K邸付近に住む主婦から、事件当時の話を聞かせてもらった。

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もう十年くらいになりますよね。ええ、当時は街中大騒ぎでしたよ。加賀見さんのお屋敷は近所でも有名でしたし。
――まあ、実を言えば、無理心中事件が起きたことも、それほど意外じゃなかったです。
ああ、ついに起きたか……みたいに言っている人、けっこう多かったですね。
なんて言うか……ご夫婦の馴れ初めがね。周りがどうこう言うようなことでもないとは思うけど。
旦那さんは市立病院に勤めるお医者さんで、鏡子さん――ああ、奥さんです。は、その患者だったんです。
出会った時、二人は医者と患者の関係だったってことですよ。鏡子さんのご病気ですか? 
何だったかしら……境界性――ごめんなさい。私、そういうのあまり詳しくないから。
とにかく、心の病。加賀見先生、精神科医だったから。
職業的にどうなんでしょうね。
まあ、精神科医の先生と患者が、治療の過程で恋に落ちるのはよくあることだなんて言いますけど。でも、結婚した時、鏡子さんはまだ十九歳ですよ。

……とは言え、ああなったら結婚する以外に選択肢はなかったと思いますけどね。
ええ。彼女、先生の子を身籠ってしまったんです。当時、先生は別の女性と結婚していたから、不倫ですよ! 
前の奥さまとの間には子供がいなかったから、離婚して、鏡子さんと再婚したわけです。
もう、本当に女の敵。うちの旦那がそんな真似しようもんなら、当然ちょん切ります。え、何をって。やだ、冗談ですよ。

まあ、そういう馴れ初めだし、元々精神的に不安定だし。さらに言えば、育児ノイローゼとかも重なっちゃったのかな。
鏡子さん、ちょっと被害妄想的――というか、加賀見先生の浮気を疑うようになって。
あのお屋敷のそばを通る度に、女の金切り声が聞こえるって皆噂していましたね。
私も一度、市立病院のロビーでスゴイ形相で受付の女性に食って掛かっている鏡子さんを見掛けました。
「ウチのと寝てるだろ!」って。あまりの剣幕に、周りは呆然。
違います、ってその受付の女の子が否定すれば、次は隣の受付係。それも違えば、通りがかりのナース……って具合に。
実際はどうだったんでしょうね? 本当に不倫していたのか、濡れ衣なのか。
自分も略奪した立場だから、証拠がなくても疑っちゃうんでしょ、きっと。
いずれにしても、その結果あんな惨劇が興ってしまった。
加賀見先生にしろ、鏡子さんにしろ、因果応報と言い切ってしまうのは、ちょっと意地が悪過ぎますか?

――でも、未彩ちゃんは本当に可哀想に。ええ、二人の娘さんです。当時、9歳だったかな。
目がぱっちりして、すごく可愛い子だったんですよ。
あの子も鏡子さんに殺されかけました。でも、警察が駆けつけた時まだ息があって、一命を取り留めたらしいです。
今ですか? さあ、どうしているんでしょうね。
あんな形で両親を亡くしてしまったからこそ、せめて今は幸せに暮らしているといいんですけど。