で病院にかかっていたのだが、家の近くの病院が総合病院だったので、胃腸炎で訪ねるには少々大袈裟な病院に行っていた。
 母親の形見だという大切なバレッタを落としてしまった彼女が、ありがとうと優しく微笑んだ時、僕は彼女に——恋に落ちてしまったんだ。
 そんな彼女が、余命三ヶ月だなんて。
 さすがにびっくりして、心臓が飛び出そうになった。
「本当なの。もうずっと覚悟はしてたことなんだけどね。それで余命宣告をされた日の夜、夢を見たの。……“何でも願いを叶えられるならきみはどうしたい”って、神様に、いや、悪魔に言われる夢。それで私は冗談半分で思った。最後に学校に行きたいって。でも、ただ学校に行くだけなら時間の無駄かもって思って、聖くんのことを救いたいって、願った。そして連れてこられたのがこのデスゲームの世界だったの。メンバーを見た瞬間、ああそうかって分かって。聖くんのことを救うために、聖くんのいじめに加担してたメンバーを集めて、彼らを消していくゲームをするんだって理解した。やっぱりあれは神様じゃなくて悪魔だったんだね。みんなを殺したのは、私だよ。私がみんなを殺したようなもん」
 半ば信じがたい話を聞いて、僕は驚きで言葉が出てこない。けれど、彼女が嘘をついているようには見えない。それに、突然始まったデスゲームについて理解するのに、彼女の言い分は納得がいくものだった。
「そう、だったんだ。驚いたよ。でも最後のは違うでしょ。みんなを殺したのは私だっていうところ。このゲームを開始したのはあくまで電気ウナギくん——いや、きみの夢に出てきた悪魔だ。少なくとも僕は……きみに救われたと思う」
 ゲームの最中に、普段は大人しい彼女が他のメンバーの前で僕を擁護する発言をしてくれたこと。
 僕が人質になった時、必死に救おうとしてくれたこと。
 僕は——僕のことをひとりの人間として尊重してくれる彼女に、このゲームの中で救われたのだ。
「正直私、自分の命はもうどうでも良かった。どうせあと三ヶ月で尽きる命だから。でも聖くんにだけは生きてほしかった」
 彼女の瞳から一筋の涙がこぼれ落ちる。
「本当は私、怖かったんだ。第五ゲームで貴田さんに歯向かったとき。彼女は教室の女王様だったから。怖くて仕方なかった。でも私は、聖くんの味方だって分かって欲しくて、あんなふうに柄にもない喧嘩みたいなことしてた。私のこと、あれで嫌いになったかなってちょっと不安だったの」
「そんなことない。勇気を出して闘ってくれてありがとう」
 彼女が恐怖心を乗り越えて、このゲームの中で僕の「敵」と口論を繰り広げてくれたことが分かり、僕の胸にすっと一つの決心がついた。
「電気ウナギくん。願い事が決まった」
「ほう、やっとだね。お金? 地位? 成績? それともきみが最初から願ってた“消えたい”っていう願い?」
「どれも違う。彼女を——天沢雪音を救ってほしい。彼女の病気を治してくれ」
 僕が願いを口にした途端、彼女の目は弾かれたように大きく見開かれた。
「そ、そんなことで……いいの? もっと自分のことに願った方が——」
「いや、これでいい。今僕が消えたいって思わなくなったのはきみのおかげだから」
「聖くん……ありがとう」
 天沢さんの頬が先ほどから涙に濡れている。そして、心から嬉しそうに微笑んだ。
「皆木くんの願い、了承しました! それで、天沢さんの方は? 何を願う?」
「私、私は——」
 彼女が願い事を口にすると、電気ウナギくんは「了解しましたー!」と高らかに返事をした。
 その刹那、僕たちはまばゆい光に包まれて、お互いの顔が見えなくなる。
 電気ウナギくんの丸いフォルムが最後に視界から消えて、僕の意識はそこで途切れた。
 教室では、明日本番を迎えようとしている文化祭に向けて、クラスが一致団結をして準備をしている。私たち二年二組の出し物は「本格珈琲喫茶」だ。学校最寄りの珈琲焙煎所の店主と相談して、お手軽な値段で本格的な珈琲を楽しめるように手配した。
 文化祭の実行委員の私と聖くんで力を合わせて今日まで頑張ってきた。
「いよいよ明日だね、文化祭。今日まで楽しかったな」
「まだまだ本番はこれからなのに、もう終わったみたいに言わないでよ、天沢さん」
「えーだって、最近ずっと身体の調子がいいし、学校行事が楽しくて仕方がないの」
「そっか。病気、本当に治ったんだっけ? 良かったね」
「うん!」
 放課後に一緒に下校をする私たちの間の距離は、三十センチほど。もし文化祭が成功したら、彼に気持ちを伝えたい——そんなふうに決意してるなんて、あなたは知らないでしょうね。

『聖くんから、デスゲームの記憶を消してほしい。お願いします』

 私があの日、電気ウナギくんに向かって願ったことはそれだった。
 聖くんはあの忌まわしいゲームの記憶がなくなり、私は聖くんのおかげで長年悩まされてきた心臓の病が快方に向かいつつある。医者からは奇跡だと言われた。それもそのはずだ。だってこれが奇跡でなくて、なんだと言うんだろう。
 自分の記憶からデスゲームの記憶を消さなかったのは、亡くなってしまったみんなのことをずっと覚えているため。私が冒した罪を、忘れないため。それが彼らへのせめてもの贖罪だと思った。
 亡くなったメンバーは、世間では集団で不慮の事故に遭ったことになっていた。
 クラスは一時騒然として、暗い空気に包まれていたが、担任の池口先生の尽力により、三ヶ月経って何とか明るい雰囲気を取り戻すことができた。そもそも亡くなったメンバーについて、聖くんのことで良く思っていなかった人も多かったのも要因だろう。
 今、聖くんをいじめる人はこのクラスにはいない。
 全員が聖くんのいじめを見過ごしていたことを反省し、誰も傷つかないクラスになるように一致団結している。
「あのさ……文化祭が終わったら、ちょっと話したいことがあるんだ」
 聖くんがすっと瞳を伏せながら恥ずかしそうに言った。ドキリとした私はその場で立ち止まる。
「うん、私も」
 三十センチの距離がなくなるまで、あと少し。
 ねえ聖くん、もう消えたいなんて思わないでね。
 太陽が沈んでいく街で二人分の影を見つめながら、私は互いの呼吸を確かめ合っていた。

【終わり】

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