拝啓、やがて星になる君へ

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高校生活三日目の授業を終え、放課後。

 「星乃くん!」

 もはや聞き慣れてしまった声で名前を呼ばれた。一応礼儀として振り返ると、またもや風間さんが笑顔で立っている。昨日紹介された花部さんと、もう一人、名前を知らない背の高い男子生徒を横に従えていた。

 「創ろうよ、文芸部! 今日は部員になってくれるって人がまた一人増えたんだよ。ほら、()()(たに)(けい)(すけ)くん。男子の仲間がいれば星乃くんも入りやすいでしょ?」

 名前を出された男子生徒が一歩前に出て、僕を正面から直視する。視線がぶつからないよう、僕は彼のネクタイの結び目を見た。

 「お前、初日の自己紹介の時に印象に残ってるぞ。『短い間ですがよろしく』って言ってたやつだろ? 誰とも仲良くなる気がないのが見え見えでウケたわ」

 短く刈られた髪に、黒く日焼けした肌。僕と正反対の、(きっ)(すい)のスポーツマンであることが、制服を着ていてもその体格のよさから分かる。運動系の部活に入ればいいのに、どうして文芸部の設立になんて協力しようとしているのだろう。

 風間さんが彼に負けじと僕の方に一歩近付く。さらりと揺れる髪が僕の頬に当たりそうなほどの近すぎる距離に、僕は思わず一歩後ずさった。

 「さあ、メンバーは揃ったよ、星乃くん。私と一緒に、文芸部を創ろうよ」

 「だから、何度も言ってるように僕は――」

 「お前さぁ」

 僕の言葉を遮るように、八津谷が言った。

 「女子がこんだけ頼んでるんだから、ちったあマジメに話聞いてやれよ」

 僕は既に何度も断っている。話を聞かないのはそちら側じゃないか、という不満は静かに呑み込んだ。

 これまでおどおどと様子を窺っていた花部さんも、切実な表情で僕に言う。

 「あ、あたしも、文芸部ができたら嬉しいから、星乃くんが入ってくれたら、嬉しい、かも、です」

 「ほら、みんなが星乃くんを必要としてるんだよ。あとはきみが勇気を出して一歩を踏み出すだけだよ」

 風間さんが優しく微笑んでそう言い、僕に向けて右手を差し出す。この手を取れということだろうか。別に勇気が出なくて躊躇(ためら)っているわけではないんだけれど。

 「……一つ、質問してもいいかな」

 僕の言葉に、風間さんは目をキラキラさせた。

 「もちろんだよ、なんでも訊いて! 部の活動内容とか、目標とか?」

 「部活を創るために人数が要るのなら誰でもいいでしょ。僕なんかよりも、もっと協力的で友好的な人は沢山いると思う。他のクラスにも、別の学年にもね。これが一番不思議なんだけど、どうしてそこまで僕にこだわるのさ。僕は(おも)(しろ)いキャラでもないし、もうご存じだろうけど不愛想で非協力的だよ」

 「え、そ、それは、ほら、星乃くんっていつも本読んでるから、文芸部が似合いそうだなーっていうか、なんかこう、一緒に部活してる未来の光景が目の前に浮かんだっていうか……」

 しどろもどろになっていく言葉をごまかすように彼女は一つ(せき)(ばら)いをし、怒ったような顔になって右手の人差し指をビシリと僕に向ける。

 「とにかく! きみが文芸部に入ることは決定事項なんだからね! 何度断られようと、毎日毎日誘いに来るからね。入部しない限り、それはもううんざりするような騒がしい放課後が、卒業するまで延々と続くんだからね! それでもいいの!?」

 「勘弁してよ……」

 「絶対に楽しい部活にするって約束するし、私、頑張るから……ね、お願い」

 今度は哀切な表情で目を潤ませて訴えてくる。ころころと感情が変わる忙しい人だ。八津谷も、花部さんも、黙って僕をじっと見て無言の圧力をかけてくる。

 誰とも繋がりを持たなければ、傷付くこともない。でも拒絶し続ける限り、この人は僕に付きまとうのだという。なんて迷惑な人に目を付けられてしまったのだろうと、僕は大きくため息をついた。

 名前だけでも入部して、さっさとこの勧誘を終わらせた方がいいかもしれない。部活ができたら風間さんも満足して落ち着くだろうし、僕は何か理由を付けて活動には参加せず、時期を見て退部すればいい。

 「……分かったよ。文芸部創りに協力する」

 泣き出しそうになっていた風間さんの表情がみるみるうちに嬉しそうな笑顔に変わっていく。それを見て、雨上がりに蕾を開く花みたいだと、僕は思った。

 「ホント!? やったあ、嬉しい! ありがとう!」

 本当に嬉しそうに、飛び跳ねるように喜んでいる。花部さんに抱きついて、八津谷とハイタッチをした。ちょっと大げさすぎやしないだろうか。

 風間さんは少し目元を拭ってから、僕の方に向き直る。

 「じゃあ、改めてこれからよろしくね、星乃勇輝くん」

 さっきもやったように、右手を差し出してきた。僕はその手を握らない。触れてしまえば、僕と彼女との接点が増えてしまう。そんなの、望んでいない。

 だから代わりにこう尋ねた。

 「部活として活動するなら、顧問とか、部室とか決める必要があると思うけど、その辺はどう考えてるの?」

 風間さんは僕に向け伸ばしていた腕を引っ込めて、思案するように腕組みをした。

 「実は顧問はもう決めてるし、メンバーが揃ったらやってもいいって、話もついてるんだ。部室は……空き教室がないか訊いたんだけど、ちょうど全部埋まっちゃってるみたいなんだよねえ」

 「マジかよ、どうすんだよそれ」と八津谷が言った。花部さんも不安そうな顔で風間さんを見る。

 「まあまあ、校内に部室がなきゃ部活ができないってわけじゃないし、なんとかなるでしょ! とりあえず先生に報告して、文芸部設立の手続きしてくるね!」

 そう言うと彼女は風のように駆け出した……かと思うと、教室の出口付近で急ブレーキをかけ、僕たちの方を向く。

 「あ、部長は私だからね! 異論は認めません!」

 「誰もそこに異論なんかねえから、心配しないで行ってこい」と八津谷が言い、早く行けというように手をひらひらと動かした。風間さんは嬉しそうにニヘリと笑って続ける。

 「今日は手続きとか時間かかるかもしれないから、本格的な活動は明日からにしよっか。そういうわけで最初の部長命令。三人で親睦を深めててください!」

 そして廊下に飛び出し、その姿はすぐに見えなくなった。

 「……だとさ、どうする?」

 八津谷の言葉に、花部さんはびくんと体を硬直させ、(すが)るようにこちらを見た。僕はその視線を無視すると、机に置いてあるバッグを持ち、肩にかける。

 「帰るよ」

 「話聞いてなかったのか? 親睦を深めろっつう部長命令が出ただろ」

 「僕は別に、君たちと仲良くするつもりはない。部活の設立にどうしても人数が要るっていうから渋々参加しただけ」

 「お前、感じワリぃな」

 「その通りだよ。だから僕と親睦を深めたっていいことなんか何もない。君たちが仲良くなることまで止めるつもりはないから、勝手にどうぞ」

 それだけ言って、二人に背を向けて歩き出す。後ろの方で八津谷の舌打ちや、何か文句を言う言葉が聞こえたけれど、全て心からシャットアウトした。