――以下、書き起こし
「すいません。館長っていらっしゃいますか」
「はい? あぁ、黒谷館長! お客さんですよ」
「……はいはい。どうかされましたかね」
「お忙しいところ恐縮なんですが、この島の歴史について調べてまして。少しお話を伺えたらと」
「おぉ、そりゃ嬉しい。私でお力になれれば是非、こちらへどうぞ」
「どうも……暗い話題からになって申し訳ないのですが、この島は大昔に流刑地だったと記録されていますね」
「ええ。確かに。鎌倉時代から流刑地として使われとりましたな。けれどその背景には、この島が豊かな土地であったことが挙げられます。古くから良質な黒曜石の産地として栄え、作物も実る。流刑地といえば荒んだ土地というイメージを持たれるでしょうが、実際には、流刑にされた貴族たちが生活に困らんよう条件が満たされた安寧の地として、この島が選ばれたんですな。なので全く、暗い歴史というわけではないんですよ」
「なるほど、勉強になります。ところで館長は以前、町長としても活躍されていらっしゃったとか」
「えぇ。お恥ずかしい話ですが、1998年から2001年までやらせて貰いました」
「失礼ながら、町長の任期は四年だと思うのですが、三年で辞められたのは何か理由があるんでしょうか? 」
「まぁなんと言いますか。体力的に厳しいかと判断して……」
「2001年というと、吉田大岐の事件が起きた年ですよね。関係はないですか? 」
「……ご存知でしたか。すいません、嘘をつきました。あの一件で責任とって辞任したんです」
「何があったんですか? 詳しくお伺いしても? 」
「すいません。不快やし帰ってください。興味本位で首突っ込んでええ話と違いますわ」
「言えない事情でもあるのか」
「おい、お客さんお帰りや」
「頼む! ただの好奇心じゃない。友人を救いたいんだ。話を聞いてくれ」
「……どういう事ですか」
「最近、吉田大岐の死刑執行に関わった刑務官の二人が自殺した。彼らは《いとまじ》について調べていて、友人も同じように自殺未遂を……俺は吉田の事件が元凶だと考えてアンタに話を聞きに来た。心当たりがないならそう言ってくれ。ただ、俺はあいつを救う為ならなんだってしようと思ってる。隠すのだけは無駄だと思えよ」
「……ろい」
「あぁ? 」
「呪いや。《いとまじ》の呪い。島の外に出てしもたんか……」
「どんな呪いなんだ? 止める方法は? 」
「まぁ落ち着きなさい。《いとまじ》は、この島だけに伝わるおまじないや。この世とあの世を繋ぎ留めるためのおまじない。みんなが唱えることで島全体を言霊で覆う。それでいとまじ様が他所へ行かずにこの島を守って下さる」
「いとまじ様ってのはどんな神様だ」
「神様というより、概念かな。島では、亡くなった人はいとまじ様になる。イメージとしては大きなひとつの集合体やね。誰もがみんな、いつかはいとまじ様になる。やから死んでもいとまじ様を通じて再会できると信じられとる」
「アンタの言う通りなら、《いとまじ》はお守りに近い性質を持つ言葉のはずだ。なぜ人死が出る? 」
「きっと意味を求めすぎたんやろ。《いとまじ》は、あの世に通じている言葉や。考え続ければあっち側に取り込まれる。これが呪いの所以やな。それを避けるために島では子供の頃から、あえて意味のない言葉として唱えさせる。その意味を伝えられるのは葦田家と、島の祭事に関わる限られた人間だけ……」
「正しい意味を知っても無駄か」
「恐らく。一度あの世に取り込まれれば、それは波のように何度でも、繰り返し襲い掛かってくる。なにをしても過去が消せないのと同じようにな」
「……忘れてしまえばいい」
「そんな簡単なものでは」
「あああぁぁぁ! 」
――くぐもった女性の悲鳴と、衝撃音
「なんだ⁉︎ 」
「あかん! 話を盗み聴きしとったんか」
「……気絶してる」
「そこのソファに寝かせよう。手伝ってくれるか」
――二人で女性を介抱する。しばらく雑音のみ。
「この子は昔、儀式に自分の子を捧げたんや……捧げたいうても、流産した子の供養という形やったが、彼女にとっては確かにこの世に生まれてきた我が子や。その存在を失った悲しみ、苦しみは何をしても忘れられるものやない。可哀想に、さっきの話を聞いて思い出してしもたんや」
「儀式ってのは、どんなものなんだ」
