その夜──流行のクラブに滑り込むと、早速、キャリーという女が豊かな肉体を存分に誇示しながら、私の腕に絡んできた。

「こんばんわ、ウィル。私、この二週間、ずっと貴方のことを見ていたわ」
 キャリー……何、だったか。ラストネームは覚えていない。長身ブロンドに甘い百万ドルスマイルの、典型的なドールズ・フェイスだったことだけは記憶にある。

 けたたましい音楽が鳴り響くホール。
 闇の中で踊り狂う男女、アルコールの香り。
 当時、私は夜な夜な、特に遠征の前後、こういった場所で時間を潰し、適当な女性を見つけては欲望を解放してきていたのだ。

 キャリーは、すっ、と妖艶な仕草でもって、赤いマニキュアに飾られた指を私の胸にはわせた。

「素敵だったわ、ラケットを握り汗を流す貴方……。でもね、いつ、向こうの女に貴方をとられるんじゃないかとヒヤヒヤしてたの」

 這い上がってくる色気と、欲望。豊満な肢体。
 ──そうだ、女はこうでなくちゃならない。違うか? 私は胸の上をなぞるキャリーの手を強く握り、彼女の耳元にささやいた。

「じゃあ、今夜はその鬱憤を晴らしてみるかい?」
「予定は空いているの? ハンサムなテニスプレイヤーさん」
 物欲しげに咽を鳴らしながら、聞いてくるキャリー。
「空けるさ、君の為なら」
 私は答えた。

 ここで勘違いしないで頂きたい。
 キャリー某は、私の恋人ではなかった。

 私は特定の恋人というものを持たなかったし、決まった一人の異性に対して特別な感情を長く持つことを、あまりしなかった。もちろん同性に対しても然りである。

 当時の私の異性交遊関係は、父のそれより更に酷かった。
 少なくとも父は、関係を持った女性にそれ相当の金品やステータスを与えて寵愛していたが、私は彼女らを使い捨てのトイレットペーパー同様に扱っていたのだ。

 私は傲慢で自己中心的で、取り柄といえば、母から受け継いだ高貴な容姿と、ラケットを振り回す才能だけの男だった。

 さて、私とキャリー某は、クラブの隅の小さなボックス席を陣取り、お互いの身体を絡ませながら下らない会話を続けていた。

 テニス界の貴公子が、ブロンド美女と前戯よろしくくねり合っていれば、薄暗いホールでも自然と目立とうというものだ。
 キャリーの座を狙う女は一人や二人ではなく、好奇の目はそこここから降り注がれていた。
 多分、キャリーはそういった羨望の視線を受けるのを楽しむ種類の女でもあったのだろう。注目されればされるほど、彼女は執拗に私の身体にまとわりついた。

「ねえ」
 キャリーが囁く。
「あそこにいる、ショートボブの、黒いトップを来た女が見えるかしら」
 示された方に顔を向けると、確かにそんな女がいた。

「ああ、それが?」
「ずっと私達の方を見てるの……物欲しそうなメスの顔をしてね。きっと貴方に気があるのよ!」

 そんな、誰が見ても一目で分かりそうなことを、キャリーはまるで世紀の発見をしたかのように得意げに言った。

 そのショートボブの女はといえば、一人でカウンターに寄りかかっていて、私たちの座る席を凝視している。全体像を見ればそれほど美人というわけではなかったが、瞳は大きく輝いていて、それだけが妙に目を惹く女だった。

 私は、彼女の正体を知っていた。
 前回の遠征の前に何度か、関係を持った女性だ。
 つまり、少し前に使ったトイレットペーパーというわけだ。

 私たちの視線を受けたショートボブの女は、決心したように顔を引き締め、つかつかと歩み寄ってくると、私たちの目の前に立ち塞がり、こう言った。

「少し、ウィリアムをお借りしてもいいかしら、お嬢ちゃん」
「それは私ではなくて、ウィルが決める事よ」

 キャリーが鼻を鳴らす。
 確かに、誰の目から見てもキャリーの方がずっと魅力的であったが。

「じゃあウィリアム、貴方に聞くわ。少し時間をもらえるかしら? 話したいことがあるの」
「生憎、私には話すことなどないが」
「きっと忘れているだけよ……少しだけでいいわ、私と一緒に外へ出て」