太陽の光が、私を照らしているのを、瞳を閉じながらにして感じた。
 朝方だったと、記憶している。

 私はゆっくりとまぶたを開いていった。
 ──それは奇妙な感覚で、もう何十年も泳ぐのを止めていた人間が、久しぶりに水につかり、また溺れることなく水に浮かべる自分を発見して、興奮するさまに似ていた。

 私はまぶたを開いていった。
 自らの意思で。

 私は植物人間であった間も、時により周囲を眺めることが出来ていたが、それらは自分の意思で開閉するものではなかったのだ。しかし私はその時、明らかに自分の意思で瞳を開いた。

 不思議だった。
 外が、見える。眩しい。眩しくて、私は目を細めた──自分の意思で。

 しばらくして明るさに視界が慣れて、また外を見渡すと、窓から木漏れ日が見えた。まだ生え出したばかりの新緑をたたえた木々が、ガラス越しに見える。

 なんだろう、ここは、天国というところなのか。

 私はぼんやりとした頭で、そんなことを思った。私が行きつく先は地獄だけだと確信があったのだが、それにしてはどうも、ここは安らかすぎる場所だ……と。

「う…………」
 私は、声さえ漏らした。
 それは、年老いたガチョウが弱々しく鳴いているような擦り切れた小声だったが、この私が声を発することに成功したのだ。

 ここはやはり天国らしい。私はなぜか安堵して、ゆっくりと眼球だけを動かす感覚で、枕元を見た。

 ──死んでもなお、生前に続けていた癖はそう抜けないらしい。
 私はいつもこうしてエリーを確認していた。
 エリー……重い黒縁めがねの、小枝のように細い、私の義妹。

 彼女も、今は誰よりも美しくなり、緩くカールした豊かなブルネットの髪を優雅なシニヨンにして、夢に向かって歩く一人の女性だ。華奢で控えめな魅力はそのままに。

 ──しかし。

 エリー……。
 私は、私のベッドの枕元に乗った、エリーの小さな顔を発見した。

 目を閉じて、浅い寝息を繰り返しながら、私の傍で眠っている。肩には春用のカーディガンが掛かっていて、エリーの寝息に合わせて軽く上下していた。

 エリー。
 私は彼女の名を呼ぼうとした。
 ──すると、また今までのように声が出ない。
 エリー。

 私はもう一度挑んだ。
 しかし声は出ない。もう一度。もう一度。しかしやはり声は出ない。

 繰り返すうちに私は焦り出した。
 エリー、私は君の名を呼べる。
 たった今、数年ぶりに声を出したんだ。エリー、聞いてくれ。

 私はこの時、後で思い出すと滑稽なほどに焦り出していた。まるで今エリーを起こさないと、世界が終わってしまうのではないかと思っているほどの焦りようだった。

 何度試みても声が出ないのが分かると、私は、手を動かすのを目指した。
 そうだ──私の手元にはスティックがある。
『いつか、ウィルが目を覚まして、これを鳴らしてくれるといいな』

 私は手を動かそうとした。
 身体中の筋肉を震わせ、歯を食いしばりながら、指先に神経を集中する。

 こうして聞くと楽な動作に思えるだろうが、当時の私には本当に苦しかった。私はたった四年前、アスリートとして常人にはありえないほどの体力を有していたというのに、この時はもう、指先を動かすだけの筋肉さえ残っていなかったのだ。

 エリー!
 かたわらで寝息を立てる、天使のような義妹を前に、私は最後の力を振り絞った。
 いや、正確にはこれは「最初の」力と、いうべきであろうか……。

 天は私に味方した。あるいは、私に同情でもしたのだろう。小さな、本当に小さな、しかし偉大なる力を、私の指先に与えた。