後から、周囲の会話でぽつりぽつりと理解していったことには、確かに私は当初考えていた通りの、見放された患者だったのだ。
昏睡状態が一ヶ月を過ぎた頃、医者はさじを投げていた。
植物状態の患者を維持するための医療費は、莫大なものだ。
私の口座にはそれを払えるだけの金額が入っていたし、保険も、加害者からの賠償金もあったわけだが、いつ目覚めるのか、そもそも目覚めるのかさえ疑わしい私を生かしておくことに、賛成する者は少なかった。
私に、家族と呼べる存在はエリー一人しかいない。
そのエリーもまだ未成年で、出来ることは限られている。
否いな……「出来ること」どころか、私が死ねば、彼女には莫大な遺産が転がり込む。そして逆に、私が生きている限り、金は出ていく一方となる。
誰がどう考えても、エリーは私の生命維持を放棄したい筆頭人物になりえた。
──私は最低の兄だった。
まだ学生で、シャイで、私という義理の兄をのぞけば天涯孤独だった彼女に、私がしたことといえば、氷のように冷たい台詞を投げつけ続けたことくらいだ。
もし彼女が望むなら、この最低な義兄を見放して、大金を手に入れる方法が幾つでもあったはずだ。
しかし周囲の予想に反し、エリーが選んだのは、私の命を守ることだったのだ──それも、多大な努力と尽力の上で。
それ以来、エリーは、放課後になると必ず私の元へやってきた。
私に話しかけるために。
「今日はいい天気ね、ウィル、気分はどう?」
例えば一日の出来事、外の様子、天気などを。
彼女は大抵において、私が、彼女の声を含めるすべてのものを理解できていると信じて疑わない姿勢を崩さなかった。
周囲の者が、無駄な努力ではないかと忠告すると、エリーは必ず「そんな事を、ウィルに聞こえる所で言わないで」 と言って眉を上げた。
そして私に向かって謝る。
「ごめんなさい、気にしないでね。皆、分かっていないだけだから……私は信じてるわ」
この頃、エリーが私の元を訪れるのは、いつも彼女の学校が終わった放課後だった。
だからこの秋の私の記憶は、いつも夕暮れである。
彼女にとっては高校最後の年で、来年に上がるカレッジの為の準備を、よく私の枕元でやっていた。時々質問を受けた。
「このxyの方程式は……うーん、ウィルには分かる? こうよ」
エリーは問題を読み上げる。私はアスリートにしては珍しく数学に強かったから、答えるのは楽だった。
それは引っ掛けだ、エリー。こっちの公式を使って解くんだ。
しかし、それを伝える術が、私にはなかった。
それでもエリーは、時々、まるで私を頼りにでもしているように、質問を繰り返した。
そして秋も終わりに近付くころ。
この日も、夕暮れだった。
私を訪ねに来たエリーが、どこか思い詰めたような表情を浮かべつつ、ぽつりぽつりと告白を始めたのだ。