死にたい私とデスゲーム

 「ねぇ……ゲームって何だろうね」

 「賞金貰えたりするのかなぁ」

 「はぁ、夜呼び出すなんてうざいよな」

 「こんな招待状がポストに届くなんてな」

 ……近丸(きんまる)高校の二年四組、私たちは突如謎の招待状が届いて、この教室に集められた。
 家のポストに招待状があるなんて、私は驚いた。正直ゲームに参加するなんて面倒だけど。

 「皆さん、お待たせしましたぁ」

 「うぉっ!?」

 「だ、誰?」

 天使の羽が生えていて、ハートの形をした小人が宙に現れる。
 心臓の鼓動がどくん、と鳴る。こんなキャラクター、いったい誰がどうやって作っているのだろう。

 「今回皆さんを集めたのはわたくし、リフェと申します」

 リフェという変わった名前の小人が、飛んでいるなんて信じられない。
 何だか胸騒ぎがして、肩が小刻みに震える。

 「さてさて、早速ですがルール説明としましょう!」

 「おぉ、楽しみー」

 「ルールは簡単! 皆さんには三人グループになり、謎解きをしてもらいまーす」

 ……謎解き。そんな子供がやるような遊びをしに、私たちは集められたの?
 ざわざわ、みんなが話し始める。

 「おっと、まだ説明は終わってないよー。謎解きは全部で三問、制限時間内に答えられなかったグループは失格でーす」

 「失格って、何だよ?」

 クラスメイトの男子、尾形 裕也(おがた ゆうや)が質問をする。
 リフェはにこっと笑って、裕也の目の前に行く。

 「それはねー、死ぬってことだよ!」

 教室全体に、冷たい空気が流れた。
 ーー……死ぬ?
 私たちは制限時間内に謎解きができなかったら、死ぬの?
 理解が追いつけず、私たちはその場に立ち尽くす。

 「い、いやっ!」

 クラスメイトのスクールカースト上位にいる女子、(はた)あみかが怯えた顔で言う。

 「あたし、まだ死にたくないっ!! こんなの間違ってるよぉっ」

 「えー? じゃあ、あみかさんはゲームに参加しないってことでオッケー?」

 あみかはこくりと頷く。
 リフェがそう答えると、周囲の生徒は「それってアリなの?」と不満を持ち始める。

 「分かったぁ、じゃあバイバイ!」

 リフェはどこからかナイフを取り出してきて、あみかの腹に突き刺す。
 その瞬間あみかはその場に倒れ、ふっと姿が消える。
 私たちは夢みたいな、信じられない気分でいて、何も言葉を発せなかった。

 「さぁ、みんなはあみかさんみたいにならないように頑張ってね。命は大切にしなきゃ!」

 ーーもう、逃げられない。
 だけど私は、これでいいと満足していた。
 ……だって。
 私は、死にたいと思っていたから。
 私たちは、三人グループを作った。三十一人だったけれど、あみかがいなくなり丁度三十人になったから。
 もしかしたらリフェは、最初の時点で一人いなくなることを予測していたのかもしれないなんて思う。

 私のグループの二人は佐沼 唯衣(さぬま ゆい)と、川辺 洸平(かわべ こうへい)だ。
 洸平くんは中学校から一緒の友達で、唯衣は親友兼幼馴染で、とても仲が良い。
 二人は結構頭が良いし、謎解きには頼りになりそうだと思った。

 「じゃあ早速ゲーム始めるよー! 第一問」

 【A+B=2 C+D=3 E+F=5 G+H=7 I+J=?】

 ……いきなり、訳の分からない問題を出される。
 順番は、ABC……となっているから、アルファベット順なのは理解できるけれど。
 でもヒントがないから、頭で考えても分からなかった。

