ここから先は、私の記憶ではない。
 後に聞いたことを、そのまま記すだけである。

 男に組み敷かれたエリーは、必死に最後の抵抗を試みながらも、溢れる涙を止められないでいた。力を振り絞ろうにも、恐怖が邪魔をして関節が震える。膝ががくがくと震えはじめた。

 猿ぐつわの奥で、しかし、エリーは私の名を呼んでいた……という。
 ──クラークソンではなく。

 私は横たわるばかりのぼろ切れだった。エリーに何かをしてやった覚えなど、彼女の遠い記憶の中以外、ない。
 しかし……彼女がこの時叫んだのは、私の名前だったのだ。

 (のち)になぜ、と問うと、彼女は当然のように微笑みながら、女なら誰でもそうすると思うわ、と答えた。
 愛する男性に助けを求めるものだ、と。


 いよいよ男の手がズボンのジップに伸びようとしたときだ。
 絶望の中でエリーがきつく目を閉じたとき──ある奇跡が起きたのだ。

 ピー、ピー、ピー、ピー……!

 実際はこんな可愛げのある音ではない。機械が発する、甲高い悲鳴のような、信号音。
 私に繋がれていた心音機が、突然、狂ったような音量で叫び始めた。

「な、何だ……!?」
 興奮状態の男さえ、びくりと顔を上げ、首を伸ばして周囲を見渡すような大音量だった。

 上半身を上げた男はしかし、「ぎゃ」というような汚い声を出すと、そのまま股間を押さえて床にうずくまった。
 隙を付いたエリーが、急所を蹴り上げたのだ。

「んーー!!」
 エリーは、巻かれた猿ぐつわを自分の手で外しながら、彼女自身が襲われていたときよりもさらに悲壮な叫びを、私に向かって上げた。

 すぐにバラバラと病室に数人が入ってくる。最初は看護士、次に、医者が。

「ウィル、しっかりして! 嘘でしょう、嫌よ、どうして……っ!」
 口が自由になったエリーは、まずそう叫んだ。「どうして? どうしたの? 駄目よ、行かないで、お願い、ウィル!」

 そう私にすがるエリーを、看護士たちが下がらせようとする。看護士の一人に脇を抱えられてベッドから離れたエリーは、それでも私に触れようと手をのばして抵抗した。
 そこに騒ぎを聞きつけたクラークソンが駆け込んできて、エリーを抱きしめる。

「一体、どうしたんだ……」
「心臓停止です!」
 と誰かが叫ぶのを聞いて、エリーはクラークソンの腕の中で硬直した。

 クラークソンも医師だ。
 彼はすぐにエリーから手を離し、私の元へ進み、蘇生のための準備を素早く指示し始めた。エリーはそのまま床に膝を折った。
 下衆男は逃げ出そうとしたが、男性看護士の一人に遮られ、行く手を阻まれた。


 私の病室は、一瞬にして緊急治療室のようなありさまに変わり、エリーは外へ出された。

「どうして……ウィル……どうして……?」
 クラークソンは私の蘇生を試みている。
 エリーは女性看護士に肩を抱かれながら、病室の扉をぼうぜんと眺めていた。