「巳年ごとに三人の贄をいとまじ様に捧げるのが、『月比丘の儀』と呼ばれてる島の秘祭や。けど、別に生きた人間を殺すわけとちゃう。前の儀式から十二年の間に、島で亡くなった者の中で若い人から順に選ばれて、形見なんかを燃やすんや」
「捧げられる人の干支は関係ないのか? 自殺した刑務官は二人とも巳年生まれだった」
「私の知ってる限りでは、干支は関係ない。儀式を行うのが巳年というだけや」
「儀式が生贄じゃないなら、吉田の事件は……」
「あれは悲惨な出来事やった。彼は多分、本物の儀式をやろうとしたんや」
「どういう意味だ? 」
「吉田は、島の歴史を熱心に勉強しとった。それで多分、昔の記録かなんか読んだんやろな。それで『月比丘の儀』が大昔に生贄を使ってたことを知って、独自に本来の儀式を再現しようとした結果、あの事件が起きた」
「彼はなんの為に過去の再現を? 」
「これは想像に過ぎんが、恐らく生贄を捧げることでいとまじ様の加護が強まると考えたんでしょうな。若さ故の英雄願望か、彼の信仰心と島を想う気持ちが暴走して起こった悲劇やと私は考えとります」
「では、彼が刑務官たちに《いとまじ》を伝えた理由は? 島のことを想っているなら、安易に外部へ秘密を洩らすのは不自然だ」
「それこそ、彼の優しさでしょう。拘置所の中で、独り善がりだった自分の過ちを反省した。そして、恩人たちにも加護があるようにと願って《いとまじ》を教えた。その作用を知らなかった為に、図らずも彼らを道連れにする形になったようですが……私の見解は、こんなところですかな」
「……吉田にも儀式にも、他人を不幸にする意図はなかったと言うんだな」
「その通りです。どうしようもない事故やと思って下さい。幸いなことに、どうやらあなたはまだ大丈夫らしい。だが、御友人が逝ってしまえばどうなるか……お二人の無事を祈っとります」
「言葉のまま受け取るよ。話をどうも」
「お力になれず申し訳ない。お気をつけてお帰り下さい」
【備考】《いとまじ》の意味を知ればどうにかなると思ったが、一筋縄ではいかないらしい。館長の話も筋は通っていたが、どこか含みがあったように思える。気は進まないが、吉田が再現しようとした『月比丘の儀』について、もっと詳しく知る人物を訪ねるしかないようだ。
「すいません。館長っていらっしゃいますか」
「はい? あぁ、黒谷館長! お客さんですよ」
「……はいはい。どうかされましたかね」
「お忙しいところ恐縮なんですが、この島の歴史について調べてまして。少しお話を伺えたらと」
「おぉ、そりゃ嬉しい。私でお力になれれば是非、こちらへどうぞ」
「どうも……暗い話題からになって申し訳ないのですが、この島は大昔に流刑地だったと記録されていますね」
「ええ。確かに。鎌倉時代から流刑地として使われとりましたな。けれどその背景には、この島が豊かな土地であったことが挙げられます。古くから良質な黒曜石の産地として栄え、作物も実る。流刑地といえば荒んだ土地というイメージを持たれるでしょうが、実際には、流刑にされた貴族たちが生活に困らんよう条件が満たされた安寧の地として、この島が選ばれたんですな。なので全く、暗い歴史というわけではないんですよ」
「なるほど、勉強になります。ところで館長は以前、町長としても活躍されていらっしゃったとか」
「えぇ。お恥ずかしい話ですが、1998年から2001年までやらせて貰いました」
「失礼ながら、町長の任期は四年だと思うのですが、三年で辞められたのは何か理由があるんでしょうか? 」
「まぁなんと言いますか。体力的に厳しいかと判断して……」
「2001年というと、吉田大岐の事件が起きた年ですよね。関係はないですか? 」
「……ご存知でしたか。すいません、嘘をつきました。あの一件で責任とって辞任したんです」
「何があったんですか? 詳しくお伺いしても? 」
「すいません。不快やし帰ってください。興味本位で首突っ込んでええ話と違いますわ」
「言えない事情でもあるのか」
「おい、お客さんお帰りや」
「頼む! ただの好奇心じゃない。友人を救いたいんだ。話を聞いてくれ」
「……どういう事ですか」
「最近、吉田大岐の死刑執行に関わった刑務官の二人が自殺した。彼らは《いとまじ》について調べていて、友人も同じように自殺未遂を……俺は吉田の事件が元凶だと考えてアンタに話を聞きに来た。心当たりがないならそう言ってくれ。ただ、俺はあいつを救う為ならなんだってしようと思ってる。隠すのだけは無駄だと思えよ」
