「今度結婚することになった」


 久しぶりに会う私が好きだった人が嬉しそうに言う。

 どうやら私の長年の片想いと初恋は終わってしまったらしいーーーー。


 飲み会も中盤で気持ちよく酔っていたはずなのに一気に酔いが覚めた。
 突然の好きだった人の結婚発表と、恋の終わりのダブルパンチで頭が真っ白になり言葉が出てこない。今鏡を見ると、私はどんな表情をしているのだろうか? 自分でも分からない。それだけ太陽(たいよう)のそのひと言が衝撃的だったのだ。

「太陽、おめでとさん」

 左側から低いがよく通る声。
 隣に座る照明(てるあき)が太陽の空いたグラスにビールを注ぎながらお祝いの言葉を伝える。私とは対照的に照明は親友の結婚を心から喜んでいる様だ。普段はあまり表情が変わらない照明の顔が微笑んでいる。
 そんな様子を見ているとハッと我に返り、私は急いで太陽にお祝いの言葉を言った。

「太陽おめでと!」

 慌てて言ったせいなのかまだ動揺しているのか分からないけど、想像以上に大きく出た私の声は居酒屋に響き、店内にいる全員が一斉に私達のテーブルを見る。

星来(せいら)声でけぇよ」

 お酒が入っていることもあり太陽がゲラゲラと笑う。それに釣られるように照明もクスクスと笑っていた。ビールで赤くなった自分の顔がさらに赤くなるのが分かった。
 
 あぁ、もうーー最悪。失恋するわ恥をかくわで今日はとことんついていない。

 グラスに半分残っていたビールを一気に飲み干し、「ん」と太陽の目の前に空いたグラスをドンッと置いた。
 そんな私の空っぽのグラスに「ありがとな」と無邪気に笑いながら太陽はビールを注いだ。



 太陽とは小学校から高校までずっと一緒のいわゆる幼馴染っていうやつだった。
 中学から照明が合流して、部活はバラバラだったけど帰り道が同じだから毎日三人で帰る。そんな仲だった。

 本当は照明ならもっと上の高校にいけたはずなのに、三人で同じ高校に通いたいと私と太陽のレベルに合わせてくれ、また三人で高校生活を送ることができた。進学のことを考えれば、私たちのレベルに合わせてもらってよかったのかと思うこともあったけど、「勉強は自分が頑張ればいいし、一度しかない高校生活を二人と楽しみたい」と照明は言い、レベルを下げたにしろちゃんと進学クラスで三年間学年トップを維持してきたのだからぐうの音も出ない。

 私は理系、太陽は文系、照明は進学クラスで同じクラスになることができない代わりに、同じ部活に入ることにした。帰宅部という選択肢もあったけれど、「なんか青春っぽいことがしたい! 三人で部活作っちゃおうぜ」という太陽のノリと勢いで、顧問になってくれる先生を無理矢理見つけ、映画が好きという単純な理由で三人で映画同好会を作った。

 今思えばよく通ったなと思う。

 一応同好会として認められたので部室として狭いながらも部屋を貸してもらい、活動内容としては昔の映画のDVDを見ながら毎日駄弁っているだけ。

 そんなんだから当然部員は増えず、三年間部員は私たちの三人だけ。私達が卒業するとすぐに廃部になったらしい。映画同好会が廃部になったことを太陽は少し残念がっていたけれど、私にはどうでもよかった。部員が私達三人しかいなかったからむしろ楽しかった。

 何よりも太陽と一緒にいられるのが嬉しかったのだ。

 私の背が高かったのもあるけれど小学生の頃は私の方が高かった身長が、中学生になってからは太陽に一気に抜かれた。

 多分その頃からだと思う。
 私が太陽のことを幼馴染としてではなく異性として意識し始めたのはーーーー。




「太陽君てかっこいいよね」

 女子バスケ部の仲間が話しているのを聞くと、内心ひやひやしていた。

 男女構わず太陽は優しい。だから人気者であった。何回かに告白されている場面を見たことがあったけど、全部丁寧に断っていた。私が知らないだけで本当はもっとたくさんの人に告白されていたと思う。

 とにかく太陽はモテていた。でも決してそれを自慢することはなく、誰に対しても優しくて平等に接していた。

 そんな太陽が私は好きだった。
 ーーーーそんな太陽だから好きだったのかもしれない。

「幼馴染」という特権を使って、私は常に太陽の隣をキープしていた。
 ずるいかもしれない。
 でも誰かに取られたくなかったしこの関係が崩れてしまうかもしれないと考えると、怖くて「好き」だと伝えられなかったのだ。

