拝啓、やがて星になる君へ

 帰宅すると、唯一の家族である祖父は出かけているのか、家の中はガランとして静かだった。築百年ほどの古びた平屋に、春の()んだ風が優しく吹き抜けていく。

 鞄を畳の上に置き、制服のまま縁側からサンダルを履いて庭に出る。約十メートル四方の小さな庭だけれど、小高い丘の上にぽつんと建てられた家だから、視界を邪魔するものがなく、空が広く見える。小さな子供の頃、僕はこの庭が好きだった。

 その庭の中央には今日も、一メートルほどの高さの黒灰色の岩が、二つ並んで立っている。軽石のようなゴツゴツとした質感で、陽の光を受けて金属にも似た淡い光沢を放っている。その岩の前に立ち、僕は声をかける。

 「姉さん、母さん、ただいま。今日、高校の入学式だったよ」

 この岩は、〝(ほし)(づか)〟と呼ばれている。(せい)()(しょう)患者の症状が最終段階に至った後に残されるものだから、星化症によって亡くなった人たちの墓標のように捉えられている。

 人体の一部が徐々に石のように硬化し、それが次第に全身に拡がっていく病、〝星化症〟。

 硬化した箇所は夜になると、まるで夜空の星のように淡く光る。発症すると三か月ほどで最終段階に入り、全身が硬化した後、一筋の光になって流星のように空に昇ることから、その病名が付けられたらしい。

 感染性はなく、発症の原因は不明で、治療方法も皆無。発症率は十万人に一人で、うちのように家族が二人、立て続けに発症することは、非常に(まれ)、だそうだ。

 「入学初日から騒がしい女子に話しかけられてさ、文芸部を創ろうなんて突然言われて、驚いたよ。まあ、すぐに断ったんだけど……」

 姉さんが、母さんが、今も生きていたら、どんな風に答えただろうか。断るのが早すぎだと笑うだろうか。女の子には優しくしなさいと怒るだろうか。僕には分からない。だってもう、二人は話さない。笑わない。怒りもしない。

 胸の辺りがキリキリと痛み出したので、星塚に背を向けて自室に戻り、本を読んで過ごした。