「……ろい」
「あぁ? 」
「呪いや。《いとまじ》の呪い。島の外に出てしもたんか……」
「どんな呪いなんだ? 止める方法は? 」
「まぁ落ち着きなさい。《いとまじ》は、この島だけに伝わるおまじないや。この世とあの世を繋ぎ留めるためのおまじない。みんなが唱えることで島全体を言霊で覆う。それでいとまじ様が他所へ行かずにこの島を守って下さる」
「いとまじ様ってのはどんな神様だ」
「神様というより、概念かな。島では、亡くなった人はいとまじ様になる。イメージとしては大きなひとつの集合体やね。誰もがみんな、いつかはいとまじ様になる。やから死んでもいとまじ様を通じて再会できると信じられとる」
「アンタの言う通りなら、《いとまじ》はお守りに近い性質を持つ言葉のはずだ。なぜ人死が出る? 」
「きっと意味を求めすぎたんやろ。《いとまじ》は、あの世に通じている言葉や。考え続ければあっち側に取り込まれる。これが呪いの所以やな。それを避けるために島では子供の頃から、あえて意味のない言葉として唱えさせる。その意味を伝えられるのは葦田家と、島の祭事に関わる限られた人間だけ……」
「正しい意味を知っても無駄か」
「恐らく。一度あの世に取り込まれれば、それは波のように何度でも、繰り返し襲い掛かってくる。なにをしても過去が消せないのと同じようにな」
「……忘れてしまえばいい」
「そんな簡単なものでは」
「あああぁぁぁ! 」
――くぐもった女性の悲鳴と、衝撃音
「なんだ⁉︎ 」
「あかん! 話を盗み聴きしとったんか」
「……気絶してる」
「そこのソファに寝かせよう。手伝ってくれるか」
――二人で女性を介抱する。しばらく雑音のみ。
「この子は昔、儀式に自分の子を捧げたんや……捧げたいうても、流産した子の供養という形やったが、彼女にとっては確かにこの世に生まれてきた我が子や。その存在を失った悲しみ、苦しみは何をしても忘れられるものやない。可哀想に、さっきの話を聞いて思い出してしもたんや」
「儀式ってのは、どんなものなんだ」
「巳年ごとに三人の贄をいとまじ様に捧げるのが、『月比丘の儀』と呼ばれてる島の秘祭や。けど、別に生きた人間を殺すわけとちゃう。前の儀式から十二年の間に、島で亡くなった者の中で若い人から順に選ばれて、形見なんかを燃やすんや」
「捧げられる人の干支は関係ないのか? 自殺した刑務官は二人とも巳年生まれだった」
「私の知ってる限りでは、干支は関係ない。儀式を行うのが巳年というだけや」
「儀式が生贄じゃないなら、吉田の事件は……」
「あれは悲惨な出来事やった。彼は多分、本物の儀式をやろうとしたんや」
「どういう意味だ? 」
「吉田は、島の歴史を熱心に勉強しとった。それで多分、昔の記録かなんか読んだんやろな。それで『月比丘の儀』が大昔に生贄を使ってたことを知って、独自に本来の儀式を再現しようとした結果、あの事件が起きた」
「彼はなんの為に過去の再現を? 」
「これは想像に過ぎんが、恐らく生贄を捧げることでいとまじ様の加護が強まると考えたんでしょうな。若さ故の英雄願望か、彼の信仰心と島を想う気持ちが暴走して起こった悲劇やと私は考えとります」
「では、彼が刑務官たちに《いとまじ》を伝えた理由は? 島のことを想っているなら、安易に外部へ秘密を洩らすのは不自然だ」
「それこそ、彼の優しさでしょう。拘置所の中で、独り善がりだった自分の過ちを反省した。そして、恩人たちにも加護があるようにと願って《いとまじ》を教えた。その作用を知らなかった為に、図らずも彼らを道連れにする形になったようですが……私の見解は、こんなところですかな」
「……吉田にも儀式にも、他人を不幸にする意図はなかったと言うんだな」
「その通りです。どうしようもない事故やと思って下さい。幸いなことに、どうやらあなたはまだ大丈夫らしい。だが、御友人が逝ってしまえばどうなるか……お二人の無事を祈っとります」
「言葉のまま受け取るよ。話をどうも」
「お力になれず申し訳ない。お気をつけてお帰り下さい」
【備考】《いとまじ》の意味を知ればどうにかなると思ったが、一筋縄ではいかないらしい。館長の話も筋は通っていたが、どこか含みがあったように思える。気は進まないが、吉田が再現しようとした『月比丘の儀』について、もっと詳しく知る人物を訪ねるしかないようだ。
