夜明けを示す北極星〔みちしるべ〕

 俺たちはその後、健次郎の運ばれた病院へと向かった。
健次郎の病室の扉をノックする。

「あ、はーい!」
女の人の声がして扉が開いた。
「あの、、どちら様で?」
 健次郎の姉が戸惑うように訊いた。
「、、。」
 疑惑の目を向けられる。

──もしかして、俺らのことをまた違う浮気相手だと勘違いされてる?

「あ!あなたたちは!どうもさっきはありがとう。」
 弟が反応した。
「詩羽姉ちゃんは母さんに電話していたから気づかなかったんだろうけど、救急車を呼んでくれた、えっと、、そうそうウラヤマさんと、AEDを持ってきてくれた、あ、そう、ハヅキさん。」
 と説明した。

「ウラヤマです。」「ハヅキです。」
 俺たちは頭を下げた。
「ありがとうございました。私、パニックになってしまって母に電話してしまったんです。本当にありがとう。」
 姉は安心したような表情で頭を下げた。
「ところで、、どうして此処へ?」
 弟が訊いた。
怪訝そうな様子だ。

「これが、倒れられたところに落ちていました。なので、届けようと思いまして。叔母に相談すると、救急車で運ばれるならこの病院だろう。と話していましたし。行けばわかるかなと。現に健次郎と叫ばれている声も聴こえましたし。」
 雨夜はペンを懐から取り出し姉に渡した。

「それは、、健次郎さんのです。、、ありがとう。」
 咲希が声を上げた。

──このペンは、雨夜たっての希望だった。素顔がわかるから、、反対したけど、どうしてもって言って雨夜が聞かなかったんだよな、、。

「私たちはこれで。」
 雨夜は隣の俺に目配せして言った。
俺は黙って頷いた。

「あ、わざわざありがとう。見ず知らずの私たちに。」
「いえ、、。お礼なんてやめてください。お礼をされるようなことはしていません。それに、、、、、。では。」
 冷たくそう言い、踵を返した。

──今の言葉で確信した。『それに、見ず知らずではありません。』雨夜の復讐相手は、、坂本健次郎だ。

俺の心は不安でいっぱいになった。
しかも、、この病院は、、。

「葉月くん?、、どうしたの?」
 心配そうに雨夜が訊いてきた。
「いや、、。なんでもねぇよ、、。」
 震える手をポケットに入れ平然を装う。
「なんでもなく見えないんだけど。」
 眉間に皺を寄せた。

──こういう時、雨夜って鋭いよな、、。隠し事出来ねぇ、、。

「、、嫌なこと、、思い出した。」
 俺は素直に言う。
「そっか、、。」
「ってか、ヨウの方は、本当に大丈夫なのか?」
 努めて元気な声を出した。
「なにが?」
 ツンとした様子で言い返してくる。
「なにがって、、色々。」
「大丈夫ってさっきも言いましたけど。」
 わざと拗ねたように言う雨夜。
「本当に?」
 俺は真剣な眼差しを向ける。
「本当。」
 ハッキリと言った。
「、、そうかよ。」
 俺は追求をやめた。

──雨夜の復讐を止めることは、、出来ねぇよな。だって、、。でも、やらないで欲しい。やめてほしい。

俺はそうは思ったが止めることはできないと確信していた。

──ってか、、この病院、、。

手の震えは本当に嫌なことを思い出してしまったからだ。

──めちゃくちゃ、、怖い。、、嫌だ、、。悲しい、、。

何も考えることができないまま、俺は外に出た。

「仕事終わりました。」
 電話で雨夜が影に連絡している。
「、、わかっています。、、はい。では。」
 電話を切った雨夜に訊く。
「影、、何て?」
「報酬は明日。、、でも、まだ気は抜くな、と。」

──そうだ、、。まだ終わっていない。これは、、雨夜の復讐ではない、俺たちの仕事だ。

そう言い聞かせていたが、後悔は残った。

──雨夜の復讐は、終わったから。