小さいころから、クリスマスなんて大嫌いだった。
 サンタにプレゼントをもらったことはないし、家族とケーキを食べたこともない。
 だから今年も期待していなかった。していなかったけど……一応聞いてみた。

池澤(いけざわ)さん、12月24日か25日って会える?」
「ごめん、幸野(こうの)。ちょっとその日は無理で……26日でいい?」

 26日って……それじゃ意味ないんだけど。
 でも池澤さんのことだ。クリスマスは家族でケーキ食べたりするのかも。

「あー、いいよ、いいよ、べつに26日でも」
「うん! じゃあ26日にどこか行こう!」

 そう言って、いつものように歩道橋で別れた。
 だからイブの昨日もクリスマスの今日も、おれは公園で1歳半の弟と遊んでいる。

「おーい、陽翔(はると)ー、そろそろ帰るぞ。ケーキ買いに行くんだろ?」
「ケーキ!」

 砂場で遊んでいた陽翔がようやく立ち上がった。
 ニットの帽子を頭にかぶせ、小さな手を引いて歩く。
 半分しか血がつながっていない、17歳も年の離れた弟だけど、最近かわいくて仕方ない。
 夕陽が沈み、あたりが薄暗くなってきた。商店街のケーキ店の前には、クリスマスケーキがどっさり並んでいる。

「ケーキ! ケーキ!」
「はいはい。いま買ってやるから」

 陽翔の手を引き、店に向かおうとして立ち止まった。
 北風の吹く店の前で、サンタガールのコスプレをしてケーキを売っている女の子。

「え、池澤さん?」

 客におつりを渡そうとして地面に落とし、それを慌てて拾ってペコペコ頭を下げている。
 危なっかしくて、見てられない。

「池澤さん」
「こ、幸野!?」

 声をかけたら池澤さんの顔が、サンタの服みたいに真っ赤になった。

「ここでバイトしてたんだ」
「あのっ、そのっ、ごめんなさい!」
「いや、謝らなくても」

 だけど池澤さんは思いっきり首を横に振る。

「ううん。バイトの先輩に言われちゃったの。その、か、彼氏がいるのに、クリスマス二日間もほっとくなんてひどいって……はじめてのクリスマスは、絶対一緒に過ごすものだって……わたし気づかなくて、ごめん!」

 ぺこっと頭を下げたら、サンタの帽子が足元に落ちた。おれはそれを拾いながら言う。

「ほんとにいいって、そんなの」

 最初から、なんの期待もしていなかったし。

「あの、わたしね……」

 すると池澤さんが、急にもじもじして口を開いた。

「お母さんにもらったおこづかいやお年玉じゃなく、自分で働いたお金で買いたくて」
「なにを?」

 池澤さんが両手で顔を覆う。

「こ、幸野への……クリスマスプレゼントだよっ!」
「え……」
「今日がお給料日だから、帰りに買って明日渡したくて……あー、もう、内緒にしとこうと思ったのに!」

 それでこの寒い中、一生懸命頑張ってたのか。
 おれはサンタの帽子を、池澤さんの頭にかぶせて言った。

「クリスマスケーキください」
「あ、は、はいっ」

 池澤さんにお金を渡す。その手は冷え切っていて、すごくつめたい。
 ケーキの箱を受け取ると、陽翔が飛び跳ねて喜んだ。

「ケーキ!」
「うちに帰って食べような」
「ありがとうございました!」

 頭を下げたらまた帽子が落ちて、池澤さんは慌ててそれを拾っている。
 大丈夫かなぁ。マジで心配になるけど。

「明日、一日遅れのクリスマスしよう」

 そう言うと、鼻の頭を真っ赤にした池澤さんが、嬉しそうに笑ってくれた。

「じゃあ、また明日」
「うん、また明日ね」

 手を振る池澤さんと別れ、陽翔と手をつないで歩く。
 家に帰ったらケーキを食べて、それからプレゼントを買いに行こう。
 おれの彼女は、なにをあげたら喜ぶだろうか。
 明日、どんな顔をするだろうか。
 考えるだけで、わくわくしてくる。

 クリスマスなんて大嫌いだったはずなのに……きみとふたりなら、明日はきっと幸せな日になる。