拝啓、やがて星になる君へ

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 風間さんの宣言通り、夏休み開始早々に、文芸部の四人で出かけることになった。行き先は部長の独断で、自転車で行ける距離にある海岸だった。

 前日、文芸部のグループLINEで、こんなやり取りがあった。

 夏美:明日は各自自転車に乗って、六時に星乃家の前に集合ね! 麻友は今日一緒に買った水着を忘れないように!

 慶介:六時集合とか運動部の朝練かよ。まあ了解。

 麻友:水着、ホントに着るんですか……?

 夏美:似合ってたから大丈夫だって!

 勇輝:すみませんが風邪をひいてしまったので、明日は欠席します。

 夏美:(黒猫がニヤリと笑うスタンプ)

 夏美:今清(せい)()さんに訊いたけど、勇輝は風邪なんてひいてないって。仮病は無効だよ!

 清司というのは僕の祖父の名だ。いつの間に連絡先を交換していたのか……。

 病欠の企みは(あっ)()なく阻止され、早朝から家の前に集合し、三十分ほど自転車を漕ぐ。息を切らしてペダルを漕いでいると、右も左も流れていく景色は田んぼや畑や野山ばかりで、母や姉と住んでいた以前の町と比べて、田舎に住んでるんだなと改めて認識させられる。

 浜辺に到着すると、風間さんと花部さんはさっそく水着になって波打ち際で遊び出した。僕は日陰を見つけて座り、リュックから文庫本を取り出してページを開く。

 「おいおい、海まで来て読書とか、文芸部の(かがみ)かよ」

 いつの間にか隣に立っていた八津谷がそう言う。

 「僕に構わず、部長たちと遊んできなよ」

 「俺一人で水着の女子二人に交じって平気でワイワイ遊ぶほど、リア充慣れしてねえんだわ」

 「ふうん」

 八津谷は短いため息を吐き出して、僕の隣にどさりと座った。

 夏休みとはいえ時間が早いからか、他に遊泳客は見当たらない。真夏の海は穏やかに波を運んで、朝の陽光を乱反射する。繰り返す波音の中に、女子二人の笑い声が聞こえてくる。

 「なあ、なんか話せよ。あいつから、お前と仲良くなってくれって言われてんだよ」

 「あいつって?」

 八津谷は波打ち際にいる二人の方向を顎でしゃくった。

 「風間に決まってんだろ」

 「なんでそんなことを」

 「俺が知るかよ」

 「……余計なお世話だね」

 「俺もそう思うわ。正直お前に対して、性格悪い陰キャって印象しか最初はなかった。……でも、お前んち行って、あの二つ並んだ星塚見て、お前が必死で守ってる内側を、知りたいって思った。その分厚い鎧の中はどんなやつなんだろうって思ったんだ。だから、お前のこと、教えてくれよ。そんで、俺のことも知ってほしい」

 文庫本のページから目を離して、八津谷の方を見る。彼は照れくささを隠すように眉を寄せて、水平線をじっと眺めていた。

 「……最初から気になってたんだけど、なんで文芸部に入ったの? 見た目で判断して悪いけど、野球とかサッカーとかの方が似合う気がするよ」

 八津谷は、「気になってたなら訊けよ」と噴き出した。「花部は初日に訊いてきたぞ」と。

 それから彼は、彼の過去について語った。中学の時は野球部で、全国大会にも出場したことがあるエースピッチャーだったらしい。けれど、三年の夏に利き腕を怪我してボールを投げられなくなってしまい、自分のせいで優勝候補でもあったチームを敗退させてしまった。

 「そっから、親友だと思ってたチームメイトは全員俺を敵視して、まあ、なんつうか、リンチみたいなこともされてさ。日常生活に支障ないくらいは回復したけど、リハビリしても腕はもとには戻らねえらしいし、野球、辞めたんだ。あんなに……夢中になって、必死になって、将来はみんなでプロに、とか思ってたのにな」

 そう語る彼の横顔は、過ぎた過去だと言うように苦笑しているが、唇は小さく震えているように見えた。きっと僕には想像もつかないような苦しさや悔しさを、今でも押し隠しているんだろう。

 「ま、そんな感じで、逃げるみたいに誰も知るやつのいない高校に入ったら、騒がしいやつから一緒に文芸部を創ろうとか言われて、ヤケになってたからノリで入ったけどさ、ユルい空気も、読書ってやつも、結構楽しいのな」

 そこで初めて八津谷は、自然に笑った。笑うと目が細くなって、優しい顔になる。

 「あいつがなんで俺を誘ったのかは分かんねえが、つまんなそうにしてるやつに手あたり次第声かけてたのかもな。そんで、今に至るってわけ。疑問は解決したかよ、副部長?」

 「ああ、うん……。話してくれて、ありがとう」

 僕がそう言うと、八津谷は照れくさそうにガシガシと頭を掻いた。

 「勇輝たちもこっちおいでよー! 水が冷たくて気持ちいいよー」

 海辺の方から、僕を呼ぶ風間さんの声がした。

 「お、部長サマがお呼びだぜ? 行ってやれよ」

 僕はゆっくりと息を吐き、文庫本を閉じる。

 「……君も行くなら、一緒に行くよ。あいにく僕も、水着の女子二人と平気で遊べるほど、リア充慣れしてないんでね」

 ハハハ、と八津谷は軽やかに笑って立ち上がった。二人で砂浜を歩き、波打ち際に向かう。自分の中の八津谷への印象が、昨日までと今とで、まったく変わっていることに、気付いた。