 「あ、俺分かったよ」

 洸平くんが突然そう言い、私と唯衣は目を見開く。

 「これ、アルファベットはあまり関係ないんだよ」

 「関係ない……? 川辺くん、どういうこと?」

 「つまり、アルファベットの順番ばかり気にしちゃうと答えは出ないよってこと。見て、これ、答えは全部“素数”になってない?」

 二、三、五、七……あっ、本当だ。
 素数とは、一とその数自身との外には約数がない正の整数のこと。
 ということは、答えは七の次の素数ということになる。

 「答えは……十一」

 「せいかーい!! 洸平さんグループお見事です。まぁこれくらいは解けて当たり前ですかね」

 やっぱり、流石洸平くんだと思う。
 クラスでトップになるほど頭が良いし、謎解き好きなんだろうなぁ。
 ……解けたことは嬉しい。でも、それと同時に少し悲しくなる。
 私は生きることを、望んでいないからーー……。
 人生という名の、デスゲーム。
 私の家は割と厳しい方で、テストの順位で一位を取れないと叱られるばかりだった。
 小学六年生のときに中学受験を無理やり受けさせられたけど、落ちた。そのときに母親は私にがっかりして、家を出ていった。
 ーーお前のせい。お前が落ちこぼれだから、妻は出ていったんだ。
 最後に父親はそう嘆いて、薬の大量摂取で自殺。私は高校を入学したときから、一人で生活している。
 でも、唯衣と洸平くんがいてくれたから、私は今の私があるのだと思う。
 だけどいつも迷惑掛けてばかりではだめだ。もう……限界が来てしまった。
 こんなデスゲームのような人生はうんざりだった。だから、死にたい。そんなときに、こんなゲームに招待された……。
 チャンスだと思った。だけど謎を解けなかったら、グループになった二人も死んでしまう。そんなのは絶対に、何が何でも阻止したい。
 自分は死にたいけど……唯衣と洸平くんは、生きなきゃだめ。
 大切なふたりのために、私もこのデスゲームを頑張らないと。 
 「皆さん、一問目のクイズお疲れ様でした! 全グループ残ったみたいですねぇ。早速二問目いっちゃいましょう!」

 【仲間はずれはどれでしょう?
 ①かさい ②やきりんご ③かばん ④すいか】

 全部ひらがなの問題って、逆に分かりにくい……。
 かさいは、火災のことかな。焼きりんご、鞄、スイカ? 意味が分からず、深く考え込む。
 洸平くんのほうを見たけれど、考え込んでいるからまだ答えは見つからないのだろう。
 どうしようと焦っていると、唯衣が閃いたように「あっ!」と叫んだ。

 「私、分かるよ!」

 「え、嘘……唯衣、どうやって解くの?」

 「これ、全部“動物の名前”が入っている言葉なんだよ。①は“さい”、②は“きりん”、③は“かば”、④は“いか”」

 はっ、とする。
 確かに、言葉の中に動物の名前が隠されている。
 言葉の共通点を探そうとばかりしていたから、そんなところまで気がつけなかった。

 「それで、答えは何なんだ、仲間はずれって」

 「うん、答えはね、④のいかだよ。さい、きりん、かばは陸の動物だよね。いかだけは海の生き物」

 そっか、と私は呟く。
 やっぱり……唯衣も洸平くんも頭が良くて、すごいなぁと思う。
 私たちはせーので答える。

 「答えは……④のいか!」

 「はい、またしても唯衣さんグループ正解でーす! お見事ですねぇ。やっぱり天才ばかりのグループは違うなぁ」

 リフェの言葉に、私は胸がズキンと痛む。
 二問終わり、残り一問。私は何も閃いてないし、ただの足手まといだ。
 二人は優しい性格だから気にしていないかもしれないけど……。
 やっぱり、息苦しいと感じる。

