「和葉、なにをしているんだ?」


縁側で読書をしていた和葉のところへ玻玖がやってきた。


季節は、北風が吹く肌寒い12月。

しかし今日は、この時期にしては珍しくぽかぽかとした太陽の日差しが降り注ぐ暖かい陽気だった。


和葉は、隣に座った玻玖に本の表紙を見せる。


「異国の書物を読んでいました」

「ああ。この前、市場で買ったものだな」

「はい。不思議なお話がたくさんあって、とてもおもしろいです」


和葉が読んでいたものは、異国の書物の内容を訳した本であった。

目を輝かせて本を見つめる和葉を見て、玻玖は思わず頬がゆるむ。


「それならば、せっかくの読書を邪魔してしまったな」

「いえ!心地よい陽気で、お恥ずかしながら…ちょうどうとうとしかけていたところです。お茶にでもいたしましょうか」

「そうだな。任せてもいいか」

「もちろんです!」


和葉は台所でお茶を淹れると、いただきもののカステラを切って、湯呑みといっしょにお盆にのせた。


「うまいな、このカステラ」

「そうですね」


和葉と玻玖は、縁側でお茶を楽しむ。

ふと玻玖は、しおりが挟んである和葉の異国の本に目を移す。


「もう少しで読み終わりそうなんだな」

「はい。ページをめくる手が止まらなくて」

「そうか。どのような内容なんだ?」


玻玖が尋ねると、和葉は本を手に取り目次を開く。


「いくつかの短いお話が1冊にまとめられていて、とくにこのお話が好きなんです」


そう言って、和葉は目次の上から4番目のタイトルを指さした。


「『クリスマスの朝に』…?『クリスマス』とはなんだ?」

「クリスマスというのは異国の文化のようで、このお話によりますと、毎年12月24日の夜にサンタクロースという方が子どもたちにプレゼントを配るそうなんです」

「サンタクロース?が…プレゼントを?」

「はい。空飛ぶ(そり)に乗って、子どもたちの家をまわるようで」

「…橇が空を飛ぶのか。物を浮かせる呪術の類いだろか…。異国にも呪術師がいるのだな」


玻玖も興味深そうに和葉の話を聞く。


「サンタクロースさまは、信じる心を持った子どものところへプレゼントを運ばれるそうなのですが…。わたしのところへは、おそらく今まで一度もこられてはいないかと…」


和葉は、振り返るように『クリスマスの朝に』というストーリーのページをゆっくりとめくる。

その表情は少し切なげだ。


「それは仕方ないだろう、和葉。クリスマスは異国の文化で、この國には馴染みがないのだから」

「でしたら、今年はきてくださるでしょうか」

「そうだな。たしか、信じる心を持てばいいのだったな?」

「はい!……あっ、でも…」


勢いよく返事をしたものの、直後に和葉は口ごもる。


「…肝心なことを忘れていました。サンタクロースさまがこられるのは、“子ども”の家だけでした」

「それなら大丈夫だろう。俺にとっては、和葉はまだ目が離せない子どものような――」

「玻玖様っ、わたしは子どもではありません。貴方様の“妻”なのですから」


和葉は頬をぷくっと膨らまし、いじけたようにそっぽを向く。

それを見て、玻玖はやれやれというふうに笑うのだった。


時折見せる、そういうところが子どもなのだがな。


声に出してしまったらまた和葉がいじけると思い、玻玖は心の中でつぶやくのだった。



ぽかぽかした過ごしやすい日はその日限りで、そのあとは例年どおりの肌寒い日々が続いた。

今年の初雪は早く、12月24日の夜には大粒の雪がしんしんと降ってきた。


「この様子だと、明日の朝には積もっているな」

「そうですね」


玻玖と和葉は、床につく前に縁側から空を見上げる。


「今ごろ、サンタクロースさまは大忙しで子どもたちの家をまわられているのでしょうね」

「俺にとっては、一晩中橇を浮かせる呪術を使用するサンタクロースの体力のほうが気がかりではあるが」

「もしかしたら、玻玖様と同じ妖術を使われるあやかしなのでは?」

「それならば、一度会ってみたいものだな」


そんな話をしながら、玻玖は和葉を部屋へと送る。


「おやすみさい、玻玖様」

「ああ、おやすみ。温かくして寝るんだぞ」

「はい」


玻玖は、和葉が部屋の障子を閉めるのを見届ける。

そして、玻玖も自室に向かうが、すぐに眠りにつくわけではなかった。



翌日。

クリスマスの朝。


玻玖が部屋から出ると、昨晩から降り続いた雪により庭は一面銀世界と化していた。

静かな朝であったが、突如バタバタとした足音が家の中に響く。


「はっ…、玻玖様…!」


玻玖が振り返ると、血相を変えた和葉が駆け寄ってきた。


「おはよう。どうした、和葉」

「…あ。お、おはようございます。それよりも、これ…!見てください!」


和葉が見せてきたのは、和葉の小さな両手に乗るサイズの小箱だった。


「それは?」

「先ほど目を覚ましたら、枕元に置いてあったのです…!眠る前はなにもなかったはずなのに」


興奮気味なのか、和葉にしては珍しく早口だ。


「もしかして、これって…」


玻玖は、そうつぶやく和葉の両手に乗る小箱に目を移す。


「ああ。サンタクロースがきたのかもしれないな」

「で…ですが、これまでにこのようなことは――」

「今年は、あの本を読んでサンタクロースのことを知ったのだろう?それで、和葉の信じる心を感じ取ってきてくれたんじゃないか?」


それ聞いた和葉から、思わず笑みがこぼれる。

そして、大事そうに小箱を胸に抱きかかえた。


「わたしのところにも…サンタクロースさまが!」


玻玖は和葉の頭をやさしくなでる。


「せっかくだから、部屋に戻って開けてみたらどうだ?」

「は、はい!」


和葉は満面の笑みを見せると、小箱を持って自室へと走っていった。


「和葉もまだまだ子どもだな。まあ、そういうところがかわいいんだがな」


玻玖は和葉に聞こえないくらいの声でつぶやくと、和葉の後ろ姿を愛おしそうに見つめるのだった。



Fin.