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「勇輝、行くよ!」
「ちょっと、やめてよ姉ちゃん」
姉が構えた水鉄砲から勢いよく噴射された水が、僕の顔や服を容赦なく濡らしていく。
夏休みの公園は遊ぶ子供たちの声で賑やかで、姉に半ば無理矢理連れてこられた僕は少し尻込みしていた。読んでいた本がいいところだったのに中断させられ、さらに最近買ったらしいゴツい水鉄砲のターゲットにされるというこの仕打ち。でも夏の陽射しが暑いから、濡れた場所が冷たくて、少し気持ちいい。
姉の美樹は僕より一つ上で、中学一年生。少年のような短い髪に、体を動かすのが大好きでいつだってこんがりと日焼けしている肌と、誰とでもすぐに打ち解ける人懐っこさを持った、僕とはまるで正反対の人だ。
女子中学生と水鉄砲という異質な組み合わせも姉ならば違和感なく、弟を不意打ちで濡らして楽しそうに笑うその声も笑顔もどうやったって憎めずに、いつしかこっちまで楽しくなってしまう。そんな人だ。
走り回る姉を見て、母はよく「お姉ちゃんはお父さんの生まれ変わりみたい」と言って笑うけれど、僕が物心つく前に事故で死んだらしい父のことを僕は全然知らないから、そっくりだと言われても分からない。
その母によれば、「勇輝にはお母さんの血が強く流れてるのが分かるよ」ということだった。母のことは大好きだから、そう言われるたびに心の奥底がくすぐったくなるような誇らしい幸福を感じていた。
両親が結婚した当時、祖父の援助も得て中古の一戸建てを買い、その一室を改築して、そこで母は料理教室を開き、十年経った今も続けている。家庭的ながらも彩りや美しさも意識した数々の料理で、近所の主婦や若い女性からも好評らしい。
夫を早くに喪い苦労しただろうけれど、家が仕事場なのもあり、教室が終わった後は僕たち姉弟との時間をしっかり取ってくれる、そういう優しい母親だ。
父親はいなくても、母と、姉と、僕、家族三人で、慎ましく幸せに暮らしていた。そんな時間がずっと続くと思っていた。
「勇輝、行くよ!」
「ちょっと、やめてよ姉ちゃん」
姉が構えた水鉄砲から勢いよく噴射された水が、僕の顔や服を容赦なく濡らしていく。
夏休みの公園は遊ぶ子供たちの声で賑やかで、姉に半ば無理矢理連れてこられた僕は少し尻込みしていた。読んでいた本がいいところだったのに中断させられ、さらに最近買ったらしいゴツい水鉄砲のターゲットにされるというこの仕打ち。でも夏の陽射しが暑いから、濡れた場所が冷たくて、少し気持ちいい。
姉の美樹は僕より一つ上で、中学一年生。少年のような短い髪に、体を動かすのが大好きでいつだってこんがりと日焼けしている肌と、誰とでもすぐに打ち解ける人懐っこさを持った、僕とはまるで正反対の人だ。
女子中学生と水鉄砲という異質な組み合わせも姉ならば違和感なく、弟を不意打ちで濡らして楽しそうに笑うその声も笑顔もどうやったって憎めずに、いつしかこっちまで楽しくなってしまう。そんな人だ。
走り回る姉を見て、母はよく「お姉ちゃんはお父さんの生まれ変わりみたい」と言って笑うけれど、僕が物心つく前に事故で死んだらしい父のことを僕は全然知らないから、そっくりだと言われても分からない。
その母によれば、「勇輝にはお母さんの血が強く流れてるのが分かるよ」ということだった。母のことは大好きだから、そう言われるたびに心の奥底がくすぐったくなるような誇らしい幸福を感じていた。
両親が結婚した当時、祖父の援助も得て中古の一戸建てを買い、その一室を改築して、そこで母は料理教室を開き、十年経った今も続けている。家庭的ながらも彩りや美しさも意識した数々の料理で、近所の主婦や若い女性からも好評らしい。
夫を早くに喪い苦労しただろうけれど、家が仕事場なのもあり、教室が終わった後は僕たち姉弟との時間をしっかり取ってくれる、そういう優しい母親だ。
父親はいなくても、母と、姉と、僕、家族三人で、慎ましく幸せに暮らしていた。そんな時間がずっと続くと思っていた。
