ピー、ピー、ピー。
 看護士たちの控え室にあるランプが、赤く点滅したという。患者からのコールだ。

 普段なら彼らはそれを見るとすぐに該当する病室へ急ぐが、その時駐屯していた看護士の女性は、いぶかしげに点滅したライトの病室番号を確認した。
 ──ウィリアム・E・ボストン二世の病室だ。

 あの、万年寝たきりの、植物人間の部屋である。
 その看護士はエリーを見知っており、用があればエリー自らここへ足を運んでくることを知っていたから、何だろう、と首を傾げながら病室へ向かった。

「エリー?」
 病室に入ってきて、最初に看護士が声を掛けたのは、私ではなくエリーの方だった。

 エリーは目を覚まし、何かを小さな声で囁きながらゆっくりと顔を上げた。そして背後に看護士を見つけると、のんびりした調子で挨拶した。

「おはよう……ございます。どうしたんですか……? まだ、朝早いのに……」
「そうなんだけど、今コールがあったのよ。この病室から。貴女じゃないの?」
「え?」

 エリーが、驚いて寝起きの瞳を瞬く。
 二人の女性はしばらく無言で見つめ合った後、揃って私の方へ顔を向けた。

「ウィル……?」
 信じられないといった顔をしながら、エリーは私を呼んだ。
 私はゆっくりとエリーの方へ顔を向け、彼女に向かい微笑んだ。──少なくとも、そうしようと努力をした。

「ウィル……」
 再びエリーが私の名を呼んだとき、彼女の瞳には涙が溢れはじめていた。どうやら私の努力は──少なくともある程度は──成功したらしい。

 春の泉に流れこむ、雪どけの水のように。
 溢れる涙と、零れる微かな笑い声。泣き笑いといった感じの表情で、小さく首を振りながらエリーは言った。

「ウィルなのね……。目を覚まして……くれたのね」
 声は小さかったが、口調は確信に満ちている。

 私はああ、と答えた。


 エリーの背後で、看護士が仰天に両目をテニスボールのサイズに見開いて、何事かを叫びながら病室を出て行くのが見えた。
 多分医者を呼びに行ったのだろう。
 それとも、私の声が逃げ出したいほど酷いものだったのか。真相は分からないが、今となってはどちらでもいい。

 私は夢を見ていた……。
 長い長い夢を。