 「はーい、制限時間でーす。解けなかったそこの二グループは処刑ね」

 「い、いやぁぁぁっ!!」

 「嫌だ、やめてくれ……! こ、こいつが悪いんだ。こいつが間違った答えを言ったから!」

 「人のせいにしないでよ!」

 「誰か助けてぇぇぇっ」

 またしても皆腹を刺され、ふっと突然消える。
 もう地獄のようだった。血が流れ落ちてくる前に姿が消えるから、血溜まりはないけれど……。
 クラスメイトを見殺しにするのは、あまりにも残酷で悲しい。
 もしかして、姿が消えているということは、この世からいなかった、生まれなかったという存在になっている?
 ゾクッとする。恐怖で押しつぶされてしまいそう。
 でも……友達を、守るために頑張ろう。
 「最後、三問目のクイズでーす。最後は難しいから、誰も解けないかもねぇ〜」

 私たちは緊張で圧迫され続けていると、リフェは歯を見せてにっと笑った。

 「ねぇ、みんな、取引しなーい?」

 「は? 取引?」

 洸平くんがリフェを睨みながらそう言う。

 「洸平さん、抑えて抑えて! あのね、最後はみんなで挑んでもいいよ。ただし答えられなかった場合、みんな死ぬ。どうかなぁ?」

 ……つまり、最後はグループ関係なく、残っているメンバーで謎解きをする。
 だけど答えられなかった場合、あみかたちのようになるということだ。
 みんな、渋々頷いていく。

 「俺は、いいぜ。この際、クラスの絆見せつけてやろう!」

 「うん、私も怖いけど、それでいい!」

 「力合わせれば何とかなるよね!」

 何だか、このクラスの絆を感じられた気がした。
 これが青春、というものなのかもしれない。リフェも嬉しそうに頷いている。
 結果、私たちは取引をすることになった。

 「じゃあしみじみしているところ悪いけど、最終問題っ!」


 【リフェ→?】


 「は?」 

 私たちは声を揃えてそう言う。
 でもそれくらい、意味が分からない問題だ。あまりにも情報が少なすぎるから。

 「お前……ふざけてんの?」

 「ん? ふざけてないよ?」

 「これ、ヒントも何もないだろ」

 「うん、だからみんなで力を合わせて解いていいって言ったんだよ!」

 リフェはにっこり笑ってそう言うと、洸平くんはぐっと言葉が詰まって何も言えなくなってしまう。
 こんなの……解けるわけない。私にとっては死ぬことができるのは好都合。
 だけど、せっかくクラスの団結力が深まったのだから、最後までめげずに考えるしかない。

 ……「命は大切にしなきゃ!」という、あみかが刺されたときの言葉。
 そして、リフェという名前。
 もしかして。もしかして、だけど。

 「……ねぇ、リフェ」

 「お? 凛さんが質問なんて珍しい。どうしたの?」

 「この問題は、リフェという“カタカナ”の文字を“アルファベット”に直してもいいんだよね?」

 「もちろん。でもそれが正解かは秘密だよ!」

 ……やっぱり。これなら、私の考察が合っているかもしれない。
 残り時間三分を切り、私は恐る恐る口を開く。

 「答えは……LIFE(ライフ)

 しーん、と静まり返る。
 カタカタと震える生徒、私を心配そうに見つめる唯衣ちゃんとーー洸平くん。
 大丈夫、大丈夫。緊張で心臓がぎゅっと苦しくなる。
 やがて、リフェは切なく笑みを浮かべた。
 
 「……正解だよ」

 「ど、どうやって解いたの、凛!?」

 「リフェが言っていた、命を大切にって言葉を思い出したの。命を英語にすると……LIFE。LIFEはローマ字で、リフェと読めるから」

 私に頭を下げてありがとうと嘆くクラスメイト。
 私は……みんなの役に立つことができた。
 最後は私が謎を解いたから、みんな助かることができたんだ。
 人を助けるのって……案外いいことかもしれないと思う。

