あれはウィンブルドンの直後だった。

 当時の私の一年は、春夏秋冬ではなく、四つのグランドスラム・トーナメントによって区切られていたから、こういう覚え方をしている。ウィンブルドンは六月の終わりから七月の初めに英国で行われるテニスの世界四大大会の一つであり、私はプレイヤーだったのだ。

 私のキャリア最高の時だ──二十三歳にして世界ランキング30入りを果たしており、前途洋洋という言葉の代表者として、世界の舞台に立っている時でもあった。
 テニス界の貴公子。
 そんな通り名を持つ、愚かな若者だった。

「せっかく遠征から帰ってきたばかりなのに、ウィル、全然家にいないのね」

 派手なシャツで着飾り、夜の街へ繰り出そうとしていた私の背中に、エリーが話しかけてきた。
 エリー……重い黒縁めがねをかけた、小枝のように細い、まだ高校在学中の私の義妹だ。私は舌打ちをしながら答えた。

「家にいる理由がないのだから、当然だろう」
「でも、」
 エリーは寂しげに肩を落とした。

 その仕草が、ガリガリで女性らしさに欠けた彼女のシルエットを余計に際立たせる。ヴィクトリア王朝風の、何ヘクタールだったかも思い出せない豪邸の入り口に立つ義妹は、まったくその場に不釣合いで、間違えて薔薇園に咲いてしまったダンデライオン(たんぽぽ)を思わせた。

 私はこの義妹を軽蔑していた。
 ──他の、すべての人間を軽蔑しているのと同じように。

「勝手にするさ。私はお前のように地味で湿った人間ではないんだ」
 あの頃の私は、人の心を痛めつける台詞を好んで使っていた、といえる。

 この時もそうだ。
 傷付いた表情を浮かべる父の再婚相手の娘を見て、私はどこか優越感を覚えていた。