 そうして逃げているうちに太陽は別の人と結ばれてしまった。




「彼女の写真とかないの?」

 話すのを止めるとうっかり泣いてしまうのではないかと思い当たり障りのない話題を振る。

「どうしようかな」と言いながらも、太陽はまんざらでもない顔をしている。内心聞かれるのが嬉しいようだ。どれがいいかなと言いながらスマホをスワイプして、一枚の写真を選び私と照明に彼女……「婚約者」を見せてくれた。
 
 写真には太陽と一人の女性が幸せそうに笑っている姿が写っていた。

 太陽が選んだ人は私と正反対なタイプだった。


 長い黒髪にタレ目の可愛らしい大きな瞳、華奢で小柄な体型ーーーー。

 茶髪のショートヘアに、どちらかというとつり目で切れ長の目、平均よりも高めな身長の私とは正反対だ。
 自分で聞いときながら実際に目で見ると中々しんどい。

「可愛いだろ? 大学の後輩なんだ。たまたま同じ会社に就職してさーーーー」

 婚約者について太陽は嬉しそうに話し始める。
 こんな表情をしている太陽を初めて見た。
 きっと私のことを誰かに話す時はこんな顔をしないだろう。

 あぁ……太陽の隣は私じゃなくてこの子になったんだ。
 本当に私の恋は終わってしまったんだーーーー。

 今夜のために残業しないように前もって仕事を終わらせたり、久しぶりに会うから垢抜けたねって言われるようにメイクや服装を勉強したり、悩んで選んだ服もーーーー全部無駄になってしまった。

 そう思うと余計に涙が溢れそうになる。でも、せっかくの再会にましてはおめでたい席で泣くわけにはいかない。グッと下唇を噛んでなんとか堪える。

 泣くな。今は泣いちゃだめ。





 そうこうしていると時間はあっという間に過ぎお開きとなった。

「星来、照明今日はありがとな。結婚式絶対に来てくれよな! 二人は俺の一番の親友だからさ」

 一番の「親友」……か。

 他の友達なら親友って言われるのは嬉しいはずなのに、太陽に言われると胸が痛い。
 私がなりたかった「一番」はそれじゃなかった。

 本当になりたい一番にはもうなれない。


 上機嫌に私と照明に手を振って太陽は私達と反対方向に帰って行った。

「俺らも帰ろうか」と照明が帰る方向を指をさす。飲み会帰りの会社員に混じりながら私達も駅に向かった。

「太陽が結婚かぁ。なんか実感ないね。照明は彼女いないの?」
「いない。星来は?」
「残念ながらいませーん」

 なんなら今日恋が終わりました。

「てか、いないんだ?」

 ちょっと意外だった。照明も太陽ほどではないが女子から人気があった。太陽の様に男女問わず話すクラスの中心にいるタイプではなかったが、気配りができて落ち着いている雰囲気がいいとかなんとか女子達は言っていた。確かに気配りはできると思うし、長身に目鼻立ちがはっきりした整った顔立ちをしているため人気があるのも納得する。
 ただ、一緒にいた私からすれば、太陽と三人でふざけ合っていた仲だったため「落ち着いている」かと言われると変な感じがする。


 そんな世間話をしているとあっという間に駅に着いた。

「じゃあ私はここで。また今度ね」と手を振って別れようとする私を照明が止める。
「タクシー乗ってくぞ」
「いいよ。そんなに遠くないし」
「遠くなくても夜も遅いし、最近物騒だから」
「……田舎のおとんですか」
「反抗期の娘をもつと大変です」

 思わず笑ってしまった。だってそんな返しが返ってくると思わなかったし。そんな私を見て照明もニッと歯を見せて笑う。

「二人で乗ればそんな高くないだろ?」
「照明、遠回りになるし電車で帰った方が安いじゃん」
「久しぶりに会ったんだからもうちょい一緒にいるのもいいんじゃない? ほら行くぞ」

 照明に手招きされ結局私はタクシーに乗って帰ることにした。相変わらず照明は私の扱いが上手い。タクシーの中でも昔の話をして楽しく笑い合った。


 私のアパート前に着き、メーターを確認し財布を取り出そうとすると照明が私の手を遮った。

「俺まだ乗ってるからいいよ」
「さすがに悪いからいいよ」
「いくらでもないから大丈夫」
「でも……」
「そしたら今度飯奢って。太陽の結婚祝い買いに行く時でもさ」

 それでもいいか。照明と相談しながら買いに行きたかったし。
 それに照明は基本的には私と太陽に合わせてくれることが多いけど、照明の中で一度こうと決めたことはなかなか変えない。

