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「最近、あまり柄のよくない奴らがうろついているから、気をつけるんだよ」
ある日、病室に顔を見せたクラークソンが、私の枕元に座っているエリーに向かってそう言った。
「柄のよくない?」
「北地区にある病院が一つ縮小されたんだ。それで、そっちの患者が少しこちらに回ってきてる。あまり治安のいい地域じゃないから、時々変なのも混じっててね。私たちも充分対策を練るつもりだが、まだ持て余してる状態なんだ」
「そうですか……確かに最近、少し騒がしいですよね」
「ああ、だから帰りなんかは気を付けて」
クラークソンは焦り気味にそれだけ言って、忙しく廊下へ出て行った。
白衣がふわりと舞うように扉をすり抜け、後にはカールソン独特の消毒液とアフターシェイブの混じった落ち着いた香りが残る。エリーは溜息を吐いた。
「……ですって。ウィル、気を付けなくちゃね」
そして私の腕に触れる。
「そういえばさっきも外の待合室で、感じの良くない男の人に絡まれたの。今までここでこんな事なかったから驚いたんだけど……そういうことだったのね」
何?
何だって?
私はひどい興奮と怒りを覚えた。エリーが男に絡まれた? しかも感じの良くない?
エリーがつねに控えめな言葉を選ぶことを知っていた私は、感じの良くない、という台詞が、実はかなり抑えた表現であることをすぐに感じ取った。
わざわざクラークソンが忙しい検診の時間を縫って忠告しに来るほどである。
ここは地域で最大の床数を持つ大規模な総合病院で、評判も悪くはなかった。毎日数え切れないほどの患者や見舞い客がフロアを行き来しており、院内は一つの社会として機能している。
クラークソンやエリーのような善人の化身もいれば、当然、ろくでもない連中も闊歩しているというわけだ。
しかしエリーの言うとおり、目に見えた問題はまだなかった。
「気を付けなくっちゃ……」
エリーは繰り返した。
何があったんだい、エリー。そう問い詰めて、その「感じの良くない男」を探し出し、首を絞めてやりたかった。
しかし私には何も出来ない。
ふっと私から目を離し、クラークソンが出て行った扉を見つめるエリー。
繊細な顔の線が浮かんで見えた……寝たきりである私の視界は明瞭とはいいがたかったが、ことエリーに関する限り、アフリカの原住民にも匹敵する視力を発揮していた。
黒と茶のあいだの色をした瞳が、どこか不安げに揺れている。
私はその夜、「感じの良くない」 下衆男を、高層ビルから逆さ吊りにする夢を見た。