夜明けを示す北極星〔みちしるべ〕

 影に教えてもらった場所、それは灯台の近くの、海の見えるコンサートホールだった。
実は、俺の故郷は、雨夜と同じなのだ。
あの時、灯台に初めて2人で訪れた時、本当は俺も言いたかった。

──俺も此処が故郷なんだ、って。でも、言えなかった。何故か、そういう踏み込んだ話をするのが怖かった。でも今は、、。ってか、なんでコンサートホールなんだ?

自信を持って2人は、
『絶対にコンサートホールです!絶対!!』
 と言い切っていた。
「なんで?」
 でも、近づくにつれ、俺の記憶がハッキリしてきた。
「もしかして、、此処って、、」

──俺の、最初で最後のヴァイオリンの演奏会をした場所だ!

と、コンサートホールの前の広場で人影を見つけた。
「父さん!」
 俺は思わず叫び、走り出した。
「父さん!待って!俺、、ずっと1人だったんだ。ものすごく寂しくて、辛かった。でも、父さんがいるってわかって、嬉しかった。要さんの俺へのあたりが強いのは、俺に、教育っていうか、見守っていてくれてたからで、、って1人じゃないんだって思えて嬉しかったんだ!俺にも、、俺にも家族がいるんだって!!」
 去ろうとしていた人影が止まった。
「もう、父さんも、1人じゃない!俺がいる!もう家族がいるんだ。俺たち、、家族だろ?」
 俺は立ち止まり、下を向く。
「もう会わないとか言わないでくれ。俺、兄貴よりも全然ダメな奴だけど、父さんの息子でよかったって」

「初稀!」
 突然俺の名前を呼んだ。
顔を上げると目の前には、父さんが立っていた。
「それは違う!!いつもお前は兄の葉月と比べている。葉月も初稀も、それぞれの個性があり、良さがある。、、人と比べることはやってはいけない。ずっとお前は葉月と比べ続けている。自分は兄貴よりもダメな奴。お兄ちゃんみたいになりたい、と。でも、、お前は初稀だ。葉月じゃない。」
「っ!?」
「お前は、、初稀なんだ。」
 繰り返した。

「、、初稀、此処でヴァイオリンの演奏会をしたのを覚えているか?」
 突然話題を変えられた。
「う、うん。俺の、、最初で、最後の演奏会。」
 俺は戸惑いつつも頷く。
「それを、俺は聴いていたんだ。」
「え!?本当に?あ、、そっか、母さんが兄貴のこと、、」
「あぁ。葉月が一緒に行こうと、誘ってくれていたんだ、、俺1人で行くことになってしまったがな。そこで、初美に、お前の母さんに、葉月のことを伝えた。その直後が、お前の演奏だった。お母さんと2人で、聴いたんだ。自然と涙が出てきた。葉月のこと、、受け入れられなかったんだが、、お前のヴァイオリンは、俺の心を溶かした。本当にあの時の演奏は、、すごかった。」
 感動を思い出すように、目を細めた。
「その演奏と、お前が毎日屋上で弾いている音が、一緒で、つい、涙ぐんでしまった時があってな、、。それを影さんや鈴、雨夜にも見られてしまって。うっかり息子のヴァイオリンと似ていて、、とコンサートホールでの思い出を語ってしまったんだ。彼女たちに教えてもらったんだろ?俺がいるなら此処だろうって。」
「うん。」
「お前は、ヴァイオリンを弾いている時が1番胸を張って自信を持っている。だから、、お前は自信を持てるんだ。」
 自信を持て、と力強く頷いた。

──俺、、いつも兄貴と比べて、1人で落ち込んで、自信もなくしてた。そして、、唯一兄貴のためにできるのが、、ヴァイオリンだって、思ってた。でも、、違うんだ、、。

「俺、父さんを連れ戻そうとしたら、説教されちゃったな、、。」
 俺が軽くそう言うと、
「え?!あ、悪い、怒るつもりじゃなかったんだ、、」
 慌てたように頭を掻いた。
「うんん!違ぇよ父さん。嬉しいんだ!」
 俺はニコッと笑いかける。
「初稀、、。今まで本当にすまなかった。子供の頃、、お前に暴力を振るったこと、、本当に後悔している。すまない。初美にも、謝りたいと思っていた。葉月のことがあって、、面と向かって謝れていなかったんだ。本当に」
 いきなり頭を下げて謝る父さんの言葉を遮り、
「父さん!、、頭あげて、このベンチに座って!」
 と俺は無理矢理そばにあったベンチに座らせる。
「初稀?」
 戸惑いながら首を左右に振っている。
「黙って聴いてて!」
 ニヤリと口角を上げ、俺は手に持っているケースからヴァイオリンを取り出して、構えた。

──母さんが、父さんに伝えたかった気持ち。俺がかわりに伝えるよ。

俺は、父さんに向けて、アメイジング・グレイスを演奏した。

──俺、、父さんに子供の頃、殴られてたとしても、、。父さんは父さんだ。俺のたった1人の、父さんだ。だから、、

「アメイジング・グレイスは、、許しの曲。母さんが、父さんに聴かせてあげたいって、願ってた曲だ。もちろん、俺も、父さんに聴いて欲しい曲だ。」
 そう言って、弓を弦から離した。
「これから、俺たちやり直そう。」
 俺の言葉に、父さんの頬に涙が伝った。
「、、あぁ、やり直そう。、、生きててくれて、ありがとう。、、初稀、、。」
「父さんも、、。」
 どちらからともなく、俺たちは抱き合った。

──夜雨が言った通り、、家族ってあったかいな、、。このあたたかみは、絶対に誰かに奪われてはならない、そんなものだ。

そんな俺たちをあたたかな光を放つ星が見守っていた。