教室では、明日本番を迎えようとしている文化祭に向けて、クラスが一致団結をして準備をしている。私たち二年二組の出し物は「本格珈琲喫茶」だ。学校最寄りの珈琲焙煎所の店主と相談して、お手軽な値段で本格的な珈琲を楽しめるように手配した。
 文化祭の実行委員の私と聖くんで力を合わせて今日まで頑張ってきた。
「いよいよ明日だね、文化祭。今日まで楽しかったな」
「まだまだ本番はこれからなのに、もう終わったみたいに言わないでよ、天沢さん」
「えーだって、最近ずっと身体の調子がいいし、学校行事が楽しくて仕方がないの」
「そっか。病気、本当に治ったんだっけ? 良かったね」
「うん!」
 放課後に一緒に下校をする私たちの間の距離は、三十センチほど。もし文化祭が成功したら、彼に気持ちを伝えたい——そんなふうに決意してるなんて、あなたは知らないでしょうね。

『聖くんから、デスゲームの記憶を消してほしい。お願いします』

 私があの日、電気ウナギくんに向かって願ったことはそれだった。
 聖くんはあの忌まわしいゲームの記憶がなくなり、私は聖くんのおかげで長年悩まされてきた心臓の病が快方に向かいつつある。医者からは奇跡だと言われた。それもそのはずだ。だってこれが奇跡でなくて、なんだと言うんだろう。
 自分の記憶からデスゲームの記憶を消さなかったのは、亡くなってしまったみんなのことをずっと覚えているため。私が冒した罪を、忘れないため。それが彼らへのせめてもの贖罪だと思った。
 亡くなったメンバーは、世間では集団で不慮の事故に遭ったことになっていた。
 クラスは一時騒然として、暗い空気に包まれていたが、担任の池口先生の尽力により、三ヶ月経って何とか明るい雰囲気を取り戻すことができた。そもそも亡くなったメンバーについて、聖くんのことで良く思っていなかった人も多かったのも要因だろう。
 今、聖くんをいじめる人はこのクラスにはいない。
 全員が聖くんのいじめを見過ごしていたことを反省し、誰も傷つかないクラスになるように一致団結している。
「あのさ……文化祭が終わったら、ちょっと話したいことがあるんだ」
 聖くんがすっと瞳を伏せながら恥ずかしそうに言った。ドキリとした私はその場で立ち止まる。
「うん、私も」
 三十センチの距離がなくなるまで、あと少し。
 ねえ聖くん、もう消えたいなんて思わないでね。
 太陽が沈んでいく街で二人分の影を見つめながら、私は互いの呼吸を確かめ合っていた。

【終わり】