薄い雲が水色の空にうかぶ、穏やかな陽気の春の日だった。

 まだかすかに涼しくもあり、手放しで喜べるほどの気温ではなかったが、気の早い連中はすでに半そでに腕を通している。

 裸同然だった冬枯れの木々が、枝の先に隠していた芽を少しずつ膨らませ、新緑を見せ始めていた。
 雪は溶け氷は割れ、長い冬が嘘だったように、瑞々しい季節がやってきている。
 春だ。



 私のエリーは、小さな出版社に就職しており、編集を担当するかたわら彼女自身の物語を書いていた。

 総じて子供向けの、児童文学という種類の作家を目指しているらしく、彼女が席を置く出版社もそれらを得意としているらしかった。

 何度かエリーは彼女の物語を私の前で朗読した。
 最も最近のものは、「夢の一歩手前」という題名の短編で、十歳の少年が空を飛ぶという夢を叶えようと奮戦する話だった。

 屋根から飛び降りようとしたり、巨大なカイトを背にくくりつけたりして。
 結局その夢見がちな少年の努力は実を結ばず終わるのだが、最後には、大人になった少年が旅客機のパイロットとなり、沢山の乗客を乗せて空を飛んでいくシーンで終わる。

「出版は無理だと思うけど」エリーは言った。「印刷して小児科で配ろうと思うの。ジョンも賛成してくれたわ」



 そんなわけで、その日もエリーは私の枕元で何かを書いていた。

 エリーは、書き終わるまでは頑固に私に読み聞かせなかったから、内容は分からない。
 しかしその日、エリーはずいぶんと根を詰めていて、普段なら家に帰る時間を前にしても気付かずにいた。そしてそのままウトウトと眠りに付いてしまったのである。
 私のベッドに頭だけを乗せて。

 前述したように、まだ肌寒さの残っている時期だったから、私は彼女の肩に何かを被せてやりたかった。
 しかし出来なかった。
 私は四年間苦しみ続けてきた無力感と、その宵も戦っていた。

 そんな夜に始まる。