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 後日、いつもの部活時間が終わって、解散するみんなを玄関まで見送った。

 背中を見せてひらひらと手を振る八津谷、(りち)()にぺこりとお辞儀をして挨拶を言ってから歩き出す花部さん。

 そして風間さんは――なぜか靴も履かずに僕の隣に立っている。

 「……え、帰らないの?」

 「ふふふー」

 意味深に微笑んで近付いてくる彼女にたじろぎ、僕は後ずさる。

 「な、なに」

 「できたんでしょ?」

 「だから、何が」

 「勇輝の、初めての物語」

 昨夜、自室でちょうどそれを書き終えたところだった。初めは小説の執筆なんて自分にできるのだろうかと思っていたけれど、筆が乗ってくると楽しくて、物語の世界に自分も入り込んで感情移入して、終わってしまうことが寂しくも感じていた。そんなことは学校の休み時間でも、部活時間でも、話してなかったんだけれど。

 「なんで知ってるのさ」

 「真面目な勇輝のことだから、そろそろ終わったかなーと思って。ね、ね、読んでもいい?」

 「い、嫌だよ」

 「えー、どうして? 人に読んでもらうために書いたんでしょ?」

 「そりゃ、そうだけど……なんか、恥ずかしいというか」

 逃げるように一歩下がると、風間さんはそれ以上に距離をつめて顔を近付けてくる。

 「私ね、勇輝が初めて書いた物語、ずっと前から楽しみにしてたんだ。ずっとずっと、読みたいって思ってたんだよ」

 「なんでだよ。僕なんか。これまで書いたこともないのに」

 「私、知ってるんだよ。あなたがすごく繊細で、丁寧で、優しい物語を書くってこと。だから、私があなたの、最初の読者になりたい」

 彼女の匂いをふわりと感じるほどの近さで、囁くような優しい声で言われ、全身も、心までも、(しび)れたように動けなくなる。物語の中に閉じ込めて封をしたはずの初恋が、再び熱を持って体の内側を満たしていく。どうして、この人は――

 「……分かったよ。下手でも、笑わないでよ」

 「え、いいの? 嬉しい。すっごく嬉しい! 絶対笑ったりなんかしないよ!」

 飛び跳ねるように喜ぶ彼女を見て、ため息をついた。

 嬉しそうな風間さんを連れて、廊下を歩く。いつも部活は書斎に集まっていたから、自室に家族以外の人を入れるのは初めてだ。

 「おお、ここが勇輝の部屋かあ」

 「あんまりジロジロ見ないでよ」

 「あ、見られちゃ困るものがあるのかな? ベッドの下とか?」

 「い、いや、別に、そういうわけじゃないけど……」

 「ふふふっ」

 学習机の引き出しを開けて、原稿用紙の束を取り出す。

 一枚目の紙には、初めて書いた(しょう)(へん)小説のタイトルが書かれている。

 『星空に叫ぶラブソング』

 その文字が彼女の方を向くように持ち直して、差し出す。

 「うん、ありがとう」

 風間さんは真剣な表情で、宝物でも渡されるかのように両手で受け取った。

 「……言っておくけど、初心者が、手探りで書いたやつだから」

 「ううん」彼女は首を横に振った。「勇輝の第一歩になる、大事な物語だよ。しっかり読むね」

 椅子借りるね、と言って学習机の椅子を引き、彼女は座る。原稿を持ち帰るのかと思ったけれど、どうやらここで読んでいくつもりらしい。仕方なく僕はベッドに腰かけて、その様子を見守った。

 自分が書いた小説を、初めて人が読む。書き上がった時は悪くない出来だと思ったけれど、人が見たらどう感じるのだろうか。悪くないと思ったのは自分の思い上がりじゃないのか。心臓が不快に高鳴り、緊張と不安が心を占めていく。

 僕の書いた物語は、こんな内容だった。