書斎に戻ると、風間さんはノートを開いて、文芸部の今後の活動予定を書き出し始めた。
「ひとまずの目標は、秋にある文化祭。そこで冊子を作って配布します!」
「冊子って、なんのだよ」八津谷が訊く。
「そりゃあ文芸部としてはやっぱり、文字による作品を集めたものだね。小説とか、詩とか、エッセーとか」
「げ、マジかよ、小説も詩もエッセーも書いたことなんかねえぞ俺は」
「あたしも、読み専だったから……」
花部さんが小さく手を上げて言った。
僕だって創作の経験なんて皆無だし、興味もない。正直、面倒くさいなと思ってしまう。文化祭の前に退部することを考えたけれど、強引に家までやってくるこの部長がそれを許すだろうかと考えると、ため息が出た。
「大丈夫大丈夫! 何も壮大な長編小説を書けってわけじゃないんだし、まだ半年くらいあるから、行けるって!」
風間さんがノートに文字を書き足した。
目標:秋の文化祭に冊子を出す!
小説、詩、エッセーなどの文字作品
一人一作以上は必ず提出すること!
一人一作でいいのなら、適当に川柳でも作るか。それなら十七文字で済む。
文化祭、冊子を出すよ、文芸部。よし、できた。これでいこう。
そんなことを考えていると、僕の心の中を覗いたように、風間さんが意味深な笑顔を向けてきた。
「あ、そうだ。星乃くんは小説を書いてね。感動的なやつを頼むよ!」
「……え?」
ノートに文字が追加されていく。
星乃くん:小説
「ちょっと待ってよ、僕の意思は」
「やっぱり部員が四人しかいないからさ、川柳一個とかだけ出されても寂しい冊子になっちゃうじゃん? 文芸部の記念すべき第一号の冊子だから、素敵な作品でページをいっぱいにしたいよね」
「まあやるからには、ハンパなものにはしたくねえよな。しょうがねえ、いっちょ俺も本気出して、後の世に残る名作を書いてやるとするか」
「そう、それ!」
八津谷の言葉に、風間さんは大声で大げさなリアクションをした。指をさされた八津谷も驚いている。
「それだよ! 私たちが目指す最終目標! 百年後にも残る物語を作ること!」
活き活きとした表情で、ノートの中央に大きな文字で書いていく。
文芸部の最終目標 百年後に残る物語を作る!
堂々たるその文字とは対照的に、心配そうな花部さんが言う。
「そ、そんなすごいこと、未経験のあたしたちにできるのかな……。今の時代で百年残ってる物語っていうと、それこそ夏目漱石とか、森鴎外とか、文豪って言われてる人たちの作品ですよ」
「文豪だって、書き始める前はみんな未経験だったわけでしょ。どんなすごい人たちだって、最初は初心者で素人。スタートラインは同じだよ。そこから最初の一歩を踏み出さなきゃ、どこにも辿り着かない」
「おお、いいこと言うじゃねえか部長」
「えへへ。でしょ!」
八津谷の褒め言葉に照れながら胸を張る風間さん。
「その最初の一歩が今日なわけか。おもしれえ、燃えてきたぜ」
「そっか、あたしたちが未来の作家になる可能性だって、あるんですね……」
目を輝かせる部員二人。ちょっと単純すぎやしないだろうか。
そりゃあ物語を書くだけなら、鉛筆と紙さえあれば誰にだってできる。でもそれを書籍として世に出すには、出版社の公募に出して、激戦を勝ち抜いて、受賞するなりしないといけない。
それでめでたく出版されたとしても、話題になって売れる本なんてほんの一握りだ。毎年約七万冊もの本が発売されている中で、百年先まで読まれ続ける物語なんて、エンタメ飽和の現代では実現性のない夢物語としか思えない。
でもそんなことを話せば、熱くなっているこの場の空気を最悪なものにしてしまうということくらいは、僕でも理解している。だから――
「一緒に頑張ろうね、星乃くん」
僕にそう言って笑う彼女から目を逸らしながら、
「……そうだね」
とだけ、答えた。
「ひとまずの目標は、秋にある文化祭。そこで冊子を作って配布します!」
「冊子って、なんのだよ」八津谷が訊く。
「そりゃあ文芸部としてはやっぱり、文字による作品を集めたものだね。小説とか、詩とか、エッセーとか」
「げ、マジかよ、小説も詩もエッセーも書いたことなんかねえぞ俺は」
「あたしも、読み専だったから……」
花部さんが小さく手を上げて言った。
僕だって創作の経験なんて皆無だし、興味もない。正直、面倒くさいなと思ってしまう。文化祭の前に退部することを考えたけれど、強引に家までやってくるこの部長がそれを許すだろうかと考えると、ため息が出た。
「大丈夫大丈夫! 何も壮大な長編小説を書けってわけじゃないんだし、まだ半年くらいあるから、行けるって!」
風間さんがノートに文字を書き足した。
目標:秋の文化祭に冊子を出す!
