拝啓、やがて星になる君へ

 僕に打ち明けたからか、その日以降、母の表情や態度は穏やかなものに戻った。けれどそれが、残された時間を僕にとって悲しいものにさせまいとしているからだと分かってしまうから、僕にはその優しい笑顔や、僕のために選ばれた言葉が全て、心がヒリヒリと痛いくらいに悲しかった。

 母の体の硬化は日に日に進行していった。いかなる薬も、外科的な処置も、その進行を食い止めることはできない。誰も逆らえない死の病が、僕の大切な人を二人も奪っていく。その事実は、僕の心をも確実にひび割れさせていった。

 「わたしのことなら、大丈夫。痛みはないし、怖さもないわ。だから心配しないで」

 歩くこともできなくなった母が、布団の中で僕に語りかける。

 「人は誰しも、いつかお別れがやってくるの。美樹も、わたしも、それが少し早いだけ。だから、悲しまないで。でも――」

 もう腕もほとんど動かせなくなっているだろうに、震えながらゆっくりと、母は僕に手を伸ばす。その手を掴むと、冷たくて、固くて、記憶の中の優しく温かな、大好きだった手は、面影も残っていない。

 「あなたは生きてね、勇輝。お母さんがいなくなっても、どうか、強く生きてね。大切に想える人と出会って、この世界を愛して、あなたの人生をめいっぱい楽しんでね。それが、わたしの一番の願いだから。ずっと、願ってるから」

 そう言って綺麗に微笑むから、僕は握った母の手を額に押し付ける。流れる涙がその石のような手を濡らしていく。

 そして、無慈悲な時は留まることなく流れ、母の硬化は全身を包み込んだ。

 「勇輝、そろそろ」

 「……うん」

 祖父と手分けして、母の体を持ち上げる。岩の塊のようになった体はとても重く、息を切らしながら庭に降ろした。秋の空気が冷たく澄んだ、鋭い三日月が浮かぶ夜だった。

 母の希望通り、姉の星塚の隣に、母の体をそっと置く。

 月や星の明かりを吸い込むように、その体は少しずつ輝きを強くしていく。

 祖父が、涙をこらえるような震える声で、母の名を呼んだ。

 「()()、これで美樹とずっと一緒だ。やっとまた会えるよ。私もそのうち、そっちに行くから、のんびり待っててくれ……。勇輝のことは私がしっかり見てるから、安心していいからな」

 そうか、祖父にとっては、娘を喪う瞬間なんだ。どうしてこの世界は、こんなにも残酷に、僕たちから大切な人を奪っていくのか。

 「ほら、勇輝も、最後にお母さんに何か言ってあげなさい」

 「……う、ん」

 さよなら? 今までありがとう? 僕のことなら心配いらない?

 言うべき言葉は簡単に思い付くのに、そのどれも、本当の僕の気持ちじゃない。

 唇が震える。心が砕けるように痛い。

 立っていられなくなり、崩れ落ちるように母の体に縋りついた。

 「待ってよ! 行かないでよ! 僕も星にしてくれよ!」

 光が強さを増していく。眩い輝きの中で、母だったものが星塚の形に変わっていくのが、触れている感触で分かる。

 「強く生きるなんて無理だ! こんなひどい世界愛せるわけがないだろ! 母さんの願いは叶わないよ! だからもっとここにいてよ! 置いていかないでよ!」

 必死に抑えようとしても、母の星塚が放つ光は先端に向かって収束していく。やがてそれが一点に集まると、音もなく、光の矢のようになって、暗い夜空に飛んでいった。

 僕は、叫ぶように泣いた。この世の理不尽を呪いながら。

 大切な人がいるから、別れがこんなに苦しいんだ。

 だから僕は、その繋がりを、手放すことを決めた。