――以下書き起こし

「この、草間賢治という客について何か知らないか? 」

「そうねぇ。当日の朝に電話が掛かってきて予約を受けたっけ。数日泊まっていったけど、部屋の中はチリひとつ残さないくらい綺麗だった。律儀(りちぎ)な人だと思ったのを覚えてるわ」

「どんな用事で来たとか、少しでも話さなかったか? 」

「うーん、どうだったかな。電話で言われた通り、食事のお(ぜん)は部屋の前に置いて、中には入らなかったから……そういえば声を聞いたのは電話だけで、直接言葉は交わさなかったかも」

「見た目は? 」

「それが、いかにもって感じでね。サングラスをかけて、分厚(ぶあつ)いコートとマフラー、あと手袋に帽子まで(かぶ)ってたのよ。まさかこんな何もない島に、泥棒(どろぼう)しにきてたなんて……あぁ怖い。盗まれるものがなくてよかったわ」

 (ほほほ、と笑い声)

「そういえば、女将さんは《いとまじ》って聞いたことは? 」

 (一瞬の沈黙)

「あんた……本当に警察? 週刊誌の人じゃない? 」

「週刊誌? まさか。実を言うとね、この草間という男が書き残していた言葉で、ちょっと気になってたんだ」

「あぁ、なんだ。そうだったの」

「なにか心当たりが? なぜ、週刊誌の記者だと? 」

「この島で、昔に殺人事件があったでしょう。ほら、二人殺して火をつけたってやつ」

「吉田死刑囚の事件か」

「そうそう。あの事件が起きたあと、マスコミがたっくさん来てね、大変だったのよう。(せま)い島でしょう? あたしなんか同世代だったから、大岐くんについて教えて下さいって。しつこいったら」

「どんな時代も、不謹慎(ふきんしん)(やから)がいるもんだな」

「そうなのよ……あ、『いとまじ様』っていうのはね、島に伝わる守り神みたいなもんよ。色んなお話がある神様なの。外の人は知らないけど、アイツは『いとまじ様』にかこつけて事件を起こしたって、島の人たちにとっては暗黙(あんもく)了解(りょうかい)なの」

「吉田大岐は『いとまじ様』の伝説を曲解(きょっかい)して、暴走したと? 」

「真相は知らないわ。ただ、こう言っちゃ悪いけど、この島にとってあの一件は最大の汚点(おてん)なわけ。だからそれ以来、外の人に『いとまじ様』のことをわざわざ話さなくなったの。事件のこと、忘れたいからね。私はそこまで保守(ほしゅ)派じゃないから話してるけど、島じゃよく思わない人が多いから、気をつけた方がいいよ」

「なるほど。色々ありがとう」

備考:島の人にとって、吉田大岐の起こした事件と『いとまじ様』は(つな)がっている。これは面白い情報だ。まだ俺の知らない伝承があるのだろうか? 草間が《いとまじ》を呪いと解釈した理由も、吉田の事件に影響されているのかも知れない。