小説、詩、エッセーなどの文字作品
一人一作以上は必ず提出すること!
一人一作でいいのなら、適当に川柳でも作るか。それなら十七文字で済む。
文化祭、冊子を出すよ、文芸部。よし、できた。これでいこう。
そんなことを考えていると、僕の心の中を覗いたように、風間さんが意味深な笑顔を向けてきた。
「あ、そうだ。星乃くんは小説を書いてね。感動的なやつを頼むよ!」
「……え?」
ノートに文字が追加されていく。
星乃くん:小説
「ちょっと待ってよ、僕の意思は」
「やっぱり部員が四人しかいないからさ、川柳一個とかだけ出されても寂しい冊子になっちゃうじゃん? 文芸部の記念すべき第一号の冊子だから、素敵な作品でページをいっぱいにしたいよね」
「まあやるからには、ハンパなものにはしたくねえよな。しょうがねえ、いっちょ俺も本気出して、後の世に残る名作を書いてやるとするか」
「そう、それ!」
八津谷の言葉に、風間さんは大声で大げさなリアクションをした。指をさされた八津谷も驚いている。
「それだよ! 私たちが目指す最終目標! 百年後にも残る物語を作ること!」
活き活きとした表情で、ノートの中央に大きな文字で書いていく。
文芸部の最終目標 百年後に残る物語を作る!
堂々たるその文字とは対照的に、心配そうな花部さんが言う。
「そ、そんなすごいこと、未経験のあたしたちにできるのかな……。今の時代で百年残ってる物語っていうと、それこそ夏目漱石とか、森鴎外とか、文豪って言われてる人たちの作品ですよ」
「文豪だって、書き始める前はみんな未経験だったわけでしょ。どんなすごい人たちだって、最初は初心者で素人。スタートラインは同じだよ。そこから最初の一歩を踏み出さなきゃ、どこにも辿り着かない」
「おお、いいこと言うじゃねえか部長」
「えへへ。でしょ!」
八津谷の褒め言葉に照れながら胸を張る風間さん。
「その最初の一歩が今日なわけか。おもしれえ、燃えてきたぜ」
「そっか、あたしたちが未来の作家になる可能性だって、あるんですね……」
目を輝かせる部員二人。ちょっと単純すぎやしないだろうか。
そりゃあ物語を書くだけなら、鉛筆と紙さえあれば誰にだってできる。でもそれを書籍として世に出すには、出版社の公募に出して、激戦を勝ち抜いて、受賞するなりしないといけない。
それでめでたく出版されたとしても、話題になって売れる本なんてほんの一握りだ。毎年約七万冊もの本が発売されている中で、百年先まで読まれ続ける物語なんて、エンタメ飽和の現代では実現性のない夢物語としか思えない。
でもそんなことを話せば、熱くなっているこの場の空気を最悪なものにしてしまうということくらいは、僕でも理解している。だから――
「一緒に頑張ろうね、星乃くん」
僕にそう言って笑う彼女から目を逸らしながら、
「……そうだね」
とだけ、答えた。
