――以下書き起こし
「あんら、だいちゃん! 帰ってきたとね? 」
「えっ? あ、すいません。はじめまして」
「んん? あぁ、ごめんねぇ。知り合いと見間違えてしもたわ。観光で来はったん? 」
「まぁ、そんなところです」
「桜は先週はよう咲いとったけどなぁ。もう散り際やな」
「あの。この神社のお手入れをされてるんですか? 」
「ん? あぁ。そうそう、それがわしの仕事やからの」
「ずいぶんと新しいみたいですが、いつ頃のもんですか? 」
「そりゃあんた、まだ出来て十年も経っとらんでな。前はもっと古い、ボロボロやったんで? それが幸か不幸か焼けてしもうて、立派に建て直したんよ」
「焼けた……御神体なんかも全部、新しいんですか? 」
「いんや。御神体はおっきな鐘じゃけぇ、焼け残ったんよ。二、三日ごとに拭くんじゃがこれが大変でなぁ」
「鐘が御神体なんですね。なるほど。祀られてるのは男神ですか」
「あんた、詳しいな。なんや学者さん? 」
「あ、いや。ただの趣味で」
「へぇ。偉いなぁ……面白い話、聞かせたろか?」
「是非、お願いします」
「あいよ。むかしむかしのおはなしじゃ――ズッ――この山の庵に、それはそれは美しいお坊さんが住んどった。名前をつく――ズッ、ズッ――彼はあまりの美貌から、その姿を一目見た島のおなごは皆、心を奪われたそうな。それを面白く思わんのは島の男衆じゃ。相手は坊さんで、女と契ることはないと知りながらも、それでも万が一と心配になった。ある日、一人の女が――ズッ、ズッ、ズッ、ズッ――心配して、一晩泊めてやった。じゃが、それは男衆の罠じゃった。女は自ら着物を脱ぎ、叫んだところに男衆が駆けつける。山で迷った女を連れ込んで、寝込みを襲うとは許せん。そう難癖をつけ、縛り上げた。島から出るか、ここで死ぬかと訊かれ、彼は――ズッ、ズッ、ズッ――それから数日後。山から大量の蛇が人里に降りてきて、鳥やらネズミやらを食い漁った。丸二日の間、島は足の踏み場がないほどの蛇で覆い尽くされ、三日目に蛇の大群は消え去ったが、代わりに糞やら死骸やらが撒き散らされて病人が続出した。ようやく、それも落ち着いたと思ったら、次は島中の女が一斉に妊娠したんじゃ。男衆は呪いじゃ祟りじゃと恐れた。そして、どうにかそれを鎮めようと、蛇を神様として崇め奉った……しばらくして、山を訪れた人の言うことには――ズッ、ズッ――み様が変わらず、庵の中で坐禅を組んでいるのを見たそうな。どうじゃ、面白かったかな? 」
(数秒間、無音)
「……あぁ、ええ。とても興味深いお話でした。ありがとうございました」
【備考】ボイスレコーダーが壊れたのか、雑音で聴き取れない箇所がいくつかある。思い出そうとしたが、登山直後で疲れていたせいか靄が掛かったように思い出せない。
録音した老婆の声を聞いていて、ひとつ思い当たったことがある。直接、会話した時には気づかなかったが、この声は手塚がインタビューしていたものと同じだ。確か名前は、葦田……
「あんら、だいちゃん! 帰ってきたとね? 」
「えっ? あ、すいません。はじめまして」
「んん? あぁ、ごめんねぇ。知り合いと見間違えてしもたわ。観光で来はったん? 」
「まぁ、そんなところです」
「桜は先週はよう咲いとったけどなぁ。もう散り際やな」
「あの。この神社のお手入れをされてるんですか? 」
「ん? あぁ。そうそう、それがわしの仕事やからの」
「ずいぶんと新しいみたいですが、いつ頃のもんですか? 」
「そりゃあんた、まだ出来て十年も経っとらんでな。前はもっと古い、ボロボロやったんで? それが幸か不幸か焼けてしもうて、立派に建て直したんよ」
「焼けた……御神体なんかも全部、新しいんですか? 」
「いんや。御神体はおっきな鐘じゃけぇ、焼け残ったんよ。二、三日ごとに拭くんじゃがこれが大変でなぁ」
「鐘が御神体なんですね。なるほど。祀られてるのは男神ですか」
「あんた、詳しいな。なんや学者さん? 」
「あ、いや。ただの趣味で」
「へぇ。偉いなぁ……面白い話、聞かせたろか?」
「是非、お願いします」
「あいよ。むかしむかしのおはなしじゃ――ズッ――この山の庵に、それはそれは美しいお坊さんが住んどった。名前をつく――ズッ、ズッ――彼はあまりの美貌から、その姿を一目見た島のおなごは皆、心を奪われたそうな。それを面白く思わんのは島の男衆じゃ。相手は坊さんで、女と契ることはないと知りながらも、それでも万が一と心配になった。ある日、一人の女が――ズッ、ズッ、ズッ、ズッ――心配して、一晩泊めてやった。じゃが、それは男衆の罠じゃった。女は自ら着物を脱ぎ、叫んだところに男衆が駆けつける。山で迷った女を連れ込んで、寝込みを襲うとは許せん。そう難癖をつけ、縛り上げた。島から出るか、ここで死ぬかと訊かれ、彼は――ズッ、ズッ、ズッ――それから数日後。山から大量の蛇が人里に降りてきて、鳥やらネズミやらを食い漁った。丸二日の間、島は足の踏み場がないほどの蛇で覆い尽くされ、三日目に蛇の大群は消え去ったが、代わりに糞やら死骸やらが撒き散らされて病人が続出した。ようやく、それも落ち着いたと思ったら、次は島中の女が一斉に妊娠したんじゃ。男衆は呪いじゃ祟りじゃと恐れた。そして、どうにかそれを鎮めようと、蛇を神様として崇め奉った……しばらくして、山を訪れた人の言うことには――ズッ、ズッ――み様が変わらず、庵の中で坐禅を組んでいるのを見たそうな。どうじゃ、面白かったかな? 」
(数秒間、無音)
「……あぁ、ええ。とても興味深いお話でした。ありがとうございました」
【備考】ボイスレコーダーが壊れたのか、雑音で聴き取れない箇所がいくつかある。思い出そうとしたが、登山直後で疲れていたせいか靄が掛かったように思い出せない。
録音した老婆の声を聞いていて、ひとつ思い当たったことがある。直接、会話した時には気づかなかったが、この声は手塚がインタビューしていたものと同じだ。確か名前は、葦田……