 良く言えば芯がある。悪く言えば頑固なところがある。

 だから私が今お金を払うと言っても絶対に受け取らないと思う。それならば今日はお言葉に甘えさせてもらおう。

「じゃあお言葉に甘えて。ありがとう。また連絡するね」
「おう。明日休みだからって夜更かしすんなよ」
「分かってる。照明パパの言うこと聞きますよ」

 顔を見合わせて笑い合い私はタクシーを降りた。タクシーの中から手を振る照明に手を振りながら見送った。




「ただいま」と言いながら誰もいないアパートの部屋に入り、床にカバンをドサッと置きソファに座って白い天井をぼーっと見上げた。

「久しぶりに会えると思ったら結婚かぁ……」

 誰にも見られないから一人になると泣いてしまうかと思ったけれど、意外にも涙は出てこなかった。
 失恋を受け入れているのかもしれない。でもショックだったのは変わらない。

「好きだって伝えてたら違ったのかなぁ」

 口に出したところでアパートでは誰も答えてくれない。はぁ……とため息をついているとスマホが鳴った。こんな時間に誰からだ? と画面をみると照明だった。

「どうしたの?」
「夜更かししてんじゃん」
「そっちもじゃん。ご用件は?」
「星来の鞄に俺のスマホない? 家に帰ったらなくってさ」
「えー? どっかで落としたの?」

 床から鞄を拾い上げ、ガサゴソと鞄の中を探すが見つからない。

「どこまであったの? ……って、今私に電話かけてるそれはなんですか?」
「あははは。気付くの遅いよ」

 電話越しに照明が笑っている。こんの酔っ払いが。

「冷やかしなら切るよ。バイバイ」
「あぁ! ちょっと待ってよ」
「何? 本当に用があんの?」
「用ってわけじゃないんだけど、星来が泣いてるんじゃないかなって思ってさ。その様子だと大丈夫そうだね」

 さっきまで私をからかっていた照明の声が急に優しく聞こえた。
 声のトーンだって話し方だって変わらないのに。聞くと安心する声。

 私の目からゆっくりと涙が流れ頬に伝のが分かった。何か反応しないと不思議がられると思い、何か言おうとするが口から言葉が出てこない。

「……やっぱり泣いてた?」

 私が何も言わないため照明が優しく言った。この声を聞くと余計に涙が流れ、鼻水も出てきた。

「……なんで泣いてると思ったの?」

 涙声で聞く。自分の耳でこれだけ情けない声に聞こえるのだから照明にはもっと情けなく聞こえると思う。

「んー……星来のことをずっと見てたからかな。星来も太陽も鈍いんだよ。俺だって結構気を使ってたんだぞ?」
「どういうこと?」
「星来、ずっと太陽のこと見てただろ? いや、太陽しか見てなかっただろ? 俺だって隣にいたのに」
「……もしかして知ってた?」
「太陽のことが好きだったこと?」
「わー!」

 思わず大きな声が出る。

 誰にも言ったことなかったのに……。

 バレていたと思うと恥ずかしい。しかも一緒にいた照明に。顔が熱くなる。

「……いつから知ってたの?」
「うーんと、中ニ? いや、中一の冬かな?」

 時期までぴったりだった。私そんなに顔に出てたのかな。

「まぁ、俺以外は気づいてないんじゃないかな? 太陽も含めてさ」

 照明がそう言うもんだから心の声が漏れているのではないかと思いどきりとした。

「振られちゃった。まぁ、好きだって伝えてもないんだけどさ」
「言えなかったんだろ? 関係が崩れるんじゃないかと思ってさ」
「うん」

 どうして言わなくても分かるのだろうかーーーー。
 照明は私の言いたいことを先読みしてくれている。

「俺もそうだし」
「ん?」
「星来には悪いけど俺は親友の結婚は嬉しいし、チャンスだと思ってる」
「チャンス?」

 照明が黙り込む。「もしもし?」と話しかけるが返事がない。
 電波が悪いのかと思い電話を切ろうした時、再び照明が口を開いた。

「星来を振り向かせるチャンス! お前鈍いんだよ。ずーっと太陽ばっかり見ててさ。俺のこともちょっとは見てくれよ」

「え?」

「……ずっと好きだった。星来の一番になりたい」

 今日一番……いや、ここ最近で一番顔が熱くなった。きっと顔もさっきの居酒屋の時よりも真っ赤だろう。
 
 え、いつから? 私のことが好きって……え?

 突然の告白に思考がパニックになる。太陽の結婚発表の何倍も衝撃を受けた。

「本当はずっと言うつもりはなかったし、今日伝えるのも違うかもしれない。だけど、ちょっと考えて欲しい」

 そう言って照明は電話を切った。

 
 時刻は深夜一時。
 お酒も入って眠たいはずなのに今日は眠れそうにない。

 みんなそれぞれなりたい一番がある。

 私の長年の片想いが終わり、新しい恋が始まるーーーーのかもしれない。