拝啓、やがて星になる君へ

 その日は授業はなく、教科書の配布や高校生活における注意事項なんかを聞かされて、昼前には下校となった。騒がしくなった教室の中で鞄を持ち、帰ろうとすると、突然後ろから名前を呼ばれた。

 「きみ、星乃勇輝くん、だよね?」

 振り返ると、先ほどの自己紹介の時間で「見つけた!」と声を上げた女子生徒だった。何やら(うれ)しそうに満面の笑みを(たた)えている。

 「そうだけど……何か用?」

 「もちろん用があるから声をかけたんだよ。ところで、私の名前、知ってる?」

 入学初日で名前を覚えたクラスメイトなんて一人もいないし、覚えるつもりもなかった。

 「……いや、ごめん」

 「まったく、自己紹介を聞いてなかったな? じゃあ改めて言うからよく聞いて、今、ちゃんと覚えてね。私は、(かざ)()(なつ)()。オッケー? リピートアフターミー!」

 「え?」

 「風間、夏美!」

 突然のことに戸惑うが、彼女の勢いと笑顔に気おされ、渋々その名を復唱する。

 「……かざま、なつみ」

 「そう! よろしくね、星乃くん!」

 「よろしく。じゃ、さよなら」

 背を向け歩き出した僕のショルダーバッグを彼女に(つか)まれ、危うく首が絞まりそうになる。

 「ちょっとちょっと、用があるって言ったじゃん! なんで帰ろうとするの!」

 「じゃあその用を早く言ってよ……」

 向き直ると、彼女は嬉しそうに微笑み、誇らしげに胸を張って、言った。

 「星乃くん、私と文芸部を創ろう!」

 「ごめん、他を当たって」

 それだけ答えると(きびす)を返し、歩き出す。

 「即答すぎるでしょ!」

 彼女は僕の後ろについて歩きながら、話しかけるのをやめようとしない。

 「ねえ、楽しいよ、部活。青春といえば部活、部活といえば青春。学生の今だけしか経験できないことだよ。熱い友情、(ほとばし)る情熱、流れる汗……は文芸部にはないかもだけど、感動で流れる涙ならあるかもね!」

 下駄箱で外靴に履き替え、振り向かずに言う。

 「興味ないから、他の人に声をかけた方がいいよ」

 「むう、頑固だなあ」

 校舎を出て校門を通る時、ふと気になってちらりと振り返ったけれど、さすがに諦めたのか風間さんの姿はなかった。

 ……名前、覚えてしまったじゃないか。すぐに忘れないと。