長かった夏季休暇も、終わってしまえばあっという間だったように思う。

 久しぶりに袖を通す制服の半袖シャツを着て、バッグを肩にかけ、靴を履いて玄関を出る。夏休みが終わっても、夏はまだその威力を和らげるつもりはないようで、太陽は容赦なく肌を焼いていく。

 通学路を歩いていると、後ろから足音が近付き、名前を呼ばれた。

 「よ、星乃」

 「ああ、おはよう、八津谷」

 「まったく朝からあっちーよなぁ。現代の気候に合わせて、夏休みは十月くらいまでにすべきだと俺は思うね」

 八津谷は隣に並び、僕のペースに合わせて歩く。

 「で、どうなんだよ、執筆の方は。進んでんのか?」

 「まあまあかな。八津谷は?」

 「俺もまあまあ。でもあれだな、手探りでも書き進めて、展開をどうするかとか、表現をどうするかとかあれこれ考えて悩んでんのも、結構楽しいよな」

 「……うん。確かに」

 物語を創るために、題材やテーマや舞台を決め、そこに流れる空気の気配も意識しつつ、言葉を選び、無数のピースをパズルのように組み立てていく。

 時に直感的に、情動的に。時には理性的に、論理的に。

 紙の上に一つの世界を形作っていく感覚。

 それは創作が未経験だった僕にとって、とても刺激的で楽しい時間だった。

 「野球を捨てた時は、もうこれからの人生全部が残りカスみたいなもんだと思ってたけどさ、そんなワケはなくて、生き方なんてそれこそいくらでもあるし、俺たちはどんな風にもなれるんだよな……。最初は、ワケ分かんねえし俺に合うはずねえと思ってた文芸部だけど、入ってよかったぜホント」

 「そう、だね」

 十字路に差しかかると、横道から花部さんの姿が見えた。

 「よう、花部」

 「あ、おはようございます、八津谷くん、星乃くん」

 「おはよう」

 他愛ない雑談を交わしながら、三人で歩く。こうして誰かと一緒に登校するなんて、入学した頃には考えられなかった。

 人との繋がりは、今でも怖い。いつか、僕を一人残して、みんな目の前から消えてしまうんじゃないかと、思ってしまうから。

 でも、どうしてだろう。この人たちと一緒にいるのは、楽しいし、安心できる。夏休みの間毎日のように、文芸部活動で共に過ごしたせいだろうか。彼らが抱える傷や孤独を、僕に教えてくれたからだろうか。

 この人たちとなら、この先の、ずっと未来まで、一緒にいられるんじゃないか。

 いや、一緒にいたい、と、思える。

 僕がこんな風に思えるようになったのは――

 「お、部長発見。なんだよ、登校前に全員集合しちまったな。おーい、風間ぁ」

 前を歩いていた風間さんが、八津谷の声に振り向き、僕らを見つけて嬉しそうに笑う。その笑顔を見て、胸が切なく締め付けられる。

 人との関わりを恐れて閉じこもっていた僕が、こうして変わり始めているのは。

 全部君のせいで、全部、君のおかげなんだよ。

 足を止めて待つ風間さんのもとに、僕らは辿り着いた。

 「あれ、夏美ちゃん、左手のそれ、どうしたんですか?」

 花部さんが指さす先、風間さんの左腕の肘に、白い包帯が巻かれていた。

 「ああ、これ? ちょっと昨日怪我しちゃってね」

 「お? 大丈夫か? 怪我を()めちゃダメだぜ?」

 八津谷はその過去からか、真剣な顔で訊いた。

 「大丈夫、大丈夫。大したことないんだから。えへへ」

 そう言って彼女が笑うから、僕も内心ほっと息をついた。