秋は夕暮れ。
 夕日のさして、山の端いと近うなりたるに、
 烏の寝どころへ行くとて、三つ四つ、二つ三つなど
 飛び急ぐさへあはれなり──『枕草子』 清少納言





 私に意識が戻ったのは、それから数週間後だった。

 まず最初に視界に映ったのは病院の白い天井で、それもぼんやりとしていたから、しばらくは何も考えられなかった。
 自分が生きているとか死んでいるとか、そこまで意識がいくこともなく、ただ視界に飛び込んできた白を、静かに眺めていた。

「植物状態ですね」
 と、医者が言ったのを聞いたとき、私は初めて自分がベッドの上に寝かされていることに気づいたのだ。

 周囲には何人もの人間がいた。
 ある者は泣いており、ある者は無表情で、またある者は同情こそしているものの、当然の天罰だと言わんばかりの蔑んだ目で、こちらを見ていた。

 私は起きたり、眠ったりしていたが、それを己でコントロールすることは出来なかった。

 「起きて」いるときは、周囲の音を聞くことができたし、うっすらとではあるが、辺りを見ることもできた。その中で私はいくつかの事実を学んだ。
 私は植物人間になったのだ。

 自発呼吸をしていた。脳波も通常にあった。が、意識が無い──いや、実際はこうしてあったのだが、周囲はそれを認められなかった──状態で、その名が示す通り、植物同然になったのだ。
 ベッドというポットに植えられた、植物だ。
 水を与えられ栄養剤を与えられ、自ら動くことも叶わず、ただ生きている。

 それらについても、私は当初、冷めた意見を持っていた。
 こんなぼろきれ同然になった私を、誰が生かしておくというのか。きっと明日にでも医者が現れ、私の栄養剤を引っこ抜いて、全てを終わらせるのだろう。

 私はその時を待っていたのかもしれない。
 ──あの恋が、始まるまでは。