 「じゃあ、無事に正解したから、これにてデスゲームは終了! みんな返してあげるねっ」

 リフェは人差し指で、ハートを宙になぞる。するとみんなはぱっと消えた。
 ……え? 私は?
 私とリフェのふたりきり、何故か教室に残ったまま、沈黙が続いた。
 リフェはやがて、口を開く。
 私の胸の鼓動がだんだん速くなるのが分かる。

 「凛さん、ごめんね。少し話したかったんだぁ」

 「私に、話……?」

 「うん。凛さんは、このゲームが何故開かれたのか、もう分かってる?」

 ……それは。
 私の憶測でしかないけれど、何となく感づいてはいる。
 私はすーっと深呼吸をして、口を開く。

 「私のために、開いて、くれた……?」

 「せいかーい! 凛さん、やっぱり頭良いよね。何で分かったのか教えてくれる?」

 やっぱり、そうだったんだ。
 リフェと話すときの声が震えてしまう。
 このゲームの本当の目的は、みんなを殺すことじゃなかったんだ……!

 「リフェは私が死にたいと思っていることに気がついていたんだね……。だから、私が“生きたい”と思えるように“偽”のデスゲームを開始した」

 「ほぅほぅ」

 「最後の問題の……“LIFE”って問題。LIFEの意味は、命。それは、私のための問題だったんだね。死にたいと思っている私に、命を大切にしてというメッセージだった」

 リフェは……今までにない、あたたかい気持ちが籠もった笑みを浮かべる。
 途端に、涙が頬をつたる。

 「ねぇ、リフェ……ありがとう。私……頑張って、生きる」

 「……お礼はいいよ、これはデスゲームだから。じゃあそろそろ、凛さんも返してあげるね! ばいばい……っ」

 リフェはくるんと後ろを向いて、手をひらひらと振る。
 でも私には何となく分かる。リフェはたぶん泣いているんだ……。
 私と同じく、弱みを人に見せられないから、そうやって隠して、笑顔を浮かべる。

 「うん。ばいばい、リフェ」

 その瞬間、視界が真っ白になり、世界がぐるぐると回った。
 ……凛、……凛!!
 私の名前を叫ぶ声が聞こえて、ふっと目が覚める。
 目を開けるとそこには、クラスメイトのみんなが心配そうに私を見つめていた。
 そうだ、私たちはデスゲームが終わってーー。

 「ねぇ、凛、大丈夫!?」

 「あみ……か?」

 どうして……? 死んだはずのあみかが、目の前ににいる。
 何が起こっているのか全く分からず、私はぼーっとしてしまう。

 「たぶん、あいつーーリフェは、本当の目的を達成するためにデスゲームを開いたんだ。あみかも他の奴らも、全員生きてるよ」

 リフェは、私を“生きたい”と思わせるために“偽”のデスゲームを開いた。
 だから死んだと思っていた子たちは、本当はただ姿を消しただけで、生きていた。
 ……全くリフェは。不安にさせることばかりするんだから。

 「洸平くん、唯衣、みんな、ありがとう」

 「凛、どうしたの?」

 「俺たちお礼言われること、何かしたっけ?」

 ……うん。
 人助けって、気持ち良い。
 ありがとうと言われるのは、案外嬉しい。
 自分のために一生懸命になってくれる人が、そばには何人もいる。
 そんな些細な幸せを、私はデスゲームのおかげで見つけることができた。

 「さ、みんな家に帰ろう」

 「いやその前に、打ち上げ行かね!?」

 「えー、何の打ち上げよ」

 「デスゲームの打ち上げ!」

 「何か不気味ーっ」

 青春というものを初めて感じることができた気がする。
 楽しいことや嬉しいことより、辛いことや苦しいことの方が、この人生において最も多いと思う。
 だけどその痛みを経験して、私たちは正しい道を進んでいく。

 「みんな、行こっ!」

 今、私の人生の再スタートを切った。
 東の空には、ハートの形をした雲が浮かんでいた。

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