拝啓、やがて星になる君へ

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 司書教諭でもある顧問の岩崎先生の特権も借りて、文化祭での文芸部の出店は、図書室を使わせてもらえることになった。文化祭期間中は休憩スペースとして一般客にも図書室が開放されるため、人の出入りは多く見込める。そのメリットは大きい。

 正直、実績もなく部員も四名しかいない弱小で地味な文芸部が、どこかの教室を借りて単独で展示をしたとしても、ほとんどの人はなかなか足を運んではくれないだろう。だから休憩を目的にやってきた人に、ついでとして文芸部の存在を認識してもらえるのは、願ってもない集客効果と言える。

 その図書室を文芸部仕様に飾り付けて、無料配布の冊子に興味を持ってもらい、休憩ついでにその場で読んでもらったり、持ち帰ってもらう。

 「話し合ってこういう方向に決まったけど、さて、どんな飾り付けをしようか」

 いつもの文芸部臨時出張部室――要するに僕の家の書斎で卓袱台を囲み、夏美がそう言って部員の顔を見渡す。花部さんが小さく手を挙げた。

 「あ、あの、やっぱり、文芸部らしさを出したいなって思います。あたし、原稿用紙の見た目が好きで……淡い色の四角いマスが整然と並んでて、中央にある(ぎょ)()もアクセントでかわいくて。だから、どこかに原稿用紙のデザインを使いたいなって思ってます」

 「ギョビってなんだ?」と八津谷。

 「原稿用紙の真ん中にある、(ちょう)ネクタイみたいな形のあれです。用紙を二つ折りにする時の目安にするんですけど、昔は種類が色々あったんです。白抜きの白魚尾、黒塗りの黒魚尾は今も残ってるやつですね。黒塗りの中に花びらが描かれた花口魚尾がまたかわいいんですよ。で、作家や作品によって使い分けられていたみたいで――」

 「ああ分かった分かった、サンキュな」

 早口で語り始めた花部さんの話が長くなると思ったのか、八津谷は慌てて制止した。夏美がにこやかにうなずく。

 「うん、原稿用紙デザインってのは創作もする文芸部らしくていいよね。じゃあどこかに取り入れてみようか。他には何かアイディアないかな?」

 「文芸部らしさっつうんなら、この部屋に大量にある古めかしい本とか並べたら、それっぽい空気出そうじゃね?」

 八津谷の提案に、花部さんがぶんぶんと首を横に振る。

 「ダメダメダメです! ここにある本は歴史的価値があるものばかりで、不特定多数の手に触れる場所に置くなんて絶対ダメです! 文化祭には小さなお子さんとかも来るでしょうし、乱雑に扱われてページを破られたりしたらと考えるだけで、ああ……。本当はあたしがお預かりして適切な温度と湿度の部屋で管理したいくらいなんですから」

 「わ、悪かったよ。本への愛が深けえなぁ相変わらず」

 「まあ本に関しては、棚に本が沢山並んでる図書室でやるから、それだけで雰囲気はあると思うよ」

 言い終えた夏美は、真っ直ぐに僕を見た。「何か言わないの?」とでも言いたげな微笑みを浮かべるので、ぼんやりと考えていたことを言葉にする。

 「……冊子に載せる各自の作品にちなんだ展示をするのはどうだろう」

 「うんうん、例えばどんな?」

 「みんなそれぞれ、物語のメインテーマとか、キーアイテムとか、主要な要素が何かしらあると思うんだけど、それを現実に出現させるようなイメージかな……。例えば僕だったら、夏休みにみんなで海に行って、そこで見たザトウクジラから着想を得て物語を書いたんだ。だから、海からクジラが飛び跳ねるような演出の展示をして、冊子に興味を持ってもらうのはどうかな。四人いるから、それぞれ部屋の四隅を使って各自の世界観を表現すれば、図書室に来た人は物語の中に迷い込んだような気分になれるかもしれない」

 思っていたことをつらつらと語り終えてから反応を窺うと、みんな無言で僕を見てくる。どうやら変なことを言ってしまったようだ。

 「……と、思ったけど、まあ準備も大変だろうし、実現性は低いよね。今のは聞き流して……」

 「いやいやいや!」

 八津谷が卓袱台に両手をついて身を乗り出した。

 「星乃がめっちゃ的確なコメント言うから驚いてたんだって! なるほどなあ、部屋の一角にそれぞれ自分の物語の世界を出現させるなんて、おもしれえじゃねえか! 俺だったら野球モノだから、野球場っぽい雰囲気にして、ボールとグローブでも飾るといいかもな。あ、家にある野球盤を置けば家族連れとかに遊んでもらいながら興味を引けるかな……」

 八津谷は野球モノか。怪我をしなければ今頃甲子園を目指していたであろう彼の経験から描かれる野球ストーリーは、どんなものなんだろう。挫折の経緯から、書くのは苦しかったかもしれないけれど、彼にとって執筆が、野球に代わる新しい夢や希望になっていたらいい。

 考えるように顎に手を当てていた花部さんが続けた。

 「確かに準備は大変かもしれませんけど、その分視覚的なインパクトもあって、効果は大きそうですね。何より、楽しそうです! あたしだったら青春落語モノだから、()()っぽい空気を出してみようかな……」

 「ちょっと待て、花部から青春落語モノとか超意外なんだが! ってか青春落語モノってなに! それめっちゃ読みてえ!」

 「うふふ、冊子の完成までヒミツです」

 花部さんは、青春落語モノ……? 確かに意外だし、面白そうだ。彼女の言う寄席っぽい空気を出せたら、物語の内容に興味を持つ人も多いだろう。

 「うん、みんな賛成みたいだし、それでいこっか」

 夏美が手元のノートに書き込んでいく。