拝啓、やがて星になる君へ

 (しょう)(りょう)ヶ(が)(おか)と呼ばれるその見晴らし台は、家から距離が遠いわけではないが、到着までに長い階段を上る必要がある。

 この町に越してきてから、小学生の頃に一度遠足で行ったことがあるけれど、六畳ほどの広さの板張りの足場に、二人掛けのベンチがぽつんと設置されているだけで、疲れるだけでなんの面白いものもない場所だった。これなら家で本を読んでいた方がよっぽどいい、と当時の僕はうんざりしながら思っていた。

 家を出てから十分ほど歩くと、山の(ふもと)に辿り着いた。松陵ヶ丘に登るための階段には、陽が落ちた後に事故が起きないようにするためか、数段おきに小さな照明がついていて、足元が見えるようになっている。

 階段の下に立って上を見上げると、その(かす)かな光の道が、ゆっくりと天まで続いているように思えた。一人で不用意に上っていったら、別の世界にでも連れていかれそうな雰囲気だ。

 「へえ、いい場所じゃん。自主練で何往復もした神社の階段と似てんな」

 「ワクワクしてきたね!」

 八津谷と風間さんが楽しそうに言うと、

 「こ、これを、上るんですか、これから……」

 花部さんが弱気な声を出した。彼女だけは僕の気持ちに同意してくれそうだ。

 「じゃあ行くよ! 暗くなるまでには頂上に着かないとね!」

 「よっしゃ、お先!」

 意気揚々と歩き出した二人を見て、僕と花部さんは同時にため息をついた。顔を見合わせて、笑ってしまう。

 「とりあえず、行ってみようか」

 「そうですね」

 宵の山道を女子一人で歩かせるわけにもいかないので、花部さんのペースに合わせて階段を上がっていく。八津谷の姿はもう見えなくなっていて、風間さんは上の方でちょくちょく足を止めてこちらを振り向いてくる。

 「ほらー、早くー、置いてっちゃうよー」

 「花部さんには僕がついてるから、先に行ってていいよ」

 そう言うと嬉しそうに笑って、風間さんは階段を駆け上がっていった。早く見晴らし台に行きたくてそわそわしていたんだろう。

 隣を見ると、花部さんはもう息が上がっている。僕よりも体力がなさそうだ。

 「苦労するね、お互いに」

 「あはは、ですね。……でも、あたし、一人じゃどこにも、行こうとしないから、夏美ちゃんが色々連れ回してくれるの、すごく、楽しい経験に、なってるんです」

 呼吸の合間に切れ切れの声でそう話す花部さんは、少し楽しそうに微笑んでいる。

 「あたし、どんくさくて、気弱で、小学も中学も、ずっといじめられてて……。兄弟とかもいなくて、両親は(けん)()ばっかりしてるから、家でもひとりぼっちで……。だから、本だけが、友達みたいになってて……。高校生になったら変わらなきゃって思っても、どうすればいいか分からなくて……。だから、夏美ちゃんが文芸部に誘ってくれたの、すごく、嬉しかったんです」

 「……そうだったのか」

 「部のみんなと、こうしてあちこちに行けるの、すごく、楽しい。星乃くんが、あたしを心配して、一緒に上ってくれてるのも、とっても嬉しい」

 そして、ふわりと笑って「ありがとう」と言う。その表情がとても優しいものだったから、思わず目を逸らしてしまう。

 「いや、別に、僕は――」

 ふふふ、と小さく笑って、花部さんは続けた。

 「星乃くんが隠してるそういう優しさを知ってるから、夏美ちゃんは星乃くんを好きになったんだと思いますよ」

 自分の耳を疑った。

 「え? 風間さんが、僕を? そんなわけないでしょ」

 「え? 二人って付き合ってるんじゃないんですか?」

 花部さんの声はふざけているものではなく、純粋にそう思って訊いているように思えた。

 「ない、ないよ。どこをどう間違えたらそんな誤解が生まれるんだ」

 「え、でも、下の名前で呼んでるし、あたしと二人でいる時も、星乃くんの話ばっかりするし、夏美ちゃんの星乃くんへの接し方はなんだか特別だし……。あたしには、隠さなくても、いいですよ」

 「隠してるとかじゃなくて、本当に、そういうことは一切ないから」

 「ええ……。あ、じゃあ、言っちゃいけなかったかも……ごめんなさい、忘れてください」

 彼女は足を止めて、ぺこりと頭を下げた。忘れてくださいと言われても、すぐに忘れられるような内容ではないだろう。