「今日の主なニュースは以上です。続いてショートドキュメンタリーのコーナーです。今日から三日間連続で悪魔関連の事件の特集をお届けします。今回のドキュメンタリーの取材を担当した田中記者に聞きます。田中さん、今回の取材を通じてどのようなことをお感じになりましたか?」
「はい、私たちは、その生き方に関わらず、常に悪魔の脅威に晒されているということです。私たちは、悪魔との契約によって他人に危害を加える加害者になりえると同時に、契約の被害者にもなりえるのです。悪魔との契約には大きな代償が伴います。契約によって望みを果たしたものの、自らの命を失った例もあります。悪魔はとにかく狡猾です。恨みや嫉妬等の負の感情だけではなく、優しさや愛情等の善意に根差した感情にさえ契約の糸口を見つけては、言葉巧みに話を持ち掛けてきます。私たちが悪魔を介在して加害者にも被害者にもならないようにするためには、私たち一人一人が悪魔の誘惑に負けない強い心を持つことが重要です。しかし、強い意志を持って善良に生きていても悪魔の被害に合うことを完全に防ぐことができないのが実状です」
「なぜ、善良に生きていても悪魔の被害に合ってしまうのでしょうか」
「はい、これについては以前あった事件の例を参考にご説明させて頂きます。ある善良な女性には交際している男性がいました。その男性に邪な恋心を抱いた別の女が、悪魔と契約をして善良な女性の殺害を依頼したのです。その結果、善良な女性は、自分には何の落ち度も罪もないのに命と落としてしまったのです。善良に生きていても、恋愛や、職場での昇進、スポーツや科学、芸術や事業での成功により他人から嫉妬される可能性はいくらでもあります。そういった嫉妬に悪魔が付け込んで、善良な人が被害にあった例も多数報告されています」
「善良に生きていても、いつ悪魔の被害に合うか分からないとは恐ろしい話ですね」
「その通りです。嫉妬以外では、悪意の無いネット上の書き込みが誤解されて炎上したせいで、悪魔の被害にあってしまったという例もあります。詐欺や誹謗・中傷が横行するインターネットは悪魔にとって絶好の市場です。本来なら特定が不可能な相手にさえ、悪魔の力を借りれば簡単に報復ができてしまうからです。また、モンスターペアレントや、いじめ、適切な指導をした教員に対する逆恨みなどの問題を抱える学校も同様です。更に悪魔は、私たちの家庭内にさえ、契約に繋がることはないかと、常に目を光らせているのです」
「なるほど、悪魔の影は私たちの身近な所に潜んでいるということですね。田中さんが、『私たちは生き方に関わらず常に悪魔の脅威に晒されている』とお感じになった理由が良く分かりました。さて、今日お伝えしていただくのはどのような事件でしょうか?」
「はい、今日お伝えするのは、今年の二月、東北の山間部にある別荘で、血まみれの女性の遺体が見つかり、密室状態だった別荘から女性の夫が姿を消していた事件です。まずは遺体の発見者である別荘地の管理人の方の証言からお聞きください」

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「朝の五時半ごろだったな。巡回中に、事件のあった別荘の前を通りかかったら、断末魔の叫びとでも言うような凄まじい悲鳴が中から聞こえてきたんだ。すぐにドアをノックしたんだけど返事が無くてね。ドアには鍵が掛かっていたけど、緊急事態だと判断したんで、マスターキーでドアを開けて中に入ったのさ。そうしたら、寝室のベッドの上に奥さんの死体があってね。体中から噴き出した血の海に沈んでいるようだったよ。もう、びっくりして別荘から逃げ出して、携帯で警察に電話したんだ」

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「次に現場検証に当たった捜査担当者の方の証言をお聞きください」

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「事件発生時、別荘は完全な密室状態でした。全ての出入り口と窓は施錠されていて、別荘の鍵も別荘内でみつかっています。別荘の周りには前の晩に降った雪が積もっていましたが、別荘の周囲には遺体の発見者のもの以外には足跡は一切残っていませんでした。事件発生時に別荘内にいたはずの男性が、密室状態の別荘からどのようにして姿を消したのか、警察の科学的捜査では解明することができませんでした」

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「次に悪魔に詳しい東都大学教授の田所博士の談話をお伝えします」

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「悪魔関連の事件で、密室から人が消えていたという事例は国内でも、国外でも確認されています。この事件に関しても、男性が密室状態の別荘から消えたことには、悪魔の力が働いていたと見て間違いないと思います」

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「男性が密室から姿を消したことに加えて、この事件に悪魔が関わっていたと考える根拠がもう一つあります。姿を消した男性が書いたと思われる文書が別荘内から発見されたのですが、その中に悪魔の関与に言及する記述があるのです。発見された文書の内容に関してはAIが解析して作成した要約の画面とAIによる音声でお届けします」

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遺留文書の要約

(一)妻のプロフィール等

生年月日:平成6年3月4日
年齢:29歳
結婚:令和元年2月26日
出産歴:無
性交 : 私とは3年近く無し
妻に対する私の思い : 早く死んでほしい

(二)経過

2月14日 
 体調がすぐれないと言う妻に転地療養を勧め、同意を得る。
 
2月15日 
 悪魔と契約を交わし、妻に飲ませる薬を手に入れる。薬は、副作用が強いので医師が処方をためらっていたものだが妻の体には良く効くものであると説明することにする。
 
2月16日 
 計画を実行するのに適した滞在先をインターネットで探す。厳冬期は利用が殆どなく、人目に付きにくい貸別荘をみつけ、滞在の手配をする。
 
2月17日
 妻を貸別荘に連れ出す。

2月18日

(1) 投薬
投薬時刻 : 午後1時頃
投薬効果 : 有
投薬後の激痛の継続時間 : 約2分間
妻が薬に疑念を抱いている様子 : 無
所見 : 悪魔にもらった薬が効いている様子を見て嬉しかった。

(2) 衰弱
衰弱状況 : 前日からの衰弱の様子を認めず。
所見 : 衰弱が進行した様子はなかった。一週間ぐらいで片がつくだろうか?

