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意識が戻ってからもしばらく、私は医師や看護士たちのビジネスライクな会話以外、ほとんど耳にしなかった。
もちろんそこには、それ以外の下衆な台詞も多く混じっていたのだが。
テニス界の貴公子が火遊び相手の夫に刺され、植物人間となったとあれば、タブロイド紙の格好の話題でもあり……。
「可哀想に」と言いながらの嘲笑を、何度聞かされたことか。
私は、冷酷で傲慢な男であったが、自分の名声や富に対する執着をあまり持たないタイプだった──生れ落ちた瞬間から、あの夏まで、それらは当たり前のように私に付いて回ってきていたから、執着のしようがなかったのかもしれない。
それでもあの頃、私は、傷ついていたのだろうと思う……。
そんなある日のことだ。
「大丈夫よ……ウィル、私がついてるわ。私が、皆からウィルを守ってあげるから、心配しないで」
そう声を掛けられたとき、私はその声の主が誰なのか分からなかった。もうずいぶんと長い間、こんな風に誰かから声を掛けられることもなかったから余計だ。
「なかなか来られなくてごめんなさい。でももう、弁護士にも付いてもらったし、誰にもウィルの命を奪わせたりしないから……だから、早く目を覚まして」
そして、手を握られた。
それは若い女性の声で、不思議と心地よく、透き通った声だった。
私は声の主が知りたくて不器用に視線を動かした。そして、ゆっくりと横へ流れる私の視界に映ったのは──柔らかいカールをしたブルネットの髪の、小枝のように細い少女だった。
エリー……。
重い黒縁めがねの、私の義妹。
「私の声が聞こえる?」
ああ、聞こえる。
そう答えたつもりだったが、私が実際に示した反応は精々、眼球を一ミリ動かしたとか、その程度だっただろう。しかしエリーは微笑んだ。
「聞こえる……のよね? よかった、ウィル……」
彼女の瞳には、うっすらと涙が浮かんでいた。
それは美しい水晶の粒のようで、キラキラと輝いて見えて、私は息を呑んだ──あるいは、息を呑むような感覚をわずかに覚えた。エリーは片手でめがねを外し、涙を拭うと、上半身を屈めて私の手の甲へ軽くキスをした。そして顔を上げる。
「私が守ってあげるわ、ウィル、大好きよ」
エリーはそう言って、さらに強く私の手を握った。