(3) 妻の言動と私の感想
妻の言動 : 初対面の際の私の第一印象について語る。
私の感想 : 妻になど出会わなければ良かった。妻の話に付き合うのは苦痛だ。

2月19日

(1) 投薬
投薬時刻 : 午後2時頃
投薬効果 : 有
投薬後の激痛の継続時間 : 約3分
妻が薬に疑念を抱いている様子 : 無
所見 : 薬が効いているのを見るのは嬉しい限りだ。
もっと長く薬の効果が続けば良いのに。

(2) 衰弱
衰弱状況 :  やや衰弱が進んだようだ。
所見 :  早く死んでほしいのに思ったほど衰弱が進んでいない。

(3) 妻の言動と私の感想
妻の言動 : 私に交際を求められた時、他に好きな男性がいたことを初めて明かす。
私の感想 : そいつと一緒になってくれれば良かったのに。
妻の話に付き合うのは、やはり苦痛だ。

2月20日

(1) 投薬
投薬時刻 : 午後3時頃
投薬効果 : 有
投薬後の激痛の継続時間 : 約2分間
妻が薬に疑念を抱いている様子 : 無
所見 : 薬が効いている様子を見ていて幸せな気分になった。
こんな気分になったのはいつ以来だろう。

(2) 衰弱
衰弱状況 : だいぶ衰弱が進んできたようだ。
所見 : 妻の最期の日が近づいてきたようで嬉しかった。

(3) 妻の言動と私の感想
妻の言動 : 新婚当時のことをあれこれと語る。
私の感想 : 妻の話を我慢して聞く苦痛が日増しに強くなってきた。
自分も結婚当時は幸福感に浸っていたということが、今となっては信じられなかった。

2月21日

(1) 投薬
投薬時刻 : 午後4時頃
投薬効果 : 有
投薬後の激痛の継続時間 : 約3分間
妻が薬に疑念を抱いている様子 : 無
所見 :  悪魔から手に入れた薬が驚くほど良く効いているのを見ていると嬉しくて仕方がない。さすがに悪魔の仕業である。

(2) 衰弱
衰弱状況 : 前日と比べてかなり衰弱が進んだ。
所見 : あと二三日で死んでくれそうだ。終わりが見えてきて嬉しい。

(3) 妻の言動と私の感想
妻の言動 : 子供が欲しかったと嘆く。
私の感想 : 計画の妨げとなる子供がいなくて良かった。
妻の話に付き合う苦痛が限界に達してきた。

2月22日

(1) 投薬
投薬時刻 : 午後5時頃
投薬効果 : 有
投薬後の激痛の継続時間 : 4分程度
妻が薬に疑念を抱いている様子 : 無
所見 : 薬が効いている様子は何度見ても良いものだった。
悪魔から薬をもらって良かったとつくづく思う。

(2) 衰弱
衰弱状況 : 急速に衰弱が進んだ。
所見 : そろそろ死んでくれそうだ。もっても、明日いっぱいだろう。

(3) 妻の言動と私の感想
妻の言動 : 最後に一緒に行った旅行のことを楽しげに語る。
私の感想 : 妻の話を聞く苦痛に耐えきれなくなり、別荘の外に逃げた。

2月23日

(1) 投薬
投薬時刻 : 午後6時頃
投薬効果 : 有
投薬後の激痛の継続時間 : 3分程度
妻が薬に疑念を抱いている様子 : 無
所見 : 今日も薬が効くのを見て嬉しかった。
どうやらこれが最後の投薬になりそうだ。
ようやく肩の荷が下ろせる。

(2) 衰弱
衰弱状況 : 衰弱が進み寝ている時間が殆どになった。
所見 : 明日の朝までには死んでくれそうだ。

(3) 妻の言動と私の感想
妻の言動 : 死期を悟ったのか、しきりに私への感謝を口にする。
「こんなによく効く鎮静剤があるならもっと早く使いたかった」
と言った後に眠りに就く。
私の感想 : <記述無し>

(三) 結果
妻の死亡時刻:令和6年2月24日午前5時2分
妻の死因:末期膵臓癌

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「別荘に残されていた文書の内容は以上です。女性の遺体に付着していた血液は、女性の夫のものであることが、鑑定の結果明らかになっています。なぜ、夫の血液が、女性の遺体に大量に付着していたのか?原因は分かっていません。あるいは、女性の夫は、最愛の妻の遺体にすがりついて泣いていたところを悪魔に襲われて大量の出血をしたのかもしれません。そして、その際に男性があげた悲鳴を管理人の方が聞きつけたとも考えられます。男性の行方は未だに分かっていませんが、状況から考えて、既に悪魔によって殺害されているとの見方が強まっています。男性は、自分の命と引き換えに、末期膵臓癌の激痛さえ短時間で完全に消し去る薬を悪魔から手に入れ、それを『医師が処方した薬』と偽って、余命いくばくもない妻に与えていたようです。以上、今年の二月に発生した悪魔関連の事件に関してお伝えしました」